怨嗟に包まれた老執事
『やはりこうなりますか』
復讐戦を果すと言ったマイコラスに対し俺は呟いた。
皇帝ディオールドやヘルダー元帥の顔から血の気が引いていく。考えられる最悪の展開になりつつあるからだ。
「マイコラスよ。考え直す事は出来ぬか? 」
ヘルダー元帥が諫めにかかるが、マイコラスの決意は固く一歩も引く気はないようだ。
「元帥殿。私は間違っているのでしょうか? 父を亡くし領民である多くの兵を失った。彼らの無念を晴らす事はラドルアの騎士として当然ではありませんか! 」
マイコラスの言葉は正しく、それを否定する事はラドルアの騎士を否定する事になる。
それが解るヘルダーは押し黙った。
そんな彼らに俺は口を挟む。
『マイコラスさんの言い分は正しいと思います。なので決闘で決着をつけましょう』
いきなり決闘と言った俺に対し他の三人は驚きを隠せないでいる。
「決闘ですか? 決闘と言いましても仇が今どこにいるのかもわからないではありませんか」
マイコラスは当然の疑問を口にする。他の二人は顔面蒼白だ。
『いますよ? マイコラスさんの目の前で喋っている俺が貴方の仇です』
突然自分が仇と話す白い騎士に困惑を隠せないマイコラス。信じられないのも当然である。
「何をふざけた事を言ってるのですか! 大体貴方は誰なのですか。陛下やヘルダー元帥と一緒に居る時点でラドルアの騎士とお見受けしますが、ラドルアの騎士であればこんな暴挙は起こさない。まして単騎で父や数千の領兵を屠るなどありえない話ですよ! 」
こんな状況でふざけた話をされたと思い激昂するマイコラス。だが俺は話を止めない。
『ふざけてるだと? 貴様らが俺の森に侵入し占拠しようとしたんだぞ。もういいや。詰まるところお前らは俺の敵なんだろ? ジャント達には悪いが辺境領のヤツらは皆殺しだ』
俺が敵と認識し手始めにこの場にいる全員を殺そうと殺気を放った時、ヘルダー元帥が慌てて止めに入る。
「ま、まて御使い殿。どうか矛を収めてくれ。おいマイコラス。理解できぬと思うが其方の言葉一つでラドルア帝国が滅ぶやもしれぬのだ。軽率な発言は今後止めろ」
俺の尋常ではない殺気にあてられて後ずさりしていたマイコラスは、漸くヘルダーの言葉で我に返る。
「元帥……この男は一体何者なのですか……それに部隊長のジャントを知っていた。つまり本当にこの男が父や領兵を……」
「うむ。このお方は其方の想像を遥かに超える超越者なのだ。其方も邪神の一件は聞いておろう? 」
突然現れた超越者と呼ばれる仇。そして邪神の名が出てくる事態にマイコラスは話を理解しようとするのに精一杯だった。
「邪神の件は存じております……まさか、まさかこの方が邪神討伐に関係してるとでもいうのですか!? 」
マイコラスが驚愕しながら邪神討伐という言葉をだした時、今まで黙っていた皇帝ディオールドが静かに語り始めた。
「その通りじゃマイコラス。こちらの御使い殿はヘルダー元帥を介し、帝国の呪いともいうべき邪神を討伐してくださった……いわば救国の英雄じゃ。その方に対し不手際とはいえ恩を仇で返すような事を我らはしてしまったのじゃ……」
「そんな……」
マイコラスは邪神の呪いで祖国である帝国が長い年月苦しみ続けて来た事を当然知っていた。
邪神が討伐されたと布令が周り、帝国全土で祝いの祭りが催されたのは記憶に新しい。
そんな救国の英雄とも言える白い騎士を、知らぬとはいえ攻め立て所有する領地を奪おうとした。
騎士道にも反する愚行を犯してしまったとの思いと、父や領兵の無念を晴らさなければならい使命感がマイコラスを追い詰める。
「私は……私はどうすれば……」
答えの無い問に苦悶するマイコラス。俺達はただ見守る事しかできなかった。
その時である。意図しない第三者の介入を知らせる声が室内に響いたのは。
◇
「素晴らしい思いを抱かれておりますねぇ。おや失礼。あまりにも甘美な気運がいたしまして、ついつい口を挟みたくなったのですよ」
いつのまにかマイコラスの後ろに現れた執事風の老人。
不気味に口を歪ませ笑うその様は狂人のそれであった。
「あぁ……女神の使徒も一緒でしたか。貴方達は本当に退屈させませんねぇ」
シェル、コイツを知っているのか?
