フリージュア海戦 その壱
港湾一帯は巨大な地揺れにより大混乱であった。
しかも大多数の人間は迫りくる津波の存在に気づいておらずその場に蹲るばかり。
俺は駆けながら領民へ叫ぶ。
『もうじきフリージュア次期当主のライラがやってくる! 皆ライラの言葉に耳を傾けてくれ! 』
『今はとにかく体を動かせ! 丘を目指すんだ! 』
ライラの名前を聞くや、蹲っていた領民達はなんとか起き上がり、互いを励ましながら動き始めた。
──とりあえず流れは出来た。後は時間を稼ぐだけだ
そう思いつつひたすら港を駆ける。
俺が目指していた港の先端はすぐそこまで迫っていた。
◇
ライラは良所の後を追うように港町へと急ぎ向かう。
「ナイト様……いくらなんでもアレに対峙するのは無茶です。私がもっと強く止めなければならなかったのに……それなのに」
ライラは止められなかった事に対する自責の念を吐露しながら港町へと駆けつづけた。
そんな中、つい先程好いた男に囁かれた言葉が脳裏に蘇る。
──ライラ俺を信じろ。領民達はまかせたぞ
こんな緊急事態にもかかわらず、ライラの口は緩み頬が赤く染まる。
「俺を信じろ……ですか。それにライラって呼び捨てで……うふふ」
駆け続けた為なのか、それとも別の理由なのか、ライラの鼓動が一層強く高鳴った。
ライラは歓喜に近い高揚感と同時にゆるぎない決意を抱く。そして敬愛する祖父へ願った。
──御爺様、ライラへ愛しき人の信頼に答えられる力を下さいませ
彼女は港町に着くや町中に響く程の激を飛ばした。
「聞け、フリージュアの民よ! 私はライラ・フリージュア。次期領主としての命令です! フリージュアの民よ、丘を目指しなさい! 被った損害は全て補てんする故全てを捨てて迅速に丘へと避難せよ! 」
フリージュアの領民の中で年長である者達は、激を飛ばすライラの姿にかつて自分達を導いてくれた英雄の姿を重ねる。
──ドレーク様だ! 英雄様のご帰還だ!
──おぉ……ドレーク様じゃ!
──こうしちゃいられねぇ、みんな! 英雄様のおっしゃる通りにするぞ!
ライラの激に触発された年長者達が率先しながら若年の者達を丘へと先導しはじめる。
──馬鹿野郎! 荷物なんざ捨てろって英雄様がいってたじゃねーか! とにかく丘へ走れ!
──年寄や女子供、けが人は空にした荷馬車へ! それ以外の者はとにかく丘へ駆けろ!
こうして港一帯の領民達は丘へと避難しはじめた。
◇
『実際目の前まで来てみると……色々と不味いな』
港の先端まで来た俺達の目の前には巨大な蛸の姿は無い。
蛸の姿を隠す程の大津波がそこまで迫っていたからだ。
『シェル……出し惜しみは無しだ。まずはあの津波から港を守る』
──王よ、賜りました
出し惜しみの無い俺からの命令。それは【貝王の号令】を意味する。
かつて邪神アークとの戦いにおいて使用して以来二度目の号令だ。
命を受けたシェルは力を開放した。俺の右目が完全にシェルの瞳になり、全身に膨大な魔力がみなぎり始める。
体の主導権が移った彼女は両腕を海原へと掲げ、言葉を発した。
──母なる大海よ、その無限の恵みを我に与えよ
──我が眷属達よ、深海より目覚めの時は今
言の葉を終えたシェルは目を瞑り両腕を下げる。
数秒後、目を見開き天高く両腕を掬い上げ、異世界エレーファに響くかの様な詠唱をした。
『神貝の狂乱』
シェルが詠唱を終えた後、俺は左目を通して見た世界に驚いた。
港全体が、否、海そのものが様々な種類の貝へと変化し続けているのだ。
その変化は凄まじく、すぐに津波とぶち当たりその勢いを止めた。
だがそれだけでは無かった。勢いを止められた津波は貝と触れた端から貝へと変化していく。
──王様、津波の勢いは収まりました。ですが……
