極魔導の片鱗 戦艦エーギルラーン号
「全隊進軍停止! 」
ヘルダー元帥の停止命令が一帯に響き渡った。ラドルア帝国とインティアーナ魔導国の国境に到着したからである。
通常国境は厳重に守られている物。隣接する国が万が一にも攻めて来た時に対応する為だ。
だが、ラドルア帝国とインティアーナ魔導国の国境には古びた石造りの塔しか無かった。
「何度来てもここは違和感がありますね。とても帝国との国境とは思えません」
ヘルダーはのどかな田舎の風景にしか見えないと心情を吐露した。
「古びた塔の他はただの平原しか無い。とても国境とは思えぬのは当然じゃて……じゃが──」
ディオールドはヘルダーに返答しつつ平原に転がっている小石を拾い上げると、魔力を高め塔に向かって投射した。
──バチン
小石は塔の手前で砕け散り、四散する。
「まったくふざけた結界じゃわい」
「……おっしゃる通りです。上皇陛下、さっそく国境の魔導士が出て来たみたいです」
──
───
先頭に居るディオールドとヘルダーの元に、一人の魔導士が近づいてきた。
一見して女性なのか男性なのか判断がつかない中性的な容姿。焦点の合わない不気味な両眼。まるで何者かに操られているかの様だ。
その不気味な魔導士は淡々とディオールドへ挨拶をしてきた。
「これはこれは。ディオールド皇帝陛下お久しぶりで御座います」
「ご無沙汰してます、お師匠様。それと余は現在皇帝の位を退いております故、昔の様にディドとお呼びくだされ」
ディオールドにそう言われると、魔導士は全身を震わせケタケタと笑いながら口を歪ませ喋りだす。
「キッヒッヒッヒ。まったく時の流れは速いものですね。童だったディドが帝位を退き引退とは」
「師匠は相変わらず気持ちの悪い趣味をお持ちの様じゃ。魔導国の人間は師匠の人形では無いのですぞ? 」
ディオールドがそう指摘した瞬間、複数の魔法陣が魔導士の周囲に展開された。
「偉くなったものだなディド……師匠に対し無礼ではないか? 」
「何も変わっておりませんなぁ。口より先に魔法がでる所は」
恫喝する魔導士に対しディオールドは目を瞑り手をかざす。すると展開された魔法陣が砕け散り、魔導士の魔力が消えかかる。
「キッヒッヒッヒ、やはりお前は面白い。人形越しとはいえこのインティアーナの魔導を封じるとは。木偶同然だったお前を生かしてやった甲斐があったというもの……キッヒッヒ」
ディオールドを蔑むその言葉が一瞬にして死神に殺意を持たせた。
「だまれ下衆が」
問答を聞いていたヘルダーが激昂し、帯刀していた剣を抜き一閃を放つ。
──ドッ
魔導士の首は宙を舞い、ボトリと音を立て平原に転がる。
「ヘルダーよ落ち着かんか。こやつは所詮人形に過ぎぬ」
「申し訳ありません……」
ヘルダーを諫めるディオールド。そんな彼に切り落とされたはずの頭が何事も無かったかのように喋りだす。
「キッヒッヒッヒ。ディドよ、良い臣下を持ったじゃないか……ともあれ何か用があって来たのであろう? 入国を許可してやるからそこの臣下と共にさっさと修道院までこい。だが……うしろの騎馬兵は邪魔だな」
「させぬわ! 」
何かを察したディオールドは左手を首の無い体へ、右手を頭部に向けると膨大な魔力を発した。
すると魔導士の体と頭は凍てつき、石化し、燃え上がり、爆散する。
その様を見ていたヘルダーは驚愕しながら口を開いた。
「上皇陛下、これは一体……」
「ふん。きゃつめ余らが率いた騎馬隊を人形にしようとしたのじゃ。故に四元素を混ぜ込んだ魔導をくらわせてやったまでの事よ」
(無詠唱でこの威力……魔導を極めたとおっしゃっていたが……ここまでとは思ってもみなかった)
「それよりもだ。ヘルダーよ、こうなっては致し方ない。兵を辺境領まで下げよ。ここからは余と其方だけで向かう」
「上皇陛下、それは危険ではありませんか」
「ヘルダーよ、あやつの言葉に耳を傾けなかったのか? 」
「は? 」
ヘルダーは一瞬の出来事だったのでディオールドとインティアーナのやり取りを聞きそびれていた。
