6-1 呪いの鎧
商工会近くにあるメリアドールの事務所。突然再開したレアを招き、ロクジンと三人で小さなお茶会が始まろうとしていた。レアの表情は、糾弾会かというほど重いが。
「そんなに硬くならないでください。ようやく再会出来たんですから」
「身に余るお言葉です、メリアドール様」
レアは恭しく頭を下げた。メリアドールは頭を振るう。
「今はリアです。ただのリア。もはや帝国には戻れぬ身、気遣いは不要ですよ」
レアははっとして顔を上げ、そして後悔に顔を歪ませてまた伏せた。
「私のせいで……私の短慮のせいで、あなたはこのような……」
「いったいキミは何をしでかしたんだい?」
このままだと話が進まないと思ったロクジンが、強引に促す。
「リアがこの街に落ちてくる原因を作ったのは、キミなんだよね?」
「はい。私はルリア様の計画を事前に察知していたのです。……私は、ルーナからマドラサ帝国に送られた密偵……スパイにございます」
ロクジンはリアの顔を見る。あまり衝撃を受けたふうはなかった。
「あの神を操っていたのがあなただと分かっていますからね。さすがにそれくらいのことは、想像がついていなければおかしいでしょう」
「長くあなたを欺いてきたこと、心よりお詫びいたします」
「いいのよ、レア。でも、理由は聞かせてほしいです。あなたの言葉で、あなたの心を」
促され、レアはこくりと頷いた。
「ルリア様がメリアドール……リア様をルーナとの会談中に謀殺することで、その犯行をルーナ側のものに見せかけて戦争を再開しようとしているのはご存じの通りだと思います」
「ええ、私もルリア姉さまの口から聞きました。どうしてあのような恐ろしい真似を……」
「戦争による領土簒奪を望む声は、リア様が思っているよりも大きなものです。マドラサ帝国は拡大を国是としてきましたから……此度の戦には、かなりの不満があったようです」
遅まきながらに、メリアドールはおのれの国の歪さ、あるいは恐ろしさに気付いたような気がした。魔力を持たない、誰しもの幸福を追求した国家でありながら、幸福のためには犠牲を得なければならないとは……
「そして、ルリア様はルーナとの戦を必勝とすべく、あるものを会場に持ち込もうとしていたのです。あなたが乗っていた飛行船のカーゴルームに……それは鎮座していました」
ごくり、とレアは生唾を飲み込んだ。
「いったい、それは何なのですか?」
「《呪力兵装》……」
レアは顔を上げて、そう言った。
その口調、声色から、二人はただならぬものを感じた。
「オスティアを滅ぼした、呪いの力です……!」
その瞬間だった。
地を揺らす爆音が轟き、堅牢な造りの事務所が大きく揺れた。埃が天井から落ち、壁に小さなひび割れが出来る。
「何が……!?」
メリアドールは音がした方にある窓に駆け寄り、空を見上げた。
ルリアの飛行船が降り立ったあたりから、青空に黒い炎が吹き上がっていた。
「なんなんですか、あれはいったい……!?」
魔力をほとんど持たないメリアドールでも、禍々しい気配を感じることが出来た。生まれつき敏感であり、それゆえに神の力に触れることが出来たレアなど、顔を青くして震えている。
「あれが《呪力兵装》……! 怖気が止まりません、あんなものを使おうとしていたのですか、ルリア様は……!?」
まるで極寒の大地にいるかのように、レアはガタガタと体を震わせた。メリアドールとロクジンは顔を見合わせ、そして頷き合った。
「レア、あなたはここにいてください。私たちは出ます」
「お待ちください、リア様! 危険です、危険過ぎます! あそこには生命を否定する、呪いが渦巻いているのですよ!」
二人は同時に駆け出し、扉から外に出ようとした。そこでふと、メリアドールが立ち止まり、レアの方に振り向いた。そして不敵な笑顔を浮かべて――
「呪いだの奇跡だの、そういうのを否定するのが……マドラサに生まれたものの務めです」
――そう言った。
そして今度こそ、二人は止まることなく駆け出した。
十分後、二人はつい先ほど逃げ出してきたあの空間に戻って来た。
「これが、生命を否定するという呪いの力ですか……!」
さしものメリアドールも驚き、目を丸くした。呪いの黒炎は周囲に飛び火し、まとわりついたものを焼き尽くす。そこに生物も、無生物も、可燃物も、不燃物も例外はなかった。あたりに点在する廃墟すらも、種火なしに燃えている始末。
悲鳴があがった。二人は弾かれるようにそちらを見た。
「なんなんだ……なんなんだ、この炎はぁぁぁぁぁ!」
それは、商工会自警団の一人だった。彼は樽のような巨体だったが、首を吊られて足が宙に浮いていた。それを成しているのは、黒い甲冑を纏った騎士だった。
魔導鎧を上回る出力。あれほど大きなものを苦も無く持ち上げるとは。メリアドールは改めてマドラサの科学力に恐れ、慄いた。
「ハッハッハ。どうした、先ほどまでの威勢は?」
凛とした、狂気を孕んだ女性の声が甲冑から聞こえて来た。女は少し力を込め、男の首を枯れ枝のようにへし折った。折れてもなお力を緩めない、すると体が内側から黒い炎によって燃やされ、数秒後には灰も残らず消えてしまった。
「ふはは……これだ、これだ……これがあれば、これがあれば父様も……!」
恍惚に浸るように、ルリアは体をのけぞらせた。あまりにも非人間的な動きで、メリアドールは思わず最初の日に見たコープスを思い出してしまう
「ルリア……姉さま……!」
絞り出すように、メリアドールは声を出した。
「メリアドォォォォォォォール!」
それを聞き、瞬時にルリアは上半身を引き戻してメリアドールを睨んだ。




