届けられた世界樹の葉 決着・ドラグーン山脈の死闘
ドラグーン山脈の死闘は幕を下ろそうとしていた。
ライラとベリアが参戦してから三日目の事である。
『くっそ! しぶといなねーちゃん! 』
「はぁはぁ……諦めるわけにはいかないのです! 」
『なめてたのはアタシの方だったみたいだ……それでも負けるわけにはいかないんだよ! 』
──
───
────
──グルルウルルルウル (中々やるではないかグリムよ……)
──グガァアア (ふざけるな……王様ってのはこんなにも強かったのか……)
狂黒竜と光白竜、そしてライラとベリアが今にも倒れそうになっていた時である。
ライラ以外の竜達が良所の居る森の方向へ視線を向けた。
正確には何か得体のしれない物に惹かれたのだ。
その一瞬の隙をライラは見逃さない。
「油断が過ぎますよベリア! 」
必殺の一撃。かつて祖父ドレークが最も得意とした剣技がベリアを切り裂こうとしていた。
──神速断人
その一撃はベリアの反応速度を凌駕し、二本ある角のうち一本を切断した。
『あぁ……』
ベリアは返す刀で切り伏せられる。そう覚悟した時だった。
──グルウウウウウウウウウアアアア(させんぞ人間! )
ライラとベリアの間に光白竜が割って入ってきた。
ライラは咄嗟に避けるも、あまりの衝撃に吹き飛ばされる。
とにかく娘の危機は去った。光白竜がそう安堵した時、上空から狂黒竜の鋭い一撃が炸裂した。
──グギャアアアアアアアアア(老いたな竜王! )
光白竜はそのまま大地に叩きつけられ、狂黒竜に抑え込まれる。
──グルルルル (勝負あったな竜王)
──グルルルル (ふっ……私の負けだグリムよ)
『父上ぇえええええええええええええ』
狂黒竜に抑え込まれた光白竜へベリアが駆け寄っていく。
『父上ぇ……ベリアのせいで……ベリアが油断したせいで……うわぁあああああああああああああああん』
自分のせいで敗北してしまった。そんな自責の念に、ベリアは大粒の涙を大量に流した。
流れ出た涙は大地に染み込む前に結晶化し、ゴロゴロと音をたてながら周囲を埋め尽くしていく。
「これは一体……」
吹き飛ばされたライラが起き上がり、その状況を眺めて呟く。
狂黒竜は同化を解き、黒竜とジークフリードへとわかれると光白竜を開放した。
そしてジークはベリアに向かい駆けはじめる。
「シャルロットォオオオオオオ、怪我は無いかぁあああああああ! 」
『うわぁあああああああああん……頭のおかしい人間が近づいてきたぁあああああ』
あまりにも取り乱したジークをライラは再び制止する。
「ジークいい加減にしなさい! ベリアちゃんが怖がっているでしょう!? 」
「そ、そんな……」
「嫌われても良いの? 」
「だめだ! それはだめだ! 」
「なら大人しくしてなさい」
「わかった……」
ライラに止められたジークはしょんぼりしながら黒竜の元へと歩き始めた。
『うぅ……おねーちゃんベリアの負けなの……古龍の涙は持って行って良いの……』
それを聞いたライラは光白竜の方へ視線を向けると、ベリアへ問いただす。
「ねぇベリアちゃん。古龍の涙は竜王である白い竜が流す物なのよね? でも見る限り一滴も零してないみたいなんだけど……」
『ごめんなさいなの……あれは嘘なの……古龍の涙って本当は長生きした竜なら誰でも流せるの』
「それならそうと先に……ってこの結晶は古龍の涙なの? ベリアちゃんはまだ若いでしょ? 」
見た目十歳の幼児にしかみえないベリアである。ライラは当然の疑問を口にした。
『アタシは父上に次いで長生きしてるの。こう見えても古龍の一人なの』
「え」
