王都に舞う 陰謀 愛情 騎士の悲しき物語
──ガッシャーン
王都にある貴族街、その一角にある一際大きい屋敷から物が壊れる音が響く。
「おのれ騎士被れの小娘が、許嫁を解消するに留まらず重鎮諸侯の面前で恥をかかせおって! 」
怒り狂うこの男。
代々ヴィクトール王国南東部に広大な領地を持つウィリアム家の現当主、ベルーラ・ウィリアム侯爵その人である。
「国王直々の緊急招集かかり、何事かと思えば小娘が王都に到着したと言うではないか」
彼の怒りは収まる気配が無い。
「転移魔法なんぞ使いおって。のこのこ帰ってきた所を罠に嵌め、息子との婚約を確実なものにし、名声と共に王国の実権を奪う算段が水の泡だ! 」
怒りで我を忘れ怒鳴り散らかすベルーラ卿に室内の一人が話しかける。
「父上、まどろっこしい策謀に頼るぐらいなら実力を行使すればよろしいのでは? 」
ヘラヘラと思慮の欠片も無い言葉を口にするこの男。
ベルーラ卿の実子であり、ソフィアの元許嫁であったカイン・ウィリアム次期当主だ。
典型的な貴族の子弟で、我欲の為にはいかなる手段も辞さない放蕩息子である。
この男によって不幸のどん底に叩き落とされた民衆・下級貴族は数多に上る。故に恨みを買い続けているのだが、膨大なウィリアム家の権力、財力を背景に闇に葬り続けている為表沙汰になることは無かった。
「正面からウィリアム家の力を行使できれば苦労はせんわ! 」
ベルーラ卿はそう怒鳴りながら今日起こった事を思い出す。
あれはとても人が勝てる類の者ではない。
あのような人外に敵として正式に認識されればいかに強大なウィリアム家とてただではすまない。
ベルーラ卿の体が震える。
思い出すだけで恐怖がベルーラを支配するのだ。
だが、その恐怖を抱えたとしてもベルーラの怒りが消えることは無かった。
「何か妙案はないか!あの小娘を黙らせ名声を地に落とす策は! 」
すると息子カインの隣に座す男が進言しはじめた。
「ベルーラ侯爵、正面から力を使えないのなら間接的に追い詰めましょう」
「おぉ、ジルド伯爵。卿になにか考えがあるのか? 」
ジルドと呼ばれた男
知略に長け、幾度となくウィリアム家の問題を解決してきた参謀だ。
その本質は極めて陰湿で人を貶める為に生きているような下衆である。
その下衆伯爵が気色の悪い笑顔を見せつつベルーラ侯爵に話始める。
「はい、ソフィア殿下は幾度となく帝国との戦を続けてきた張本人。少なからず王国の国力減退を招いてきました。それを理由にウィリアム領から出る穀物の流通を大幅に削減、もしくは遮断してしまえばよいのです。なに、こちらには正当な理由があります故、王室は軽々に異議もだせません」
「素晴らしい! なるほどな、我がウィリアム領の穀物は王国全体に流通している量の半分は占めている。それを大幅に削減、または遮断してしまえばあっという間に影響がでようぞ。しかもこちらの言い分には正当性があるか。息子との婚約を継続させる為に少量の兵糧を供出し続けてきた事が意味を持つとは。ふ、フハハハハハハ、良いぞジルド。さっそく準備をせよ! 」
「ははっ」
「クックック、小娘め、泣いて縋る未来が見えるわ!」
その夜、遅くまでベルーラ卿の醜悪な笑い声が消えることは無かった。
◇
一夜開け、朝日がチラチラと窓辺から入ってきた。
その光に促されるように俺は目を覚ました。
おはようございます、きどないと、です。
昨晩は頑張っちゃいまして、まだ少し眠いです。
え? 朝からのろけるなって? 許してください。婚約を済ませてソフィアの愛を知ったらハッスルするしかないじゃないですか。
