ドーファ領主アルフレードの困惑
「ただでさえ不毛な開拓地だぞ、王都の連中は何を考えている」
アルフレードは二階の執務室で一人ぼやく。
開拓中の辺境は元々物資不足に陥りやすい。これは開拓地における共通の事象だ。
そんな開拓地へ王都から配給される物資が減らされる旨を通達してきたのだから当然の反応であった。
「くそっ、このままじゃ俺達は飢え死にするしかないぞ」
深刻な未来予測が脳裏を横ぎる。それでも座して死を待つ趣味など持たないアルフレードは、起死回生の手段を模索し続けていた。
そんな折、深夜にも関わらず部屋の扉がノックされる。
──あぁ、レティシアがまた気を使って夜食を持ってきてくれたのか。
日常であるレティシアの差し入れが来たと、なんの疑いも無くアルフレードに予測させた。
だが、最初の違和感を感じる。それは扉腰に聞こえるレティシアの声だ。
「あの、アルフ……じゃなかった。ご主人様、まだ起きていらっしゃいますでしょうか? 」
普段アルフの愛称で呼ばれるのだが、今夜に限ってご主人様とレティシアは呼ぶ。この時間、日常的に起きている事を知っているはずなのに、改まって確認をしてくる。
おかしい事はすぐに分かった。
「レティシア、なにかあったのかい? 」
アルフレードは違和感の原因を尋ねる。
「あ、いえ、その……お客様がいらっしゃいまして……下の客間にお通ししたのですが……」
こんな夜更けに来客か、賊であるなら客間に通すはずがないし第一レティシアの悲鳴がしたはずだ。
「わかった。今から一緒に向かおう」
「はい、ここでお待ちしてます」
万が一の事を考えて、アルフレードはレティシアと共に客間へ向かう事にした。無論彼女を後方に下がらせてである。
階段を下りて右側にある客間。その客間にたどり着く前に異物が目に入ってきた。
「なぜ屋敷の玄関に門が……」
当然の疑問を口にしたアルフレードに対し、レティシアが返答をしはじめた。
「あ、あの。お客様がですね、その門からいらしたのです……」
理解が出来ないアルフレード。とにかくその客とやらに会うしかない、そう思い客間へ向かった。
客間の扉を開けると、危機感を覚えるような禍々しい姿の騎士と、見覚えがありすぎる壮年の男が椅子に座っていた。
「こ、国王様! ウィリス国王様でいらっしゃいますよね!? 」
「なにを狼狽しておるアルフレード、この開拓地を任せたのは余以外だれがおるか? 」
「はっ、はは。突然の事態にてお見苦しい所をお見せしました、申し訳ありません」
無理もない。アルフレードの祖国ヴィクトールの主人が目の前に、しかも深夜過ぎに辺境の開拓地に居たのだから。
だが、アルフレードにとっては神が授けた一隅の機会であった。なにしろ直接国王に直訴できるのだから。
「国王様、辺境の開拓地までのお運び恐縮でございます。不躾ながら途中報告を兼ねて、お話したい事がございます」
アルフレードは配給される物資の量を削られ、まさに壊滅の危機に立たされている旨を報告する。
後は国王ウィリスの判断に委ねるのみだった。
ところが国王ウィリスの返答はアルフレードの予想外なものだった。
「うむ、配給の件確かに報告をうけた。だが安心せよ、こちらに居るキドナイト殿が力を貸してくれる故今後の開拓地開発は彼の指示にしたがって動いてくれ」
『国王から全権を委任されました、キドナイトと申します。短い間だとは思いますが、協力の程宜しくお願いします』
「あ、あぁ、はい。こちらこそ……」
国王から全権を委任? キドナイト? 協力? 突然の来訪者が国王の紹介の元、全権を委任されたと挨拶をし協力を要請してきた。
理解が追い付かないアルフレードをおいて良所とウィリスは話を進めた。
『ウィリス国王、お手数を掛けました。他の王室派への書状の件、宜しくお願いします』
「うむ。こちらこそヴィクトールの民を宜しくお願いしますぞ」
他の王室派にもここと同じようにするのか?国王自ら願い出る? 増々混乱するアルフレード。
そんな中、禍々しい騎士、キドナイトという名の騎士がアルフレードに話しかけた。
『アルフレードさん、今から国王を王都へ送りますので俺が戻るまでこの部屋から一歩も出ないでください』
「え、あ、あぁ。わかりました」
アルフレードが返事をすると、国王ウィリスとキドナイトは部屋を出て扉を閉めた。
客間にはアルフレードとレティシアが何もわからないまま残されていた。
◇
国王ウィリスと俺は転移門の前に移動してきた。そして心の中でシェルに尋ねる。
シェル、俺の願いを聞いてくれるか?