悠久の時を越えて来た光白竜。その竜王に次いで長生きをしていると言う衝撃の事実にライラは言葉を詰まらせた。
『涙全部あげる。だから父上から王座と誇りを奪わないで……』
両手一杯に抱えた古龍の涙を差し出し、父親の処遇を何とかしてほしいと懇願するベリア。
ライラは涙を受け取り麻袋に詰めると、ベリアの頭を撫でつつ優しく話しかける。
「大丈夫よベリアちゃん。前にも言ったけど私達は涙が欲しかっただけなの。用事は済んだからここをすぐにでも立ち去るわ」
『ほんとぉ? 』
「えぇ本当よ。それよりもベリアちゃん、その角ごめんなさいね。それって自然に元に戻る? 」
『ううん……アタシは長く生きてるからもう生え変わらないとおもうの』
それを聞いたライラは少し考え、ベリアに尋ねた。
「ベリアちゃんはここを少しだけでも離れる事は出来る? 私が女神の御使い様にお願いして治してもらうから」
治せると聞いた時、ベリアは容姿にふさわしい無邪気な笑顔で答えた。
『ほんとぉ!? だったらアタシはおねーちゃんについていく! 父上ぇ良いでしょ? お願い! 』
──グルルルル (下界に干渉しすぎないと誓えばよいぞ)
『大丈夫だって! おねーちゃんの言う事をしっかり守るからぁ! 』
父親の許可を得てはしゃぐベリル。その時ライラの頭に直接言葉が伝わった。
──ヒトノコヨ、ドウカムスメヲ……ヨロシクタノム
その言葉を受けたライラは、竜王に向かい返事をする。
「賜りました。傷を癒した後、必ず御子息を返します」
その言葉を聞いた光白竜は満足気に頷き、目を細めた。
そんな折ベリアがおずおずとライラに話しかける。
『ねぇ……おねーちゃん』
「うん? どうしたの」
『もしかしてあの黒竜で移動するの? 』
「そうだけど……もしかして嫌? 」
『出来ればアタシはおねーちゃんとだけ一緒に移動したいの……』
「そうはいっても空を移動できるのは黒竜だけだし……」
『大丈夫なの! アタシが元の姿になれば問題解決なの! 』
ベリアはそう言うと、天へ向かい咆哮を上げる。
──グォオオオオオオオオオオオオオオオオン
今しがたまで十歳に満たない幼児だったベリアの姿が真紅の巨大な竜へと変わった。
「嘘でしょベリアちゃん……」
『さぁおねーちゃん! アタシの背中に乗って! おい黒竜、父上に勝ったつもりでいるならそれは間違いだ! アタシと競争で勝負しろ! 』
そう挑発された黒竜だったが、興味なさげに視線をそらす。だが、その頬が少し赤く染まっていた事にこの時は誰も気づかないのであった。
こうしてライラとジーク、黒竜とベリアはドラグーン山脈から立ち去っていった。
◇
「ふぅ……ふぅ……グリード、着いたぞ……」
「……」
グリードとクレイグは間一髪オースロックに救われ、先に森の家へと帰還していた。
クレイグがグリードを担ぎながら家に入った時、中性的な容姿の人物に迎えられる。
『オ疲レ様デシタ。私ハナイト様ノ眷属アコヤト申シマス』
初対面であったが、その雰囲気は人外の者と一目でわかるものであり、クレイグはあっさりと世界樹の葉を渡した。
「これで我らの任務は完了したのですね……」
ここで緊張の糸がきれたのであろう。クレイグとグリードは意識を飛ばしてリビングに倒れた。
『我ガ王ハ良キ縁ヲ持タレタ。コノ者達ニ安寧ヲ』
世界樹を吸収したアコヤは、倒れる二人を完全回復させ良所の体へと同化しはじめる。
今まで真っ黒だった良所の体は血色の良い肌色へと戻り、精気が満ち始めた。
だが顔は今だ漆黒に包まれていて完全回復には程遠い装いである。
──ぐごおおおおおお
──すぅ すぅ
一階のリビングでは穏やかな顔で眠る二人の騎士の寝息が響いていた。




