5-5 ひと時の休息
メリアドールたちは止まらず駆け抜けた。平原から廃墟が乱立する旧市街地へ、そして商工会の事務所へ。止まることなく走り続け、勢いよく扉を開く。
見知った場所。
嗅ぎ慣れた空気。
メリアドールはよろよろと中に入り、倒れ込むようにして机に突っ伏した。
「も、戻って来たぁ……」
何もかもが限界だった。荒い息を吐き、呼吸を整えること数十秒。ようやく落ち着いた彼女は立ち上がり、その周りに立った皆に頭を下げた。
「皆さん、ありがとうございます。私のために……」
商工会に入り浸る、スキンヘッドとモヒカンと丸刈りの三人組が豪快に笑った。
「別に、お前さんのためにやったわけじゃねえさ!」
「あいつら、気に入らねえってのはもちろんだしな!」
「それに、金貰っちまったんだから仕方がねえよ!」
そう言って彼らは、ピカピカに磨かれた金貨を一枚取り出した。
それに呼応するように、商工会の面々は同じように金貨を取り出した。
「……えっ、みなさん、それ、たったそれだけですか!?」
逆にメリアドールが驚いた。
「お前さんには助けてもらったからな、リアちゃん」
皆を代表して、ダリオが一歩前に出た。
「オスティアは死にかけていた。明日への希望が持てず、悪が蔓延り、子供たちは死んでいく。それをキミは変えてくれた。その恩に報いたいと思うのは当然のことだろう」
そう言ってダリオは深々と頭を下げた。
メリアドールは慌てふためく。
「あ、頭を上げてくださいよ……! そ、そんな……」
「もうちょっと褒章をくれるっていうならよ……」
困惑するメリアドール。そこに、人波を分け入って入ってくるものがいた。
「俺たちの刑期、ちょっと短縮しちゃあくれないか? 牢屋は窮屈で仕方がねえ」
玉のように丸い頭とスキンヘッド。僧侶のようないでたちで、しかし服装はゴロツキそのもの。メリアドールは彼らの顔を、いつだったかは忘れたが見たことがある気がした。
「……あっ! あの時の、強盗さんたちですか!」
そして思い出した。アウル、ツール、スールの三兄弟。ルーナ人の精霊使いで、メリアドールがこの街に来たばかりの頃強盗を働いていた男たちだ。
結局、彼らはロクジンによってボコボコにされて牢に入ることになった。その一部始終を見ていたメリアドールは、なぜ彼らがここにいるのかと不思議がった。
「あのマドラサの兵器を相手にするのに、戦い慣れた連中がどうしても必要だったからな。交渉を持ちかけて出て来たのは、こいつらだけだった」
ダリオはどこか、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「でも助かったことは確かです。ありがとうございます、皆さん」
メリアドールは平等に、彼らにも頭を下げる。
三兄弟は呆気に取られてしまった。
「驚いたか? リアはこういう人なんだよ」
ロクジンはどこか誇らしげに、アウルの肩を叩いた。
「へっ、お人がよろしいことで。俺たちァお前を殺してもよかったんだぜ」
「もちろん、あなたたちは罪人ですから償いはしなければなりません」
柔らかいが圧のある声でメリアドールは言う。
「だからこの行いは、償いの試金石と言えますね?」
「……ふん、食えない奴だなお前」
「償えない人間はいないって、私信じてますから」
笑って言い切るメリアドールに、アウルは目を逸らした。
と、そこでもう一人、人波をかき分けて彼女の前に立つ者がいた。
「償えない人間はいない、と私にもおっしゃってくれますか?」
その女性を見て、メリアドールははっと息を飲む。
その人のことを、知っていたからだ。
「……レア。あなたも、生きていたんですね?」
それは飛行船でともにオスティアに墜ち、今日まで死んだと思っていた友であった。
「……あなたが、風の神を使っていたんですね?」
メリアドールの問い掛けに、レアはコクリとうなずいた。
》》》
マドラサ軍飛行船。
オスティア市民との交戦によって、多くの負傷者が出た。戦況だけを見ればオスティア側を敗走させた、と見えないこともなかった。
しかしマドラサ軍は補給のない身であり、敵はまだ市街地に本体を隠し持っているかもしれなかった。加えて、指揮官であるルリアの負傷も彼らには強く響いていた。
「おいたわしや……」「顔面に火傷を?」「なんと非道な……!」
飛行船の医務室に担ぎ込まれたルリアは、意識を失っていた。照明弾の光と炎を食らい、焼けただれた顔を見たものは一人や二人ではなかった。
騎士たちの間では厭戦気分が蔓延していた。もともとルリアの理想について来たわけではなく、ただ前線の騎士とともに戦ってきたルリア個人について来た人々だ。本心では撤退を視野に入れているものも少なくない。
「……いまのうちに、飛行船の状態を確認しておこう」
「そうだな、いつでも飛び立てる、よう、に……」
船の外装をチェックしていた二人の騎士。そのうち一人が突如として色を失った。その様子のおかしさに、もう一人も振り返る。すると。
「フゥーッ……フゥーッ」
顔面に包帯を巻いたルリアがそこにはいた。
「るっ、ルリア様! も、もうよろしいのですか……?」
「よい……もとより、この程度、傷のうちにも入らんわ……!」
ルリアは血走った眼を包帯の隙間から覗かせた。覆われている範囲から見て、左目から頬、額にかけて広い火傷があるのが分かる。
「まっ、まだお休みになっていた方が……」
「《呪装》を使う」
一瞬騎士たちは何を言われているのか分からなかった。
「しかし、あれはまだテスト段階のものでしょう……?」
「ここがテストの場だ。元より穢れた地、おあつらえ向きではないか」
ルリアは残った左頬を、凶暴に歪ませた。騎士二人は顔を見合わせ、何かを言おうとしたが、しかし出来なかった。
(まだ、戦うつもりなのですかルリア様? あなた様を歪ませてしまったのは、我々なのでしょうか? そうであるのならば、我々は……)
騎士たちはしばし逡巡したが、やがて敬礼し賛意を返した。ルリアは満足そうに笑う。
(……我々は、例え地獄の果てであろうともあなた様にお供いたします)