『よくやったシェル。ヤツの周りを貝にした後、俺が暴れられるだけの場所を確保してくれ』
──ですがアレは神の一種ですし、あの巨体故交戦時における王様への負担は邪神の時よりも膨大です。今の状態では王様が……
『心配するな。それともアレか? ハンバーグが食べられなくなるのが心配なのか? 』
──無理しないでナイト
そう言ったシェルは、大蛸周辺を貝にするとそれらを引き離し、港から続く広大な海底をさらけ出させた。
先程まであった大海原は消え、眼前に海底という荒野が広がっている。
『ははっ。らしくねーなシェル。今からアイツぶっ倒すから。それが終わったら皆でタコ焼きパーティーでもしようぜ』
俺はシェルにそう言い聞かせると、アコヤへ命令を下した。
『対の真珠貝アコヤよ、死鎌を出せ。そして俺がヤツを切り裂いた端から喰らい続けろ』
──ナイトそれはダメッ
わかってるよシェル。これやっちゃうと不味い事になりそうだってことは。でもやるしかないんだよ。
『シェルターよ、静かに俺の中で見守れ』
──あっ
シェルを強制的に沈黙させた後、俺の眼前に手から離れた対の真珠貝アコヤが姿を現す。
──王ヨ、本気デスカ?
『珍しいな。アコヤから問答してくるなんて』
──ソウデスネ。王ノ危機トアッテハ問答セザルヲ得マセン
『負けると思うか? 』
──私ハ惰弱ナ王ニ仕エタツモリモ、
──生ミ出ダサレタツモリモ
──アリマセンカラ
アコヤはそう言うと、俺に死鎌を差し出す。俺が受け取ると同時にアコヤは死鎌と同化し霧の様に消えた。
──我ハ常ニ王ト共ニ
『ありがてえ。さぁ死ぬまで殺し続けるか』
俺はアコヤにそう返答すると、脇目も振らず一直線に大蛸へと駆けだした。
◇
「おい見ろ! 海が、海が割れていくぞ! 」
丘に避難した領民の一人が叫ぶ。その声に誘導され、その場にいた全ての人間がその光景に釘付けとなっていた。
そして皆ある事に気付く。
先程まで地揺れに混乱していた為、丘に避難して落ち着くまで気づかなかったのだ。
「あっ……あっ……」
だれもが何かを言いたかった。だが言いたい言葉を口からだせない。丘から見えた巨大なソレは人智を遥かに超え、抗い様も無い物だったからだ。
そんな絶望に浸る彼らを只一人鼓舞する者がいた。そう、ライラだ。
「皆落ち着け。確かにアレは我ら凡庸な人間ではどうにもならない。だが最後まであきらめるな! 今我らの為にアレと戦っている人がいる。彼は私にこう告げたのだ。俺を信じろ、と。そして私に託したのだ。其方ら領民の事を」
静寂が辺りを包む。信じられない内容を真剣な表情で語るライラへ、領民達は視線を向け押し黙って耳を傾けた。
「私は彼を信じ、彼との約束を守る。其方らの安全は私が責任を持って守る……だから……私を信じ決してあきらめないでくれ」
そう話した後、ライラは領民へ向かい深々と一礼する。
その姿に心打たれたのか、領民達は絶望を振り払い口々に声を上げ始めた。
「ライラ様がここまで仰っているんだ、最後まで頑張ろう! 」
「そうだな。フリージュアの民は粘り強いんだ! やってやれない事はない! 」
「ところでライラ様が語った彼って誰なんだ? ライラ様とどんな関係なんだ? 」
「私も気になる! ねぇライラ様。私達の為に戦っている方を知りたいですわ! 」
とんだ藪蛇である。領民を鼓舞しようとしたライラだったが、おかしな方向へ話が逸れ始めると顔を赤くし動揺しはじめた。
「え、あの。その……」
その姿に察しの良い領民達は笑顔になった。そして一人の領民が大声をあげる。
「ライラ様の愛する未来の旦那様が頑張っているんだ! 俺達はライラ様を最後まで守るぞ! 」
──おぉ!
ライラはいつのまにか、守る側から守られる側に変わった事に、重ねて赤面し返答に困るのであった。




