ライラの決意
フリージュアの港近くにある丘は領民達の歓声に包まれていた。
「ライラ様やりましたよ! あぁ、フリージュアは救われた! 」
「フリージュアの危機は去りました! 万歳! 」
領民達の歓声の中、ライラは安堵と共に不安が募っていた。どう考えても良所が無事では済まない事を分かっていたからだ。
それでも次期領主としてやらなければならない事がある。逸る気持ちを抑えて領民達へ声を上げた。
「フリージュアの民よ、当面の危機は去った! それでも地揺れの被害は甚大であるが故、早急に港町へ戻り復旧作業に取り掛かろう。それと数名で良い……船を出してはくれないか? あの人を迎えに行きたいのだ……」
指示を出したライラは緊張の糸が切れたのか、次期領主らしからぬ弱々しい声で懇願する。
だが、それを支える様に領民達は笑顔で答えた。
「何弱気になってるんですかライラ様。俺達を導き救ってくれた次期領主様らしくない言葉ですよ」
「そうですよライラ様! 誰が断るんですか? 誰一人ライラ様の願いを無下にするヤツはいませんよ! 」
領民達の励ましが続く中、年長の一人が声を上げる。
「漁師連中は町一番の早船を準備し、ライラ様のお供をするのじゃ! それから商人連中は港町の復興に向かう。皆異存は無いな? 」
──おう!
「さぁライラ様急ぎましょう。私達町の救世主を迎えに! 」
「何言ってんだ! ライラ様の未来の旦那様だろ? 」
「そうじゃった! ふぉふぉっふぉ」
ライラは領民達の励ましによって気持ちを取り戻すと、一礼し感謝を述べた。
「ありがとうございます……領民達よ本当にありがとう……。よし、ナイト様を迎えに行く故漁師の方々は私についてきてくれ!」
──ライラ様の後につづけ!
──おう!
こうしてライラは漁師達を引き連れ、港へ向かい駆けだしたのであった。
◇
大蛸が倒された後、シェルはアコヤと共に大蛸の体や足を回収していた。
『どうしよう……どうしよう……』
『シェルターヨ、悩ンデモ仕方アリマセン。我ラガ王ガ望ンダ結果デス……』
『でも……ないとが……うぅ……』
『トニカク……コノママジャイケマセン。死鎌ヤ足ハ回収シ終ワッタノデス。眷属ヲ開放シテ港ヘ戻リマショウ……』
『……あぃ』
アコヤに促されたシェルは神貝の狂乱を解きはじめる。
辺り一面に湧き出た貝が海水へと静かに戻っていった。
──
───
────
『真珠貝の寝床』
元に戻る海に合わせて巨大な真珠貝のベッドを出したシェルは、その上に良所を寝かせると隣に座り手を握り始める。
『ないと……ごめんなさい……ごめんなさい……』
静けさを取り戻した海上にプカプカと浮かぶ真珠貝。そこにはほぼ全身真っ黒な良所とちいさなシェル、そして実体化したアコヤが居るだけだった。
『シェルターヨ。私達ハ王ノ元ヘ戻リマス。現世ニテ器ノ管理ハ任セマシタ』
『……あぃ』
『元気ヲ出シナサイシェルター。王ガ戻ッタ時【ハンバーグ】ハオ預ケデスヨ』
『!?……げんきだすなの! あい! 』
そしてアコヤは良所の両手へと戻った。
◇
「ライラ様見えました! あの浮かぶ貝殻みたいなのがそうだと思います! 」
「誠か! よし、ありったけの速度で向かってください! 」
「聞いたか野郎共! 全速力だ! 」
「「「っしゃー! 」」」
ライラ達が港に戻るといつもと同じ静かな海が広がっていた。
彼女らは迅速に早船へ乗り込み、大蛸が居たあたりの海域を目指して進んでいた。向かっている最中、船員の一人が海に浮かぶ大きな貝殻を発見したのである。
貝殻に近づく過程でライラはそこに居る者達を視認した。そして叫ぶ。
「あれは……シェルちゃん! それと黒い……まさかっ!? 皆急いで貝に近づいてくれ! 」
「「「了解! 」」」
──
───
「シェルちゃん大丈夫ですか! 」
『!? らいらおねーーーーーーちゃん』
泣きながらライラの名を叫ぶシェルを見て、尋常ではない不吉な予感がライラに過る。
貝殻に船を横付けしたライラ達は、シェルと良所だと思われる黒い人型の物を回収した。
『おねーちゃん……ないとが……ないとが……』
ライラに抱き着き泣き続けるシェル。
「大丈夫……大丈夫だから……」
ここまで取り乱すシェルを見たことが無いライラは、とにかく慰める事に尽力する。
『うぅ……ぐすん……』
「シェルちゃん大丈夫ですよ。ナイト様は必ず元に戻ります」
『どうして……? 』
「私が……いえ、私達が元に戻すからです」
『……! でもどうやってなの? 』
「うふふ。もうお忘れですか? ナイト様が仰ってた女神様からの神託を」
ライラは良所が教えてくれた内容を思い出しながら、シェルへと笑顔で答える。
──古より生き残りし古龍の涙
──わが眷属たるエルフの森の巨木。その一葉
──海竜を餌とする巨大蛸の足八本
──愛する者の血の雫一滴
──氷の大地より生まれし氷塊の大鳥。その羽
これらを集めさえすれば良所が元に戻ると信じて。
『……とりさんつよいなの……それにとかげさんだって……』
シェルは御使い故に困難な事を承知している為、諦めに近い言葉が出た。良所が動けない現状ならば尚更である。
だが、ライラは諦めてはいない。
「一人ならば無理かもしれません。ですがナイト様を慕っている人は私だけではありません。ソフィア殿下やヘルダー様、それにジークやヴィクトールのグリードさん達。そして皇帝陛下も……ですので私は諦めはしません。必ずナイト様を元に戻します」
『ないとのために……みんなたすけてくれるなの? 』
諦めかけていたシェルが少しの望みを見つけたのか、懇願するような眼差しでライラを見つめる。
「はい。一人は皆の為に、皆は一人の為にです! 御爺様もよく仰っていましたから」
その言葉を聞いたシェルは涙を零しながら精一杯の笑顔で返事をした。
『あ゛ぃ゛!! 』
直後安心したのか、シェルはライラの膝に横たわり眠りに付いく。
「いくら女神の御使い様とはいえ、相当無理をなさっていたのでしょう」
スヤスヤと寝息をたてるシェルの頭を優しく撫でつつ、ライラは黒くなった良所の体を見つめながら呟いた。
「ナイト様……無理をしないって……信じろって約束したじゃないですか……」
彼女は零れ落ちる涙をそのままに呟きつづける。
「必ず……必ず元に戻しますから……その時には色々と叱りつけますから……」
そう呟いた後、涙を拭ったライラの瞳は揺るぎない決意に溢れていた。




