【特別編】立春の境目にて。その4
【2月4日。4日目。】
「あなたが××の研究員なのは知っています。ですがここは左遷先なんですからここで本気を出しても意味無いですって。」
とあるドラマの一セリフで目が覚めた。時刻は午前5時45分。家を出る予定が午前7時30分だったので、仕方無く国語の参考書を開いた。
昨日受けた芦野中学校の入試の合格発表はインターネットに出ない(学校の敷地内で確認する)、と言うことでこの日の合格発表はわざわざ母親が確認に行くことで方針が決まっていた。
さて、今回の学校は二日目に受けた「あの学校」の二次試験が行われる。
場所は以前と変わらない。変わったのは受験生と問題だけだ。昨日同様南門から入り、真っ黒いゲレンデを直進して塾の先生と出会った。互いに挨拶をすると、先生は急にこんなことを言い出した。
「長良くん。もっと自分を出さなきゃ。」
環状構造の校舎もこの日は真ん中の中庭に陽がさしこんでいた。しかしながら試験会場は以前と同じ混雑率であまり変わりがない。前回以上に皆が皆切迫していることだけは確かだ。勿論私も切迫しなければならなかったが。
国語の試験が始まり、説明文を読み出すとこんなセリフが飛び込んできた。
「人間が時として差別的になりたがるのは自己における競争で優位に立って精神を安定化させる為である。」
あくまでも食物連鎖の話の導入として用いられた一文だが私はここで先ほどの塾の先生が私に言った意味をようやく理解出来た。競争と捉えたくなかったのである。ここで僕は人生で初めて赤の他人を見下すことにした。
このような場で見下すことは精神が非常に清らかになる。
「ここはこう落としたいんだろうな。」
「馬鹿め。こんな問題は簡単だ。」
目口のつりかたが悪魔のようだ。あまりに動かし過ぎて痛みすら覚えるほどだった。
「とにかく数値を確認する。細かいところから調べない限り、奴をひっくり返せない。」
朝の目覚めに聞こえたドラマの別の一セリフだ。試験中にこのドラマのセリフが次から次へと頭に浮かんでくる。限界まで力をかけた吊り掛け駆動のような頭の感触だった。
昼食を終え、自宅に戻り母親から芦野学園の状況を聞いた。想定内の返事だった。私は一人自室に引きこもることにした。自室には自分にとっての書類が卓上にも床上にも山のように置かれている。紙をどけて一人勉強道具を広げた。どの道具もここ一ヶ月で半年分の汚れになっていた。少しだけ微笑んだ。
午後5時頃、自宅に一本の電話が入った。母親が出て、僕に替わる。
「受かっているよ。B日程。」
「マジすかぁ。」
「マジだよぉ。」
かけてきたのは塾の先生だ。先生にお礼を言ってからすぐにパソコンを開くとそれはそれは驚き桃の木山椒の木。私はひっくり返したのだ。
こうして、私の受験人生は最後の大きなひっくり返しを起こして幕を閉じた。
「あのさぁ。」
「はい。」
「合格体験記だとしてもなぁ。」
「ええ。」
「長すぎるんよ。」
「えぇ…。」
「いやいやいやいやいやいや。…うーん。分かった!受験の為に必要のことを箇条書きで書いてちょうだいよ。」
「分かりました。」
・文字はどの教科もしっかり書く。
・国語は漢字から。文章の大切なところをポイントでおさえる。
・算数は常に図を書くことを意識しよう。
・理科、社会は日常の出来事と結びつけよう。
・疲れたら少し外を見てみよう。
・うがい手洗いと消毒は施設を見つけた度にやろう。
・日々の模試の為に教科書をもう一周復習出来る位の時間を持とう。
「これで良いですか。」
「うん。いいよ。」
僕の名前は長良浩太。春から相模大学附属中学校に入学する男だ。