──はい。この男は邪神アークとの戦いの最中現れ、ソフィアさん達と交戦しておりました。その後転移の魔法陣から姿を消しましたが
なるほど。魔導士って所か。
──はい
シェルから情報を得た俺は問答無用に老執事へ襲いかかった。
一瞬で間合いを詰め、左手で首を鷲掴みにし持ち上げるとそのまま尋問しはじめる。
『おい今から質問をするから大人しく答えろ。お前は何者だ? 何が目的だ? 』
「……くっ……く。お……ろ……かで……すねぇ」
老人が悪態をつくと、どす黒い膨大な魔力がその体に集まり始めた。
──させねぇよ
『アコよ魔力を吸い尽くせ』
命令が下った瞬間老執事の体に集まった魔力がアコに吸い尽くされる。
「がぁ……な……なるほど……さすがに使徒だけの……事は……ありますねぇ」
魔力を吸われ苦しみ始めた老執事だが悪態をつくのを止めない。
『そんな事はどうでもいいんだよ。質問に答えろ枯れ木のじじぃ』
「くくっ……わたくし……は……【トート】と言う……しがない執事風情ですよ」
トートと名乗った老執事。彼は苦悶の表情を浮かべ両手を己の頭へ押し当てて話続ける。
「想像通り……と……いいますか……少々……なつかしい気持ち……になりますねぇ……故に……許す事などあり得ませんが」
許す事などあり得ない。トートがそう言った直後、火薬の臭いが彼の手から広がった。
「侮り、傲り、傲慢。あぁ懐かしい……許せない」
再度許せないと言い放った時トートの頭部は爆発四散する。
俺は頭の無いトートの首を掴んだまま佇んでいた。
『コイツは一体なんなんだ? 』
疑問しか浮かんでこない俺の目の前で、ぶら下がるトートの死体は突然粉の様に散り始める。
おいシェル。コイツまじでなんなんだよ。許せないってなんだ? 意味がわからない。
──はい。ただわかる事は物凄い怨嗟に包まれていたと言う事だけです
シェルと問答をしていた時、側に居たマイコラスが突如悲痛な叫びを上げた。
「あぁあああああああああああああああああ」
『おい、どうした! 』
「マイコラスいかがした! 」
俺とヘルダー元帥が同時にマイコラスへ視線を向け何があったかを確認する。
マイコラスは白目を剥きながら天井に顔を傾け絶叫するばかりだ。異変はそれだけでは無かった。
彼の体から鎖がジャラジャラと音を立てて部屋の隅に伸びていく。
俺達の視線が鎖を辿り部屋の隅へと向いていく。そこで見た物は驚くべき光景であった。
先程爆発四散した【トート】と名乗った老執事が何事も無かったかのように佇み、その手に鎖を巻き付けていたからだ。
トートはマイコラスに刺さる鎖を全て引き抜くき、鎖に絡まる灰色の玉の様な物を手に入れた。
鎖を抜かれたマイコラスは床に崩れ落ち動かない。
「くっくっく。些か手間がかかりましたが欲しい物は手に入りました。それではお暇いたしましょう」
『ふざけるな! 』
俺は咄嗟にコヤで創った大槌で部屋の壁もろともトートを砕きに行く。
壁が粉々に砕かれ轟音が響くが、トートを屠った手ごたえは無い。
──安心してください。その男は命に別状はありませんし、心も健全ですよ。私が手にしたのは純粋な葛藤・苦悶・焦燥だけです。今回の件で随分と魔力を吸われてしまったので次にいつ会えるかはわかりませんが、又会う事になりましょう……クックック
ではサヨウナラ──
部屋には忌々しい声だけが響き渡っていた。




