辺境領から北の港町へ
転移門を通り、故郷へと足を踏み入れた者達がいた。
「ナイト様、本当にお世話になりました」
──お世話になりました
ベルメット辺境領にある広場にてジャントを初め千人程の残兵達が感謝を込めて挨拶をする。
彼らが無事故郷へと帰還出来たのは森の一件がうまく収まったからだ。
【トート】と名乗った執事風老魔導士が消えてから三日後の事である。
倒れていたマイコラスも意識を回復しており、体にも異常はみられなかった。
念の為シェルを同化させ隅々を調べた結果だ。まず問題は無いといって良い。
不思議な事に復讐戦を懇願していたマイコラスはすっかり落ち着きを取り戻しており、俺に対する謝罪を述べた。
それだけではない。ジャント達を保護した件に対し心からの感謝を伝えて来たのだ。
「ナイト殿、心遣い感謝申し上げる。以後領民達へ森の件を周知させ、二度と過ちを犯さない事を誓約します」
『まぁ今度から気を付けてくれれば良いよ』
こうしてひと段落ついた俺達は、急ぎ帝都へと帰還した。さすがに三日間も皇帝が無断で帝都を留守にするのは不味かったらしい。鎌おじさんが大層焦っていたのが印象的だった。
◇
帝都に着いた俺達はとりあえずヘルダー元帥の館に身を寄せていた。
一連の騒動ですっかり忘れていた女神様の忠告を思い出したからである。
フィリーア様から教えられた自身を守るために必要な品々は以下の通り。
──古より生き残りし古龍の涙
──わが眷属たるエルフの森の巨木。その一葉
──海竜を餌とする巨大蛸の足八本
──愛する者の血の雫一滴
──氷の大地より生まれし氷塊の大鳥。その羽
これらの情報を集める為帝都滞在を決めた。
幸い嫁のソフィアは王国へ帰しているので危険が無く、シェルと気軽な二人旅のついでに集めてしまおうと思った次第で。
今最も知りたい情報は未確認な蛸と氷の鳥についてだ。さっそく鎌おじさんとライラさんへ尋ねてみた。
「──という物なんですけど、鎌おじさんとライラさんは知りませんか? 」
「巨大な蛸と氷の鳥か。我は軍事専門の武人であるのでわかりかねる。ライラはどうだ? 」
「そうですね──氷の鳥は分からないのですが、巨大な蛸に関しては心当たりがあります」
その言葉を聞いて俺は喜んだ。手がかりの無い情報が手に入るのは本当にうれしい。
「ライラさん本当ですか? 」
「えぇ。ですがあくまで伝説の類なので信憑性はあまりないかもしれませんが」
「それでもかまいません。是非教えてください! 」
ライラさんの話によると、帝都からそう遠くない彼女の故郷である港町で昔から言い伝えられている話だそうだ。
「実際に行けば何かわかるかもしれませんね。よしシェル、さっそくいってみよう! 」
『あい! 』
俺達が今にも飛び出して港町に向かおうとした時、慌ててヘルダー元帥が止めに掛かる。
「ナイト殿待たれよ」
「はい? 」
「貴殿らは町の場所を分かっておるのか? 」
「あ……肝心な場所を聞きそびれてました」
「そこでだ、旅の供としてライラを連れて行ってはどうだ? 」
おおう、鎌おじさん。随分と素敵な提案をしてきますね。
「ライラさんは元帥の重鎮ですよね? お仕事が忙しいのではないですか? 」
「それはそうなのだが。色々と迷惑を掛けてしまった手前、陛下がナイト殿達を厚く遇する様お達しがあったのだ」
「はぁ」
「貴殿が帝国に滞在中、厄介事に巻き込まれない様ライラを仕えさせたいのだが」
あぁ。お目付け役って事か。
「ライラさんが良ければいいですよ」
「そうか。ではライラ。ナイト殿達の警護を任せたぞ」
「はっ。謹んで拝命致します」
こうして俺とシェル、そしてライラさんの三人で港町まで行くことになった。
◇
「本来でしたら馬で五日かかるのですが、本当に一瞬ですね……」
転移門を使い、その日の内に目的地へ着いた事に驚きを隠せないライラさん。
『結構便利でしょ? あ、でもあまり他言はしないでくださいね』
「わかりました」
ライラさんは返答する所作も美しい。それにしても活気のある町だなここは。前にソローって港町に滞在したことがあるけど、ここはそれ以上の賑わいだ。しかもガラが悪くないし、治安も行き届いている様だ。
中規模の都市と港が合体したような大きい町って感じだね。
そんな事を考えていると、ライラさんが俺達に尋ねて来た。
「あ、あの。ナイト様……もしよろしければ立ち寄って頂きたい所があるのですが」
何緊張してるんだ? あ、お花摘みかな?