──当然です。おまかせください主様
俺の願いとは、俺が城に居ない間ソフィアの側に居て守って欲しいという事だ。
同化している今ならそれを伝えずにいてもシェルは読み取ってくれる。
そして俺達は同化を解き、シェルは国王ウィリスの肩へちょこんと座った。
「ナイト殿、御使い様とは離れるのですか? 」
「はい、シェルにはソフィアの側にいて欲しいですから」
「なんと……心遣い感謝致す」
考えればこの異世界に来てからはじめて離れるよな俺達。そうだ、シェルに今の気持ち聞いてみよう。
「なぁシェル、離れ離れになるのはさみしいか? 」
『……』
シェルはプイっと顔を横に逸らす。
「俺はさみしいな」
俺は本心をそのまま伝えた。
『……しぇるもさみしいの! ないとのばか! 』
国王の肩からピョンと飛び、そのまま俺に抱き着いてきた。やはり甘えん坊なのだ。
「なるべく早く戻るからな。それまでソフィアの事宜しく頼む」
『あい! いいこでまってるの! そふぃあおねーちゃんはしぇるがまもるなの! あい! 』
そう言うと再び国王の肩に飛び乗り、門をくぐって行った。
門は消え、俺は異世界に来て初めて一人の時を迎えた。
だが、来たばかりの頃の俺じゃない。
やるべきことは決まっている、ならば迅速に行動するまでだ。
◇
客間の扉を開け、俺は中に居るアルフレードさんとメイドさんに改めて挨拶をした。
「改めまして、きどないと、と言います。お二人共よろしくお願いします」
挨拶をする俺に対し、口を開いたままの二人。あれ?俺なにかやっちゃったっけ?
暫くすると、アルフレードさんが尋ねてきた。
「あ、あの。どちら様でしょうか? 」
はいぃいいいい?
どういう事だ。この二人は記憶障害にでもなったのか?
あ、そうか。シェルとの同化を解いたから姿が変わったのか。
それを説明するのも厄介だな、そのまま「こっちが本来の姿です」って押し通そう。
容姿の件をそう説明し、国王の全権代理の旨を改めて伝えた。
まぁすぐに納得できるはずがないよな。
そこでアルフレードさんにお願いをしてみた。
「アルフレードさん、さっそくですが明日の昼に全住民を集めてください。挨拶を兼ねて皆さんで昼食会を開きましょう」
俺の提案にアルフレードさんは難色を示した。
「きど殿の紹介は昼食無しでも出来ます。申し訳ないのですが、ここ開拓地には食事を振舞えるほどの余裕は無いのです」
まぁ当然の反応か。
「なら皆さんお昼にこの屋敷の前へ全員集めてください。無論女性や子供、お年寄りも含めてです。開拓地の全員ですよ? 食事等は俺が準備しますので用意しなくて結構です。穀物や肉の提供も一切いりません」
「は、はぁ。そういう事でしたら」
よし、まずは開拓地全員の栄養補給からだ!まってろ、ハラペコの民よ! 消化吸収に良い料理をおみまいしてやるぞぉ!
そう決意した俺は、アルフレードさんから提供された館の一室で寝床に着いたのだった。




