急転前の幕間劇 ヘルダーの受難
夏の盛りに差し掛かり、日差しもより一層厳しさを増す。
ここラドルア帝国帝都でも夏の暑さは厳しかった。
「そこの門番よ、ヘルダー元帥の屋敷はここでよいのか? 」
帝都内にあるヘルダー元帥の屋敷に客と思われる婦人と黒いオオカミが尋ねて来た。
門兵はいかにも怪しげな客に対し冷たく対応する。
「いかにも帝国元帥ヘルダー様の屋敷だが、その方は何者か? 」
巨大なオオカミに乗り、薄桃色の着物を着た婦人は少しムっとするが、すぐに気を取り直して自己紹介をしはじめた。
「私はヴィクトール王国のソフィア・ヴィクトールと言う者だ。至急元帥に目通り願いたい」
「ヴィクトール? ソフィアって……ソフィア殿下でございますか!? あの英雄姫の──」
「左様」
「し、失礼しました! 急ぎ取り次いで参りますので少々お待ちくだされ! 」
「あいわかった」
来訪者の素性を理解した門兵は風の如く敷地内へと消えた。
「まったく……ナイトはどれだけ私達を心配させれば気が済むのだ。フェルちゃんもそう思うでしょ? 」
「ヴォン! ヴォーン! (まったくよね! ほったらかしにしすぎよ! )」
「ふふっ。フェルちゃんも私と同じ気持ちで嬉しいぞ」
「ヴォン! (わたしもよ! )」
数日共に過ごしたソフィアとフェルは簡単な意思疎通が出来る様になっていた。
ところでソフィア達が何故帝都にあるヘルダー元帥の屋敷へ赴いたかと言うと、良所の帰還があまりに遅かったからである。
痺れを切らしたソフィア達は王都から森の家まで戻っていたのだが、良所不在の為そのまま帝都まで来たのだ。
「それにしても任務完了したオースロックやグリード、それにクレイグ達には悪い事をしたものだ」
自責の言葉を口にするソフィア。理由は単純である。
感情に任せて王都を飛び出そうとした時、父である国王ウィリスや兄フレイからどうしても行くならと、三人はソフィアのお供に着かされたのだ。
現在三人は森の家に待機中である。
「ヴォン! ヴォン! ヴォーン! (悪くないわ! だってあの人達お酒飲んでばっかりじゃない! )」
「あはは。確かにあの者達にとっては休暇みたいなものであったな」
談笑する二人の元へ先程の門兵がメイドを伴い慌てて戻ってきた。
「お、お待たせいたしました」
「ソフィア殿下お久しぶりです。メイド長のミリアです」
「ミリア殿か、久しいな。急に足を運んで申し訳ない」
「滅相も無いです。御屋形様が応接室でお待ちしております故どうぞ中へ」
「わかった。あ、そうだミリア殿」
「なんでしょうか? 」
「こちらは私とナイトの家族でフェルと言う。同行を許してもらえるだろうか? 」
「ヴォン! (こんにちわ! )」
メイドのミリアは紹介された巨大な黒いオオカミに一瞬たじろいだが、メイド長らしく気丈に振舞う。
「え、ええ。もちろんですわ。大切なご家族様ですもの、ご一緒にいらしてくださいませ」
「ありがとう。さぁフェルちゃん、一緒に行こう! 」
「ヴォン! 」
こうしてミリアの先導でソフィア達は室内へと入って行った。
──
───
────
「御屋形様、ソフィア殿下をお連れしました」
「うむ。入れ」
相変わらず立派で巨大な扉が開かれる。
ヘルダーはソフィアの隣に居るフェルの大きさに視線を釘付けにされた。
「久しいな……というか、たしかフェル……といったな? この短期間で随分と大きく育ったものだ」
ついこないだまでは大型の犬程度だった大きさが、今ではちょっとした馬車並の大きさになっている。
「ふっふっふ。旦那を取られて暇を持て余していたからな。沢山食べて沢山駆けていたらこうなった」
「ヴォン! ヴォン? (りっぱになったでしょ! わたしキレイ? )」
「あぁ綺麗だぞフェルちゃん。誰にも嫁にあげないからな! 」
