6-2 黒い炎
弓のように上体を逸らして叫ぶルリア。
彼女の周辺は、鎧が発する黒い炎によって陽炎めいて揺らめいていた。
悪夢のような光景だった。
「その呪わしき力で……あなたは何をしようというのですか!」
メリアドールは剣の柄をぎゅっと握り込み、問いかけた。
「ルーナのすべてを滅ぼす……この炎で」
地の底から響いてくるような、低い声でルリアは言った。彼女の声自体は同じものだ、しかし果たしてそれが同じ人物から発されているものなのか、とメリアドールは疑問を抱いた。
(もしかしたら、あの呪いの力で姉さまは変わってしまった……!?)
人が別のものに変わるなど、ありえない話だ。しかしメリアドールは、黒い鎧の下に息づく怪物の姿をはっきりと幻視していた。
ルリアが両足に力を込めた。全身の関節から呪いの炎が吹き上がり、鎧に仕込まれた小さなモーターが回転を始める。駆動音が重なり合い不協和音を奏でる。
ルリアが小さく地を蹴った。そして弾丸の如き速度でメリアドールめがけて駆ける。
「リア!」
ロクジンが庇おうとするが、ルリアの方が早かった。かろうじてメリアドールは攻撃に反応し、ルリアが振り下ろした拳を剣で防いだ。しかし衝撃を殺しきれず、水平に何メートルも吹き飛ばされた。
「フハハハハハハハハ!」
哄笑を上げながら、ルリアがその隣にいたロクジンに殴り掛かる。顎を狙って振り払われた裏拳を、ロクジンは屈んでかわした。掠っただけで死ぬ、その直感があった。
黒い炎が拳の軌跡を作る。あれに絡め取られれば、死ぬ。ロクジンもメリアドールもそう思った。ロクジンは猫のようなしなやかさで数度ショートジャンプを打ち、ルリアから距離を取る。
「これだ……この力。素手であろうともこの威力。ルーナの神など一捻りだ」
くつくつと笑いながら、ルリアは手のひらをメリアドールに向けた。黒い炎が収束し、拳大の火球を形成。ルリアは手のひらでそれを押し出し、メリアドールに向けて撃った。
メリアドールは剣のトリガーを引き魔力を解放、襲い来る火球を弾こうとした。魔力と魔力がぶつかり合う。拮抗は一瞬、メリアドールが押された。
「くううっ……!?」
あまりにも重過ぎる攻撃。メリアドールは刀身を傾けかろうじて火球を受け流した。後方にあった石柱に命中、黒い炎が柱に沿って燃え上がった。
「忌々しい……お前さえ、お前さえいなければぁ!!」
ルリアは五指を広げた。指一本一本に小さな火球が発生し、それがメリアドールに飛んで行った。慌ててメリアドールはジグザグに走った。彼女が動く、ほんの少し後ろで何回も小爆発が起こった。
「なんてでたらめな力……!? これほどの威力を連発して、魔力が尽きないの?」
帝国式の魔力剣に充填された魔力は、おおよそ四時間稼働する。最大出力なら五回が限度だ。メリアドールはこれまでの戦いですでに二度使用している、三度使えば充填まで一日は待たなければならない。
しかし、呪装に身を包んだルリアはそれをはるかに上回る威力を出しながら、なおも攻撃を繰り返している。いや、それどころか彼女を包む黒い炎の勢いが増しているような気さえもしていた。
「呪いの力は……無限のエネルギーなのだ!」
ルリアは両手を胸の前に広げた。両手から黒い、禍々しい文様の魔法陣が浮かび上がる。陣に沿って黒い炎が走り、中心部に収束していく。いままでの攻撃とは比べ物にならないほど大きな火球だった。
「死ね、メリアドール……!?」
しかしそれを発射する前、ルリアが何かを見つけて動きを止めた。直後、数本の太矢がルリアの鎧を打った。貫通はしなくとも衝撃によってルリアが呻く。
続けて、赤々とした炎の矢が後方からルリアを襲った。一本、二本、三本。炎が彼女の体を包み込み、見えなくした。
「これは……!」
「大丈夫か、二人とも!」
背後から声をかけてきたのは、ダリオだった。自警団の面々が鳴らす足音が重なり合い、地響きめいたものになっている。
「あの黒い炎を見て、我々も人を集め始めたんだ」
「ここで、守備を担っていた方々は……」
「……なんということだ」
メリアドールは最後まで言わなかったが、ダリオは何を言わんとしているのかを察した。彼らは骨も残さずオスティアから消滅した。あまりにも救いがない。
「あの黒鎧の女は……」
ダリオがそちらを見た瞬間、ルリアを包み込んでいた炎が吹き飛ばされた。
「なんだ、あれは?」「黒い炎……」「悪魔……」「怪物……」
自警団の面々は、ルリアの姿を見て慄いた。黒い鎧には数か所飾りの欠損や溶けた跡が見えるものの、全体的にはほとんど健在であった。
「サルの鳴き声……人の言葉をォッ、喋れェッ!」
ルリアが腕を水平に薙ぎ払う。ロクジンやメリアドール、ダリオといった熟練した戦士は攻撃の予兆を察知出来た。しかし、そうでないものも多くいた。
薙ぎ払った腕から黒い炎が吐き出された。水平に発射された炎が軌道上にいた兵士を舐める。悲鳴を上げる暇すらなく兵士たちは胴から両断された。
「……!」
断面から黒い炎がそれぞれの部位へ燃え移る。すぐに死体は骨も残さずに燃え尽きた。
「なんてでたらめな破壊力……!?」
「メリアドール、もしやこれで終わりと思ってはいまいな?」
えっ、と声を上げ、メリアドールはルリアの方を見る。
そしてその後ろを見た。
彼女の背後には、同じ鎧を纏った騎士が八人いた。
「こんなものが量産、されているというのですか……!?」
メリアドールは青ざめ、我知らず一歩後ずさった。
そんな彼女の動きに合わせるかのように、ダリオが前に出た。
「メリアドールくん。私がここを押さえる、市民を避難させるんだ……!」




