討伐前夜の晩餐 参
「あ、あぁ……ゴメンなシェル。べつに悲しいって訳じゃないんだ」
晩餐の雰囲気に俺はなにかを感じたんだろう。
俺は嬉しくて、あぁなんて居心地が良いのだろう、と思ってたんだ。
幸い他の方々は食事に夢中でシェル以外俺の涙には気づいていないようだ。
とっさに涙を手で拭うと、笑顔でシェルに語り掛けた。
「なんていうか、大勢での食事、本当に久しぶりだったから。嬉しかったんだよ」
『あい! わいわいなのー! あい! 』
「うん、本当に楽しいんだ。ワイワイ各自好き勝手に食事してるだけなのに、一人じゃないんだって。普通の家庭なら当たり前なんだと思うけど、俺普通じゃなかったから」
幼少の頃から食事は一人だった。
施設を出てからは仕事の付き合いぐらいだった大勢の食事。
倒れて引きこもってからはまた一人の食事。それも食事と言える物ではなかった。最低限生きる為に取る食事。話し相手は動画かテレビ。
無論食事の喜びなんて微塵も感じていなかった。
もはや空腹を消化するだけの作業だった。
そんな過去を思い出した時シェルがこっちに体を向け、じっと目を見てきた。
その後、シェルは小さな小さな手を伸ばして俺の頬に充て囁いた。
『たのしいしょくじがないとのふつうになりますように』
情けないんだが、涙が止まらなくなった。他のみんなに悟られないようにするのが精一杯だった。
嗚咽を必死に押さえて漸く言葉に出来た。
「……シェルありがとう」
『あい! 』
元気よく返事をしたシェルはまたハンバーグへと手を伸ばし口一杯にほおばってモキュモキュしはじめる。
俺もつられてハンバーガーを片手に、ビールを飲みながら食事を楽しんだ。
◇
腹ペコ軍団の胃が満たされたのはそれから3時間後だった。って、どんだけ食ったんだよこの人たち!
なんか雰囲気に感動して涙ながした俺が滑稽じゃないか!あの感動をかえせ!って思ったよ。
「最高の晩餐だった……感謝するナイト殿」
「「感謝します」」
ヘルダー元帥、ジークさん、ライラさんの謝意から始まり、各自それぞれ感想を述べ始める。
「おうにーちゃん。マジで最高だったぞ! 今日の晩餐は人生で最高の瞬間だった。国にかえったら親父に自慢してやるんだ! 」
興奮さめないグリードさんは上機嫌。
「……ありがとう。素晴らしい食事でした」
無口なクレイグさんから感嘆のこもった言葉がでた。
「本当に素晴らしい晩餐だった……王宮の食事などより格段に美味なる品々……ナイト殿、邪神討伐が終わったら是非我がヴィクトールに来てくれないか? お礼をしたいのだ……」
ソフィアさんはお礼をしたい、ヴィクトール王国に連れていきたいと言い出した。
「皆さんに満足していただいて俺もうれしいです。あー、ソフィアさんの件はとりあえず保留って事で」
「な、なぜナイト殿は私を邪険にするのだ! 」
「ガッハッハ、お嬢もナイトのにーちゃんには形無しだな! 親父にいったらなんて顔すんだろーな、ガッハッハ! 」
「グリード! お前、国にもどったら覚悟しろよ! 」
「ちょ、そりゃねーぜお嬢! 」
いつもの漫才を見せてもらったところで晩餐はお開きになり各自寝室へ。
ただ、ヘルダー元帥に呼び止められた俺とシェルは残ることに。
先程の満足気な笑顔が、なにやら緊張感のある真剣な表情をする。
「ナイト殿、邪神討伐が成った後貴殿の予定はどうなっているのか? 」
そんなことを真剣な顔で言われて言葉に詰まった俺は目線を変え、しばし黙った。
「あぁ、引き留める等ではない。いきなり突拍子の無い事を申した、許せ」
「あー、そんな謝らないでください。とくに決めてなかったんですよ。ですから言葉に詰まっただけで」
妙にプレッシャーを感じるやり取りだった。
邪神以外になにか深刻な問題でもあるのか? そんな事を思わせる空気に少々嫌な予感がした。
「こんな事を言うのも実に滑稽なのだが……邪神が討伐されれば、ラドルア帝国が騒乱に陥るのだ」
「は? 」
あまりの言葉に思わず「は? 」と言ってしまった。予想外と言いますか、そのような事を言われると自然と出てしまうのです。
ヘルダー元帥の後ろに控えるジークさんは苦み走った顔で床を睨みつけてるし、ライラさんは今にも泣きそうな表情だ。いよいよ雲行きが怪しくなってきた。
「えーっと、どういう事ですか? こちらとしては長年の厄災に終止符を打ち、平穏が約束される未来しか見えないのですが? 」
「話を聞いていただけるか? 」
これはまずい。このままでは飲み込まれる可能性がある。それも飛び切り厄介な代物に。
「少し……えぇ、少し考えさせてください」
そう言う俺に対し、ヘルダー元帥は致し方ないとの表情で頷く。
そんな中、今にも泣きそうなライラさんが口をはさんだ。
「ナイト殿、お願いします、ヘルダー様のお話をお聞きください。ラドルア帝国の安寧の為に孤軍奮闘なさっているヘルダー様の願いをお聞きください。無理は承知しております、対価としてこの身を差し出してもかまいません。どうか、どうかお聞きください──」
ライラさんの突拍子も無い発言に間髪入れずヘルダー元帥が怒声をかける。
「馬鹿者めが! たわけた事を申す──」
「聞きましょう」
俺の返事は早かった。
なにがそうさせたのかワカラナイが即答で返事をした。
ヘルダー元帥含め3人がポカーンとした表情でこっちを見ている。面白い。
この時気づいていなかった。なにがそうさせたのかワカラナイが、即答した俺のひざ元に乗っかっているシェルが、無表情で俺を見ていたんだ。
『ないとのへんたいすけべー! 』
気づいたのはシェルの罵声と共に電流が走ってからだった。