しかし凄かった。ソフィアとシェルが同化すると基本スペックが上昇するみたいだ。
その中でも体力がやばい。普段、騎士団で鍛えられているソフィアにシェルの同化が入ると超人的な体力になるみたいだ。
それで倒されたのかって? ふふん。やってやりましたよ、素面で愛情全開のきどないとを舐めないでいただきたい。
最後はソフィアが失神してフィニッシュです。勝ちました。残弾0ですが……。
相変わらずシェルとソフィアは両側から俺を抱きしめて寝ている。
あぁ、守ってやりたい顔ってのは本当にかわいいなぁ。
しばらくこの寝顔を見続けていようと思い、静かに眺めていたんだ。
◇
時間は遡り、良所達が愛を育んでいる夜遅く
王都城下町の酒場で3人の騎士が酒を酌み交わし、語らいあっていた。
「殿下の無事帰還と」
「正式な婚約を祝って」
「それと我らが再会を祝して」
「「「乾杯!」」」
テーブルには所狭しとならぶ料理の品々、そして王都特産のエールが並々注がれた木製ジョッキが音頭に合わせて高らかに掲げられる。
「くーっ、これよこれ。やっぱり王都のエールは一味ちがうぜぇ」
「グリードよ、解ってるではないか!やはり王都のエールだよな! 」
ゴクゴクと勢いよく喉にエールを流し込むグリード。
同じく王都のエールを楽しむ近衛隊長レオナルド・アダムス。
「ふぅ」
その中でなぜか虚ろな目をしながら、それでも勢いよくエールを飲むクレイグ。
「なんだなんだ、聖剣殿。王都のエールは好物ではなかったのか?溜息なんぞついてどうした? 」
レオナルドがクレイグにつっかかっていく。
「レオナルド隊長、そうではないのだが……」
「おいグリード、聖剣殿は一体どうしたというのだ?こんな姿初めてみるぞ」
この様なクレイグをいままで見たことが無かったレオナルドは、グリードに尋ねた。
「あぁ、レオナルド気にすんな。正直俺も落ち込んでいるんだよ、大した事じゃねーんだけどな」
「どうした二人共。あぁ! ソフィア殿下の婚約がショックなのか! なるほど合点がいった! 」
「「ちげーよ・違います」」
婚約の下りで同時に返答する二人の姿は、婚約なんぞどうでも良いといわんばかりの態度だった。
「ふむ。ならなにが原因なんだ?めでたい話ばかりではないか。それなのにこの消沈ぶり、理由をいわんか二人共! 」
凄むレオナルドに、嫌々ながらグリード・クレイグ両名は口を開いた。
「だーっ、昔っからかわんねーなレオナルド。一回気になったら知るまで譲らない。そんな気性だから近衛隊長になれるんだろうが」
「レオナルド隊長は……隊長は話を聞いてくれるのですか? 」
「おいクレイグ、レオナルドまで巻き込むのか? 」
「ちょっとまて、お前ら二人が深刻な表情で抱え込んでいる問題ってのはなんだ!? 俺で解決できることなんだろうな? 」
王国内で勇名を馳せるグリード・クレイグ両名が、いままで見せたことも無かった深刻な表情で悩みを打ち明けると言う。
そんな二人を良く知っているレオナルドは、聊かたじろいだ。
「解決はできねーなぁ。なぁ? クレイグ」
「うむ……解決の出来ない案件なのですよ隊長」
その手にはしっかりと王都のエールを握りしめ、時折グビグビと喉に流し込む。
肝心の内容を言わない両名に痺れをきらしたのか、意を決してレオナルドは二人に尋ねた。
「話を聞くだけでも二人が楽になるのなら聞かせてくれ」
「長くなるぜ? 」
「えぇ……長くなりますよ? 」
かくしてナイトの振舞う神々の晩餐を3日間お預けになった悲しき物語が、夜も更けた城下町にて語られる事に。
その後3人がそれぞれ寝床についたのはすっかり日が昇った翌日の午後だった。




