4-1 終局への序曲
オスティアが光を得てから、ひと月が経とうとしていた。
人口の灯りが街の地下を照らしたからと言って、劇的な変化があったわけではない。営みの大半はこれまで通り続き、これからも続いていくだろう。
ただ、魔力灯のもたらした恩恵は大きい。コープスの被害を気にすることなく、枕を高くして眠れるのみならず、夜間も労働を行えるようになったことで生産性が向上した業界も多くある。
また、携行型の魔力灯が開発されたことにより、これまで以上に地下の探索と開発が進んだのも見逃せない事実だ。
世界は変わっていく。
変わっていく世界の中で、メリアドールは――
「……はああああ……」
書類の山に忙殺されていた。
「リア、拡張計画についてだけど……」
陳情書の束をもって部屋に入って来たロクジンは、机に突っ伏して深いため息を吐くメリアドールを見て思わず言葉を止めた。そしてゆっくり扉を閉めると、お湯を沸かしはじめた。
「外に出るのがまた一日遠ざかった、って感じかな?」
「そうなんですよー。いろいろなものがどんどん舞い込んできて……」
あの日、メリアドールは魔導炉の復旧と魔力灯開発を主導した功績によって多額の報奨金を得た。それでは多少、《輸送屋》を呼ぶのに不足があったので、彼女はそれを元手に魔導炉に投資をした。
魔導炉のビジネスモデルは単純なものだ。まず魔石に込められた魔力を買い取り、それを元に魔導炉を稼働。生み出した電気で魔力灯を――今のところは――稼働させ、光の恩恵にあずかる商工会や施設から使用料を得る。
手に入れた金を元手にして徴収係や使用権契約を取りまとめる営業と事務を雇い、手広く金を回収する。それが広がっていくとだんだん支出が多くなっていくので、今度は事業拡大に乗り出さなければならない……
「導線拡大の依頼がまず三か所から。そっちの方に広げるのはもともとの予定にあったからいいとして、次に新規事業を起こすからその協力者が必要になって……」
街灯事業だけでは息詰まることは分かっていたので、メリアドールはより広い魔導炉の活用法を模索していた。電力を他のところで使うことは出来ないか、という点だ。
幸い、帝国の技術者は様々な新規技術の開発を行っており、その中には電気で稼働するものも多くあった。そのため、彼に協力を取り付け普及の後押しをしていた。
ビジネスは順調に進んでいる。
金も順調に集まっている。
しかし順調に進むということは多くの仕事があるということでもあり――
「はぁぁぁぁ……もうクタクタですよ」
また大きなため息を吐いて、今度は椅子の背もたれに思い切り体を預けて伸びた。
「でも、苦しそうなことを言っている割にはリア、楽しそうじゃないかい?」
ふっ、と笑ってロクジンはメリアドールに茶を差し出した。
「そうですね……楽しくないと言えば、嘘になっちゃいますね」
茶を淹れてくれたことに礼を言い、彼女は姿勢を戻した。糖蜜を一匙入れてかき混ぜて、十分に冷ましてから飲む。一息つくと、ホゥというため息が零れた。
「町に住む人たちと一緒になって悩んで、考えて。みんなと一緒に少しずつ暮らしをいいものにしていって。私はいま、とっても楽しいですよ。ロクジンさん」
メリアドールは思い出す、宮廷での暮らしを。
誰とも関わることなく、思索にふけっていたあの日々を。
「確かに、いいことばかりじゃない。悪いことだっていっぱいある。でも、この世界の悪いところ少しずつなくして、いいところを少しずつ増やせる。私、いまとっても楽しいです」
満面の笑みを浮かべ、メリアドールははっきりと言い切った。ロクジンは少し顔を赤くして、プイと視線を逸らした。
「楽しいのはいいけど、元の目的が疎かになってないよね?」
「もちろんです! 私とロクジンさん、二人分の旅費が集まるまでもうすぐです! 事業の収益化って、この先にとっても大事ですからね!」
こともなげに言われて、さすがのロクジンも驚いた。
「僕も行くのか?」
「一人で行くのが不安で……」
突っ込まれて、恥ずかしそうにメリアドールは笑った。
「それに、ロクジンさんは私の知らない世界をたくさん教えてくれましたから……お返しってわけじゃないですけど、私からも見せたいものがあるんです」
「っ……」
「メヂにある世界最大の紡績工場も、ルシルの丘から見る町並みも、王宮も……あなただから、見て欲しいんですよ」
「……そう。じゃあ、楽しみにしておく」
ロクジンは視線を戻すことが出来ず、窓の外を見上げた。
――その時彼は、それを見た。
「……なんだあれは」
空に黒い塊がいくつも浮かんでいた。それは白い雲を引き、凄まじい速度でオスティアに迫ってくる。一機や二機ではない、十機単位のものすごい数だ。
「まさか、あれは……マドラサの航空隊?」
かつてメリアドールが乗って来たものよりも大きく、無骨だ。メリアドールはそれが、即座に戦闘用のものであることに気付いた。
ゆっくりと近付いてくる――オスティアの黄昏が。




