親愛なる者への誓い
今より遥か昔。原初の時に天上の園で二柱の神々が対峙していた。
──◇ ディアール、因果を司る貴様が私に何用か
──◆ そうかしこまらなくても良いよ、天上神ルシフェル
──◆ 俺がここに来たのは君にしか頼めない用件があったからさ
──◇ 私にしか頼めない用件だと? シェリーアの子守だったら断るぞ因果神
──◆ あっはっは、そうじゃないよ。……うん? いやまてよ? ある意味そうかもしれない……
──◇ 帰れ。あの様なじゃじゃ馬の世話なぞ断じて御免だ
──◆ 我々の存在が消滅する、そんな危機が迫っていると言ってもかい?
──◇ なに……? 貴様、神々である我らが消滅するだと? それもじゃじゃ馬の世話一つで? たわけた事を
天上神ルシフェルは因果神ディアールの話を戯言と一蹴し、彼に背を向けその場を離れようとした。
だが、ディアールが言った次の言葉でルシフェルは歩を止める。
──◆ 別次元の神が我々の世界に干渉し、滅ぼす未来を俺は見て来たんだ
過去、現在、そして未来を見通せる力を持ったディアールの言葉にルシフェルは困惑した。
──◇ ……貴様が偽りを持って私を惑わす理由など無いはずだが? 他の神々はその事を知っているのか?
──◆ 残念ながらそれは出来ないのだよルシフェル。それをしてしまうと滅亡を回避する術を失ってしまう
真剣な表情で語るディアールを見て、いよいよただ事ならぬと思ったルシフェルは彼に詰め寄る。
──◇ 私にのみ話が出来る、と。まずはその理由を聞かせてもらう
ルシフェルがそう言うと、ディアールは先程の真剣な表情を砕き、優しい笑顔を見せて返答した。
──◆ それは君が最も【平和】を愛し、【平穏】を望む神だからさ
──◇ はっはっは。貴様がそれを言うか。私よりもやさしき貴様が。
笑いながら話すルシフェルの言葉はディアールを和ませ、同時に憂いの表情を作りあげる。それから意を決したのか、真剣な表情になりながら語り始めた。
──◆ これから話す事は他言してはならない。いや、近い未来君は俺との会話を忘れてしまうから心配をする必要もないのだけども
──◆ だが、全て忘れてしまえば滅亡は免れない。それを防ぐ為、今から君にとある呪いをかけるが了承してもらえるだろうか?
今から呪いをかける。そう言われたルシフェルは一笑に付しながら返答した。
──◇ 願われるまでも無い。貴様が私を信頼して話をする様に、私も貴様を信頼する。
──◆ 感謝する。
そう短く答えたディアールは右手に一冊の書を出し開く。ペラペラと捲れる書はとあるページに差し掛かるとその動きを止め、光輝いた。その光はルシフェルを覆い始め、静かに消える。
──◆ 本来この呪いは俺の言葉を忘却させない事に絶対の効果を発揮する。いかな神々とてそれを破る事は出来ない。出来ないのだが、別次元の神はそれを容易く破ってしまう。そうなると君の記憶が大部分消えてしまうのだ。
──◆ そこで抹消された記憶をとある条件下にて君に戻す細工を施した。
──◇ 細工とは?
──◆ 遥か未来、氷結する大地にて、君が飼いならすであろう大鳥がシェリーアの因子に触れる。その時君は大地に降臨し、大鳥の消滅と共に記憶を蘇らせ──する。
──◇ はっはっは。なんとも悪趣味な細工ではないか。だが貴様の事だ、余興の為にその様な細工を施した訳ではあるまい?
──◆ 敵を騙すにはまず、ってヤツさ。
それからディアールは己の策を含む全てをルシフェルへ語った。
──
───
────
話を全て聞いたルシフェルは一筋の涙を零し、ディアールへ怒声を浴びせた。
──◇ 貴様は……貴様はいつもそうだ! 何故いつも全てを背負う!? 貴様が私に提案した事なぞ児戯に等しいではないか!
──◆ そうでもないさ。ルシフェル、親友の君だからこそ頼めるんだ。それにこの事は因果を司る俺の宿命だからしかたないんだよ。
──◇ そうであったとしても、あったとしてもだ! 貴様はわかっているのか? 愛する者の手で無明の闇に落とされ、永遠に近い時に閉じ込められる事を。自らを地に堕とすという事を!