故にディオールドの提案が理解できずにいる。
「あやつは……インティアーナはあの一瞬で呪殺の方陣を魔導国一帯に張り巡らしたのじゃ。それに入国を許可したのは其方と余だけ。許可といっても呪殺の方陣が余らに効かぬとふんで嘯いただけの事じゃが」
ディオールドはそう言いながら金色の【ジャージ】に触れる。
その様子を見ながらヘルダーは理解した。良所の【ジャージ】を着ているのは自分とディオールドだけだと。
「つまり女神の加護がある我ら以外魔導国へ入れない、と? 」
「そういうことじゃ」
「……わかりました。ゲッペル、前に出よ! 」
「ははっ」
ヘルダーは副官のゲッペルを呼び出すと、黒騎馬隊を前線の辺境領まで下がらせよとの命を下す。
「元帥、それは危険過ぎます! 陛下と元帥を残し下がるわけには参りません! 」
「当然の意見だな。だがな、今貴様らを伴って魔導国に入ると部隊は全滅するのだ」
「!! それはどの様な理由で……」
「貴様も少しは聞いておろう。魔導国にはとんでもない魔導士が居る事を」
「大魔導士インティアーナ……ですか」
「そうだ。陛下と我は女神の加護がある故心配はいらない。ゲッペルよ、帰路の確保を最優先に行動してくれ」
「承知! 全部隊、これより国境近くの辺境領まで下がる! 我に続け! 」
──ははっ
──
───
辺境領まで下がる騎馬隊を見送りつつ、ディオールドは絨毯に魔力を込めるとヘルダーに告げた。
「これからが本番じゃて。ヘルダーよ、覚悟は良いな? 」
「ははっ」
こうして二人はインティアーナが待ち受ける魔導国中央の修道院まで急ぎ向かった。
◇
港町ソローを出航して二日目、ソフィア達一行が乗船するエーギルラーン号は静かな海を北上していた。
『うみなの~♪ ひろいの~♪ おおきいの~♪ 』
「ヴォン♪ ヴォン♪ (ひろいわね♪ おおきいわね♪ )」
甲板ではシェルを乗せたフェルが楽しそうに駆ける。バルバロス・ホールデン辺境伯の所有するエーギルラーン号は大きくなったフェルが駆けれる程の大きさだ。
「まったく緊張感の無い船路じゃな」
艦橋から楽しそうにしている一人と一匹を眺めつつ、笑顔をみせるホールデン。
「小父様、私とナイト様の家族はかわいいでしょ? 」
「まったくじゃな。それにしても伝説のフェンリルを伴っていたとは驚きじゃったが」
「ふふふ。私の夫、ナイト様だからこそ家族に出来たと思います小父様」
ソフィアにそう言われ、ホールデンは酔っ払いながら海竜を屠る良所を思い出す。
「がっはっは、納得じゃわい」
「それにしても小父様の戦艦はいつ見ても驚きます」
巨大な船体もさることながら、船に装備されている大砲の数が尋常ではなかった。
甲板上と船側に片舷六十門、両舷合計百二十門の大砲が配備されている。
「ソフィよ、このエーギルラーン号はエレーファ随一の戦艦じゃ。ここまで戦闘に特化した船は他にはあるまいて」
艦橋にてソフィアとホールデンが談笑していた時であった。
──カン カン カン カン カン カン
監視台から警戒警報の鐘が鳴り響く。
「小父様!? 」
「ふむ。さっそくお出ましの様じゃな。野郎共、戦闘準備じゃ! 」
──おぉ!
「ソフィはフェンリルとお嬢ちゃんを連れて一旦ここに待機してなさい。儂は戦闘指揮を執るでな」
「小父様、ソフィも戦います」
「まぁ落ち着かんか。騎士には騎士の、船には船の戦い方がある。勉強するつもりで見学してなさい」
「……わかりました。シェルちゃんにフェル! こっちにきなさい! 」
『あい! 』
「ヴォン! 」
ホールデンはソフィア達を艦橋に下がらせると、自身は監視台に向かった。
「監視員、目標の詳細を報告せよ! 」
「はっ。前方に海竜らしき姿を確認! このまま前進すると交戦状態に入ります! 」
「ちっ、いきなりか。野郎共、海竜だ! すれ違い様に一撃喰らわせてそのまま前進する! 砲撃戦用意! 」
迫る海竜を前に、ホールデン達は迅速に攻撃準備を整えていった。




