圧勝!エーギルラーン号 魔導国に降り立つ邪な神
インティアーナが待っているという修道院は魔導国の粗中央に位置する。
そこへ向かうにつれて建物の数も増え、城下町の様な雰囲気になっていったのだが。
街中を疾走するディオールドとヘルダーはあることに気付く。
「上皇陛下この街は変ですぞ……人の気配が全くしないとは」
「……インティアーナの人形すら姿を見せんとはただ事ではないのう」
荒廃していればまだ納得がいった。だが、その様な事はなかったのである。人だけがかき消されたかの様な不気味さだけが街を包んでいた。
「ヘルダーよ、あの川堀を越えた所にある建物が修道院じゃ! 急ぐぞ! 」
「はっ」
──
───
────
「番人すらおらんとは……いよいよ何かが起きてるようじゃのう」
二人は今修道院の入り口に佇んでいる。そこは街中同様人の気配がまったくなかった。
「上皇陛下、私が先行します故後方から指示をお願いします」
「うむ」
ヘルダーが先行し、建物内へと足を運ぶ。中はエレーファによく見かける精霊を祀る様な修道院で、特に何か変った所は無かった。
建物内に入ったディオールドは幼少の頃の記憶をたどり、ヘルダーへ指示をだす。
「ヘルダーよ、教壇の裏に地下へと続く階段が隠されておるはずじゃ」
「承知しました」
ヘルダーはディオールドの指示通り教壇まで行くと、裏手の床に違和感を感じた。
(これか……)
ヘルダーは帯刀している剣を抜くと、床へと突き刺し抉るように持ち上げる。すると床の板がはがれ、隠されていた階段が姿を現した。
「上皇陛下こちらでございますか? 」
「うむ。中は蛍石で創られている故灯かりの心配はないのじゃが……この状況はおかしい」
「と、いいますと? 」
「強大な力を持つインティアーナの魔力が少しも感じられんのじゃ」
「罠の可能性があるとお思いでございますか? 」
ヘルダーの指摘にディオールドは少し考え込んでから口を開いた。
「それは無い、と思う。インティアーナの人となりを考えるとその様な小賢しい手段は使わぬ。正面から圧倒的力を行使して、地べたに転がる弱者に対し優越感に浸る様な人物じゃて」
幼少の頃の苦い記憶が蘇る。ディオールドは十分過ぎる程ソレを経験してきたのだ。
「では──」
「うむ、このまま突入しようぞ。階段を降りた先に悪趣味な地下大聖堂がある。そこにきゃつは居るはずじゃ」
それから二人は意を決して地下へと続く階段を下りて行った。
◇
「ってぇー! 」
バルバロスの号令が轟き、方舷の全砲門が火を噴いた。
その衝撃と轟音は周囲の海原に響き、ソフィア達は思わず耳を塞いだ。
──グギャァアアアアアアア
砲弾が海竜に次々と炸裂する。当たった個所から鮮血が噴出していったがバルバロスは油断せず、すぐに指示を出した。
「次発装填準備! 」
──準備よーし!
「航路このまま! 全速前進じゃ! 」
──ぜんそーく前進!
「すごい……これが戦艦の戦いなのか」
『みみがキーンしてるなの! かっこいいなの! 』
「ヴオン! (すごかったわね! )」
大量の砲弾を浴びた海竜は、船を追う気力も無くなり船体後方へと弱々しく消えていった。
それを見届けたバルバロス・ホールデン辺境伯は、一段と大きい声を上げる。
「戦闘状態解除! 海竜は逃げていきおったわ! 勝鬨をあげろぉ! 」
──おぉ! 我らエーギルラーン号は最強だ!
──海神の加護は我らを勝利に導く!
──キャプテン・バルバロス万歳!
船員達が大声で勝鬨を上げる。そして勝鬨は歌へと変わっていき、海原へと響き渡っていった。
──我ら海の男は大海を駆け
──必ず手にするであろう
──7つの秘宝と酒場の酒を!
◇
階段を降りると、目の前には大聖堂へと続く巨大な扉が現れた。
ディオールドの許可を得たヘルダーは巨大な扉を開こうとするがびくともしない。
その様子を見て、ディオールドはヘルダーと位置を入れ替えると扉へ左手をかざした。
「さすがに結界を張っておったか。ヘルダーよ、今から結界を解く故ドライロディアの準備を」
ディオールドの指示に従い、ヘルダーは背負っていた布にまかれている三又の槍を手に取り構える。
ヘルダーの構えるドライロディアはラドルア帝国に伝わる秘宝の一つであり、本来時の皇帝以外は使用できない。
帝都の宝物庫に保管されている間は魔布によって厳重に封印されているのだが、ディオールドは惜しみなく引っ張り出してきたのだ。
「扉の結界を解くと同時にドライロディアの封印も解く。解除後合図を出す故、最大の魔力を込め其方の槍技で大聖堂を穿つのじゃ」
「承知」
ディオールドは左手を扉に、右手をドライロディアにかざし、圧縮した魔力を流し始める。同時にヘルダーも槍へと魔力を込め始めた。
そして──
「今じゃヘルダー! 」
──グォオオオオオオオオオ! 死槍天撃!