──◆ それでも俺は君達を守りたいんだ。ルシフェル、仲間を、そしてシェリーアを頼む。
全てを託したディアールは現出した書をパタンと閉じる。すると書は消え、一本の杖と一振りの輝く剣が現れた。
ディアールは杖と剣をルシフェルへ差し出し、静かに頷く。ルシフェルはそれを受け取ると親友に対し誓約しはじめた。
──◇ この天上神ルシフェル、我が名において交わした誓いは必ず守ろう。
──◇ そして命ずる。友よ……必ず、必ず私達の元へ、シェリーアの元へ帰還せよ!
──◆ あぁ。有難う友よ。このトート・ディアール、必ず君達の元へ帰還する事を誓おう
こうしてルシフェルに誓いをたてた因果神は笑顔のまま静かに消え去って行った。
◇
氷結の大地にて、降臨したルシフェルを相手にソフィア達は必死に抗い続けていた。
だが、ソフィア達の攻撃は一切通用することなく、只疲弊していく。
『はぁ……はぁ……何故私達の攻撃が届かない……』
──どうやらあのルシフェルと言う邪神の力は、これまでの邪神達とは根本的に違う様です……
それでも諦めないソフィアは、宝剣を繰り出して空に浮かぶリシフェルへ渾身の剣戟を放った。
『無駄だ、女神の使徒よ』
ソフィアの剣戟はルシフェルの大分手前ではじかれ、傷一つ負わす事は無い。
見えない何かに守られるルシフェルはあっさりと種を明かし始めた。
『私の……この大天翼は何人たりとも近づけはせぬ、神なる大翼だ。貴様ごときの力でどうにかできるものではない』
圧倒的な力を見せつけるルシフェルに対し、ソフィアは叫ぶ。
『それでも……私は……戦わなければならないのだ。ナイトが待っているのだ! 』
その叫びは意外にもルシフェルを動揺させた。
『他人の為に貴様は戦っているのか……? 』
暫く思案したルシフェルは、まるで試すかのようにソフィアへ語り始めた。
『面白い。ならば貴様の思いを試してやるとするか。女神の使徒よ、寵愛の翼、みえざる大翼の試練を乗り越えて見せよ』
そう言ったルシフェルはまるで世界から吸い取る様に魔力を集め始めた。
『!? フェルちゃんにアイシア! すぐに私の後ろへ下がって! 』
「ヴォン!? ヴォンヴォン! (なにいってるの!? わたしも戦うわよ! )」
『フェルちゃんダメだ。あの魔力は尋常じゃない。お願いだ、私の後ろに下がってくれ』
「クゥーン…… ヴォン! (そこまでいうのね……わかったわソフィア! )」
ソフィアの命令に従い、フェルとアイシアは彼女の後方へと下がった。
『絶望に対峙し、諦める事無く、尚も他人を庇うその心見事』
練り上げられた膨大な魔力がみえなかった大翼の姿を現し、巨大な対なる六枚の翼が一斉に羽ばたきはじめる。
すると無数の羽がソフィアへ向け襲い掛かってきた。
(シェルちゃん、どうやらここまでの様だ。だがせめて、あの子達を守り切りたい)
──お姉様何を言って
(私の命を力に変えて、あの子達を守ってほしいのだ)
──ですが
(良いから! 時間が無い、シェルちゃん! )
ソフィアの命令をシェルは止める事が出来ず、その願いを聞き入れてしまう。ソフィアの体は主導権をシェルへと移し、襲い掛かる無数の羽を貫き落とし始めた。
──錐貝乱舞
全身から無数の錐貝を伸ばし、迫りくる羽を落とし続けるシェル。拮抗したかに見えるが、錐貝を繰り出す度にソフィアの命が削られ、じりじりと押され始める。
『ぐっ──』
ソフィアの目や口、そして耳から血が流れ始める。力の代償が現れはじめたのだ。
『お姉様もうこれ以上は──』
──だめだシェルちゃん、頼む、頼むから皆を……
力尽きる、まさにその時。圧倒的な力で押し込んでいた大翼の羽がピタリと動きを止め、ヒラヒラと大地へ舞い落ちはじめる。
シェルは急いで同化を解き、ソフィアを介抱しはじめた。
『おねーさま! めをあけるなの! 』
「あぁ……シェルちゃん、私は大丈夫だ。それよりも何が起こったのだ? 」
『あのわるいかみが……あかいなみだをながしたなの……そしたらはねがとまったなの』
そう言われ、ソフィアはルシフェルへと視線を向ける。
天空神ルシフェルは瞳から血を流し、そして体を震わせていた。
『これは……呪い……誰の……私は知っているぞ……この呪いは……あぁあああああああ』
絶叫するルシフェルの声が氷結の大地へ響き渡り、集められた魔力が拡散し始める。すると、ソフィア達の後方に下がっていたアイシアの体が輝き始め、その姿が変化しはじめたのだった。




