団円の夜明け
邪神アークの存在が消えた今、俺はギリギリの所で意識を保っていた。
どうも、きどないとです。
どうやら邪神は消えたようでなによりですが、俺の意識も飛びそうです。
貝王の号令、この因子スキルはおもった以上に負荷がかかるみたいでした。
ですが、このまま気絶するわけにはいかないんですよ。邪神関連の敵対者と戦っているであろう人たちがいるのですから。
「シェル……悪い……アイツら……を。たすけ……てやって……くれ……」
「アコヤ……お前も……シェルをてつだって……アイツらをたすけ……」
これが限界でした。返事も聞けぬまま俺の意識は消えていた。
◇
対の真珠貝アコヤは地に伏している一匹の竜に両手をかざし、口を開く
──使命ヲ果セシ傷ツキ者
──傷ヲ癒シ憎悪ノ連鎖ヲ解キマショウ
竜の体からどす黒い塊がアコヤの左手に吸い込まれ
右手から暖かい光が竜の体に降り注ぐ
傷つき失った体は元に戻り、そして人と竜に分かれた。
目の前に一匹の黒竜と、使命を果たした誇り高き騎士が穏やかな顔で眠っている。
そんな彼らに向かってアコヤは呟き、霧が晴れるように消えた
──気高キ騎士ト黒竜ヨ
──アリガトウ
◇
地下の広間にソフィア達の絶叫が響く
目の前で起こった事象があまりにも凄惨だったからだ。
「喚いてもなにも変わりませんよ、クックック」
薄気味悪い笑みを浮かべるトート。慈悲の欠片もなくソフィアとライラに宣告する。
「さぁ次は貴方達の番です──」
『させません』
トートの宣告に被せる様に、澄み切った女性の声が広間に響いた。
同時に無数の鎖が四散し消滅する。
ソフィアとライラは突然の出来事に声がだせなかった。
「おや? 貴方は……、そうですか、邪神アークは死にましたか。やはりこの世は面白いですねぇ」
四散した鎖を見て邪神アークが消滅したと悟ったトートは無表情で言葉を発した。
敵を排除すべく、素早く行動をおこすシェル。
『舞い踊れ光白錐貝』
千切れたトートの上半身に無数の錐貝が貫く
「ゴフッ……まさか人外の……それも女神の関係者とは……、いけませんねぇ、油断しすぎました」
吐血し、絶命しそうなトートはそれでも尚不気味な笑みを絶やさず続けて言った。
「潮時ですねぇ、それではいつの日か相まみえる事を楽しみにしていますよ。」
トートはその言葉を最後に壁に浮かんだ魔法陣に溶け込んで消えた。
「御使い殿……」
満身創痍なソフィアがすがるように声をだす。
『心配に及びません、今は眠りなさい』
鎧から無数の光輝く触手が伸び、ソフィア達4名を包む。
『良く頑張りましたね、今は良い夢を』
その言葉を最後にソフィア達は眠りに付いた。
◇
「ヘルダー元帥よ、今の言葉は誠なのか? 」
生贄の紋章が消えた理由をヘルダーは簡潔に伝えていたのだ。
「左様です陛下、邪神は消滅しました」
「信じられぬ……人が神を打倒する術を持っているとは到底考えつかぬ」
ラドルア帝国皇帝の考えは正しい。人が神に対する術など無いのだ。
「一連の事象は、貴様が起こしたのか? ヘルダー元帥よ、偽りなく申せ! 」
人外の力を多少持つとはいえ、ヘルダー自身も所詮人間である。
そんなヘルダーが邪神を討伐する術を持っているとは到底思えない。
この矛盾が皇帝の不信を募らせ、怒号につながったのだ。
しかし、ヘルダーは伝える事が出来ない。
御使いシェルと木戸の存在を明かし、迷惑を掛けるわけにはいかないからだ。
どうすれば……そう思考するヘルダーに突然声が響く。
『私からお伝えいたしましょう』
声を聴いてハッとし、後ろを振り向くヘルダー。
苦悶の表情で口を閉ざすヘルダーの後ろに、いつの間にか光白貝の騎士が立っていた。
「御使い……殿……」
驚くヘルダーを他所に、ラドルア帝国皇帝に向かい歩み始めるシェル。
「其方は、其方は何者じゃ。邪神討伐の関係者か? 伝えるとは何を伝えるのじゃ」
興奮気味の皇帝を右手をかざして制止させると、シェルは淡々と告げる
『私は女神フィリーア様の御使いにて、渇望の貝王の眷属・シェルターと申します』
『ヘルダー元帥からも聞いているとは思いますが、邪神は消滅しました。故に邪神の呪縛は解かれたでしょう』
「た、たしかに」
『人の子よ、邪神が現れた事は其方らの所業に原因の一端があると知りなさい。欲にまみれ、憎しみ、悲しみ、嘆く。邪な心が蔓延すれば、その隙を邪神が付くのは道理です』
『努々忘れる事なかれ』
皇帝に説教を施したシェルはその場から姿を消した。
だがヘルダーの意識に声が響く
──ヘルダー元帥、主はお疲れの様子なので、寝室をお借りします。それとエルフ達の開放準備を進めてください。
──もし、エルフ開放に皇帝をはじめ、帝国の諸勢力が難色を示すのであれば
──その時は帝国を滅ぼします、と、お伝えください。
ヘルダーはハッと我に返り、心中でシェルに問う
我が臣下、そしてヴィクトールの者共の安否やいかに
──全員無事です。今は配置された場所にて安らかな眠りに付いています故、保護してあげてください。
安心したのもつかの間、皇帝に諸事情を説明し、ヘルダーは急いでジーク達の元へ残兵を引き連れて走った。
その心は感謝で一杯だった。綻びそうな顔を意識して引き締めつつ、ヘルダーは走る。
いつのまにか夜は明け、朝日が昇りかけていた。