「ヴォン! ヴォン! (もうそふぃあったら! てれるじゃない! )」
「お前達……会話できるのか? 」
普通に意思疎通をする両名にヘルダーは呆れるばかりであった。
「当然であろう。家族だからな! 」
「ヴォン! (そうよ! )」
「……まぁよい。とにかく両名とも……フェルには悪いがその大きさでは長椅子に座れぬ。適当に室内でくつろいでくれ。ソフィア殿下は長椅子に腰掛けてくれ」
「わかった。フェルちゃん適当にくつろいで良いって! 」
長椅子に腰掛けながらソフィアがそう言うと、うれしそうにフェルはヘルダーへ抱き着く。
「うぉ、ま、まて。そういう意味じゃ……こら……やめ……くすぐったいぞ! おい殿下! やめさせ……ろっ! 」
フェルの行動は、百戦錬磨の武人であるヘルダーの巨躯が、抱き着きじゃれても問題無いと判断した結果である。
楽しそうに眺めていたソフィアは、ヘルダー元帥の救援要請に笑いながら答えた。
「はっはっは。フェルちゃん、ごめんね。ヘルダー元帥とお話があるから大人しく座っていてね」
「ヴォン! (ざんねんだわ! )」
フェルは一声吠えると、室内中央で行儀良く寝転んだ。
「ふーっ。ソフィア殿下、フェルとじゃれ合うのは並大抵の事じゃないぞ。ヘタをすれば死人がでる」
「ふっふっふ。フェルは人をちゃんと選ぶさ。元帥なら大丈夫だろうと判断した結果さ」
「……まぁ良い。してわざわざ帝都まで足を運んだ理由を聞かせてくれ」
ヘルダー元帥が帝都まで来た理由を尋ねた瞬間、ソフィアの気配が変わる。
「先程も言った通り、旦那を取られて暇を持て余していた。ここに来た理由はつまり」
「お、おい。まさか──」
「旦那を迎えに来た。さぁ元帥よ、旦那を返してもらう。まさかと思うが、新婚夫婦の邪魔をするつもりではあるまいな? 」
ヘルダー元帥は以前には無かった圧力を感じた。
──ついこないだまで小娘程度としか思ってみなかったが……今のこやつは全くの別物
ソフィア自身気づいていない成長。
以前から旦那である良所との夜戦を経てその精気を吸収し、さらにフェルと散歩という名の訓練がソフィアの強さに磨きをかけていたのだ。
だが彼も百戦錬磨の武将である。深く呼吸をすると目を見開き、覇気を出しつつソフィアの威圧感を中和する。
「邪魔などせぬわ。我とて馬に蹴られたくはないからな」
そう言われたソフィアは一気に威圧感を消し、パッと明るい笑顔で喋りだす。
「ヘルダー元帥も人が悪い。ならば勿体ぶらずにナイトを連れてくれば良いではないか」
ヘルダー元帥は動揺する。
──いかん……こやつどれだけナイト殿に入れ込んでるのだ。ここで不在を伝えれば鬼人の如く暴れだすに違いない。なんとかせねば……いや、下手にごまかせばそれこそ藪蛇だ。ここは正直に話すのが吉
そう覚悟を決めたヘルダー元帥は、正直に話始めた。
「実はな──」
その時である。メイドのミリアが慌ただしく扉を叩き、報告してきたのである。
──御屋形様、御屋形様
「騒々しい。何事だミリア! 今殿下と歓談している最中だぞ」
──ガチャリ
扉が開かれ、真っ青な顔したミリアが咎められたのにも関わらず話はじめた。
「一大事で御座います御屋形様! ライラ様がたった今ご到着し、同行しているナイト様が──」
ミリアの言葉を聞いたソフィアとフェルは、話が終わる前に部屋を飛び出し良所の元へと笑顔で走って行った。
「あっ」
その光景に驚くミリア。そしてヘルダーは席を立ちつつミリアに報告の続きを話させる。
「してミリア。一大事とは何事か」
「は、はい。ナイト様が重症にて喋る事すら出来ない状態で御座います! 」
「なんだとぉ! 」
報告を受けたヘルダーは急いでソフィア達の後を追い、良所達の元へ急ぎ駆けた。