ヘルダー元帥が放った一撃は結界の解けた巨大な扉を砕くに留まらず、一直線に衝撃波が飛んでいく。
「ぎゃぁああああああああ」
同時に大聖堂から呻き声の様なものが響いた。どうやらヘルダーの一撃は中に居た何者かに直撃したみたいだ。
二人は破壊された扉から中の様子を伺う。すると、一人の女性らしき人と黒いローブを着た男性が倒れていた。
「上皇陛下──」
「うむ、どうやらインティアーナに直撃したようじゃな! それともう一人見知らぬ男が倒れて……」
倒れていた男の横顔をみたディオールドは驚愕し言葉を詰まらせる。
「ば、馬鹿な。何故、何故ナイト殿がここにおるのじゃ! 」
「なんですと!? 」
取り乱しながらも二人は男の元へと駆けつける。驚くことに間近でみたその顔は良所そのものであった。
「と、とにかく意識を戻すのが先じゃ! 」
どうやら男は魔力切れで倒れていた様で、ディオールドが魔力を流し込むと意識を覚醒させた。
「ぐっ……貴様らは!? 俺は……そうだ、インティアーナはどうなった! 」
顔だけではなく声まで良所そっくりだった為、二人は余計に取り乱す。
「ナイト殿! 何故、何故ここに!? 何故インティアーナと戦っておるのじゃ!? 」
「ナイト殿、我らに説明していただきたい。どうして魔導国へ来ているのだ? 」
体を揺さぶられ、説明を求められた男は二人の手を払うと怒声を発した。
「触るな! それと……俺の事を不愉快な名前で呼ぶんじゃない! 」
男の振舞いに唖然としていると、倒れていたインティアーナが起き出し喋り始める。
「キヒッ……キヒッ……ディドよ……余計な事をしてくれたな……。あと少しで【トート】を屠れたものを……」
「なんじゃと!? ではこの男はナイト殿ではなく別人じゃったのか!? 」
「キッヒッヒッヒ……ナイトと言う者は知らぬが……その【トート】は良く知っている。まぁよい……このまま依り代を破壊されれば面倒になる……ディドよ……面白いモノを見せてやろう」
インティアーナはそう言うと、大聖堂一杯に魔法陣を展開し詠唱する。
「気まぐれの人形箱──解除」
すると無数の魔導士が魔法陣から湧き出てきた。
その様を見た【トート】は血色を悪くしながらディオールドとヘルダーに対し叫び声を上げる。
「貴様ら、ヤツを止めろ! 急げ! 」
「どういう事じゃ! 」
「なんだというのだ」
「くそっ、使えないヤツらめ! 呪縛鎖牢──」
混乱して動かない二人を見切り、【トート】は左右の腕からどす黒い多量の鎖をインティアーナと魔導士達へ放つ。
だが──
「キッヒッヒッヒ。遅い、遅すぎるんだよ【トート】」
【トート】の鎖が届く前に、インティアーナと魔導士達は塵の様に四散した。
「くそが……こうなったらしょうがない、おいお前ら耳を貸せ」
「なんじゃ、何が起こっておるのじゃ……」
「消えただと……どういうことだ」
未だに混乱している二人へ【トート】は語りだした。
「ヤツは、インティアーナは邪神だ。そして新しい依り代を使ってすぐに降臨する」
「邪神じゃと!? 」
「馬鹿な……」
信じがたい事実を告げる【トート】に対し、言葉の出ない二人。
だがそんなものは関係ないと言わんばかりに【トート】は話を続ける。
「正直俺一人では勝ち目はない。そこでだ、インティアーナを倒すまで共闘しろ。それ以外に俺達が生き残る術は──」
【トート】の話が終わる前に不気味な鐘の音が響きだした。
──ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン
「くるぞお前ら……とにかく時間を稼げ。俺はその間にヤツを消滅させる秘法を展開させる」
邪神を消滅させる手立てがあると【トート】は言う。無論今のディオールドやヘルダーには邪神に対し、決定打を持ってはいなかった。故にディオールドはヘルダーへ語りかける。
「ヘルダーよ、こやつの話に乗るしかなさそうじゃな」
「みたいですね……陛下きますっ! 」
大聖堂の中心に異常な魔力が集まり始め、形を成し始める。思いもしなかった邪神との戦いがはじまろうとしていた。




