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「さぁ、始めましょうか」

「えっ! 噂の調査するんですか!?」


 甲高い喜びの声を上げるのは果歩だ。目玉がこぼれ落ちてしまいそうな程に目を見開き、驚きと嬉しさの二つを表現する。

 僕は部室に着くなり今までの経緯を説明し、例の噂について調べる旨を部員全員に伝える。


「えー、去年散々調べたじゃんかー」


 いかにも面倒くさそうな口調の浩介は、背もたれに寄りかかり、体を逸らしながら愚痴った。浩介の言うことはもっともで、僕も同意できる。でも、今は違う。僕自身の状況が変わったこと、そして、再び噂と対峙するだけの理由が出来てしまったのだ。

 浩介の態度に黙っていられなかったのか、果歩は机から身を乗り出し反論する。


「でも私たちは全く調べた事に触れてないんですよっ!? 私たちによって新しい発見があるかもじゃないですか!!」


 私たち、という点で、隣に座る雷夫の腕を掴む。

 雷夫は不本意に果歩と同意見とされて、慌てふためいた表情を見せる。


「それに、こうちゃん先輩は、先輩が死んでも良いって言うんですか? ここで見過ごしたら、こうちゃん先輩はみすみす先輩を殺したも同然です!」


 大袈裟だなぁ、と思いながらも、奏と僕は黙秘する事にした。果歩が部に入ってからというもの、彼女の勢いは二人も知るところである。よって、あえてツッコミを入れずに思う存分調査を肯定的な方向へ持っていって貰う。

 まぁ、彼女は恐らく僕の命よりも、噂自体に興味があるのだろうが……。

 そしてもうひとつ、果歩の言葉には僕にとっての毒の様なものがあった。

 それは夢で赤い瞳の彼女から言われた「どうして助けなかったの?」だ。その言葉を果歩の言葉に置き換えると「あそこで助けなかった先輩は、女子生徒と男性を殺したも同然です!」と言われている様だった。

 その言葉は、僕の奥底に鋭く、そして小さく突き刺さった。ただ、刺さったところが奥深くだったため、表には出なかった。


「ったく、わかったよ……」


 浩介は流石にこれ以上の抵抗は時間の無駄と気がついたらしい。果歩から解放された雷夫の方に目を向けると、何か言いたそうにソワソワしていた。

 こちらの方を見たかと思えば、再び視線を明後日の方へ向ける。まるで好きな人への告白前の様だった。


「雷夫くん、何か言いたい事でもあるの?」


 同じ気配を感じたのか、奏が僕より先に尋ねる。

 雷夫は両側のツルを持って、恥じらう様に眼鏡の位置を戻す。


「あー、と、えっと、浩介先輩の話では去年もこの噂をテーマに調べていたみたいですけど……」

「えぇ、そうだけど?」

「一度調べたのに、また同じ事をするのでしょうか?」


 雷夫は真面目な性格だ。きっと、去年までの僕たちの調べ方を批判したいのだろう。それでもあからさまに非難する様なことはしない。慎重に言葉を選び、噂の真相究明の具体的な検証方法を聞きたがっている。

 この質問には僕から答えた方が良いだろう。

 僕は、雷夫に言葉を返そうとしていた奏を軽く手で制しながら、会話を引き継ぐ様に口を開いた。


「去年の事を踏まえて、という事では不満かな?」

「いえっ! そんな、不満とかでは……」

「一応、新しい情報源として、僕の身に降りかかった事が有るから、まずはそこからという事でどう? それに、去年とは少し状況が違う。僕の命がかかっているかもしれないんだ」

「はい……」

「まぁ、あとは、警察の真似事みたいにはなるけど、オカルト研究部としては成果を上げるチャンスだし」

「わかりました……」


 これで納得してくれただろうか。人と話すときは怯えた小動物の様になる習性がある癖に、頭が良いから本懐が読み取ることが出来ない。ある意味でそれはポーカーフェイスのそれと同じではないかと思ってしまう。

 そして、小さくなる雷夫を見ると、なんだか少しモラハラみたいな風に振舞ってしまったかもしれない。ただし、僕も真面目な雷夫に、面と向かったので悪びれる事は無いが、心で小さく謝る。