『えぇ良いですよ。初めて来た町だし色々と案内していただけると助かります』
そう返事をするとライラさんは眩しい笑顔を向けてくる。
「ありがとうございます。では私に付いてきてください」
俺達はライラさんの先導に従って港町を歩き始めた。
──
───
歩くこと数分、どうやら町の中央部に来たらしい。どデカイ庁舎と隣接する館が目の前に現れた。
庁舎の表門には町の名前が掲げてあるみたいだ。うん、なんて書いてあるんだ? ふりーじゅあ? どっかで聞いたことがある名前だな。
「こちらです」
庁舎を過ぎ、隣接するこれまた立派な屋敷へと案内された。成程、この街の領主に挨拶をしたいって事か。
巨大な門の前に着くと、そこを警備する門番が慌ただしく駆け寄ってきた。
「お嬢様! ライラお嬢様! 急なお帰りとは如何なさいましたか! 」
へ?お嬢様?
ライラさんは屈強な三十代ぐらいの門番に笑顔で応対する。
「もうハンス。大切なお客様の前ですよ。声を荒げないでね」
「失礼しました。私フリージュア家にて警備隊長を務めております、ハンス・ランドーズと申します。以後お見知りおきを」
『これは丁寧に。私はキドナイト。よろしくハンス。あ、そうだ。シェルも挨拶しなさい』
そう言うと同化を解く。あ、しまった。初対面の人だったか。ま、いっか。
「さ、シェルご挨拶を」
ハンスは急に姿を変えた俺にも驚いたのだが、いきなり現れた幼子にはもっと驚いていた。
『あたしはしぇる! なかよくしてね! あい! 』
「あ、あぁ! ご丁寧にありがとう。こちらこそおじちゃんと仲良くしてね! 」
『あい! 』
ハンスさんはどうやら悪い人じゃないみたいだな。シェルのノリに付き合ってるし。
それにしてもライラさんがお嬢様だったとは……うん? フリージュア家のお嬢様で、この町の庁舎に掲げられていた名前はふりーじゅあ。まさか。
「あのーライラさん。もしかして何ですけど、この町ってライラさんのご実家が治める町ってやつですか? 」
「そうですよ? あら……まだお話してませんでしたね」
まぁ巨大な港町の領主のご令嬢ってわかっても今更ですけどね。なんせ俺の嫁さんは王国の王女様ですもの。
そんな事を考えていると、門を開けるハンスさんへライラさんが尋ねていた。
「ハンス、今日はお父様とお母さまはいらっしゃるの? 」
「御屋形様は庁舎で政務に付かれておりますが、奥様は屋敷にいらっしゃいます」
「そう、丁度よかったわ! 」
あれ!? ライラさん妙にテンションが高いな。しかもカワイイ。いやこれは……カワイイと一言で片づけるのは野暮だ。妖艶な色気と清楚なカワイイが合わさった……うーん、とにかく素敵だ!
そんな素敵なライラさんは両親の所在を確認した後、俺に向かって話しかけてきた。
「ナイト様。今日ここにお連れしたのは私の両親に紹介したいからなんです。御迷惑でしょうか? 」
「そんなことはないです。挨拶は大事ですよ。な? シェル」
『あい! 』
「うふふ。良かった……」
良かったと言った時の艶やかさが意味深だったけど、とにかく挨拶程度だろうし問題はないはず。
こうして俺達はフリージュア家の門をくぐることになった。