「それじゃ、早速会議を始めよう。まずは、先日飛び降りた女子生徒の事についてかな……」


 そう言いながら、僕は果歩に視線を送る。目が合って数秒、果歩は自分を指差して「私ですか?」と言わんばかりの表情を向ける。

 ──だって、僕に彼女と会うように言ったのは君じゃないか。

 僕は頷いて質問を投げる。


「果歩、彼女の名前は?」

「あ、えっと、確か……黒崎(くろさき)真珠(しんじゅ)さん、だったはずです」


 なるほど、彼女は黒崎真珠と言うのか。

 僕にとっては、始めて目の前で自ら命を絶った彼女の名前がわかった形だ。きっと、あの夢の中の彼女も黒崎真珠ということなのだろう。

 名前が分かったところで、目を閉じて屋上での会話を思い出す。できる限り正確に。そして、目を開けて会話から読み取れそうなことを挙げていく。


「真珠は最後、言葉は多くないが僕と会話している。その会話から推測するに、噂について何か知っていたと思う。間違いないかな?」

「うーん、詳しくはわからないです……。 この街にいれば、自然と入ってくる噂ですから、誰でも知っているということで間違いないと思います。ただ、彼女が噂について詳しいかと聞かれると……」

「わかった。でも、僕を噂に引っ掛けようとした、と考えられるな……」


 思えば、真珠には不審な点が幾つもある。

 第一に、彼女と僕は初対面だ。「オカルト研究部の部長さんですか?」と尋ねられたという事は、真珠の方も僕の顔と名前を知らなかったはず。顔も名前も知らない人を、普通狙ったりするだろうか。僕の肩書き、もしくはオカルト研究部を狙うなら、わざわざ噂なんていう不確定要素に託さなくても、他にやりようはあっただろう。

 第二に、最後の言葉「ごめんなさい」と言った。これもよくわからない。確実に僕を狙ったものであるのに、謝罪するのは矛盾している。まるで、彼女は不本意に飛び降りなければならなかった、僕を標的にしなければならなかったみたいだ。

 第三に、その謝罪の意味を考えると、彼女は噂が実在していると確信していたと読み取るのが自然だろう。一体どうやって真相を知ったのか。

 僕はこのように、不審な点と考えを四人に話した。


「先輩すごぉ〜い!!」


 果歩は一人、スタンディングオベーションをする。普通に不審な点を話しただけなのだが、果歩には推理を披露する探偵のように見えたのだろう。当然僕にその気はない。

 しかし、その他の面々はただ冷静に物事を見ているようで胸をなでおろす。

 そして、考える表情をしていた奏が僕の言葉を要約する。


「要するに、直近は黒崎真珠について調べる、という事ね」

「そうだね。黒崎真珠は噂の何かを知っているはずだ。果歩、何か他に情報はある?」


 果歩は再び座ると、気落ちしたような表情で口を開く。


「それが、私も『オカルト研究部の部長に会いたいから、放課後屋上に呼んでほしい』って言われたのが初めての会話で……」

「わかった。それじゃあ、雷夫と果歩は真珠の事を、残った僕たちは去年調べたことから、今回の件についての手がかりがないか調べてみよう」


 言い終わった後、「了解ですっ」と敬礼した果歩は、雷夫を引きずって部室を出て行った。その後を遅れて奏がお手洗いに向かった。

 浩介と部室に二人残された形となる。少しの沈黙があって、浩介がいつものように両手を頭の後ろに回し、背もたれに身を任せて聞いてきた。


「なぁ、聞いても良いかー?」

「良いけど、何?」

「お前、何で自殺なんかさせたんだよ」


 どきりと心臓を掴まれたような感触がした。徐々に血液の流れが乱れていくのを感じる。

 まさしく、今日起きるまで見ていた夢で言われた言葉の意味と同じ質問だからだ。


『どうして助けなかったんだ?』


 あれは、看板の下敷きになった男性に対しての言葉だった。そして、飛び降りた真珠と同じ容姿、声の人物が、その前の夢で「どうして助けてくれなかったの?」と、赤い瞳で訴えていた事まで思い出す。

 やはり僕は、彼女を助けなければならなかったのだろうか、と考えてしまう。


「お前、噂の事知ってたなら、助けてべきなんじゃね? だって、当事者になるの自分なんだし……」

「そう、だね……」


 僕はそれ以上何も言えなかった。決して助けたくなかった訳じゃない。それでも、静観していた事は事実だ。そして正直、僕にはまだ噂によって自分が死ぬという感覚はない。しかし、浩介の言っている事はもっともだと思った。僕が死ぬ、という事象は確実に近づいてきているのかもしれない。

 間もなくして、奏が部室に戻ってくる。


「さぁ、始めましょうか」


 何はともあれ、新生オカルト研究部の第一歩目が踏み出された。


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