親衛隊の日常1
今、私たちが住んでいる「商」の国は、目まぐるしく変わっている。
大人たちの話では、以前の商は、長男以外の子供は何かあった時のための「予備」として飼い殺しにされ、女も嫁ぎ先がなければ同じように飼い殺されるのが普通だったらしい。
それが変わったのは、国の方針として多産が奨励されるようになってからだ。
子供が生まれたらお祝いの品と、3年間の租税免除。
さらに、3歳と7歳になった時にも国からお祝いの品が届く。3歳までは特に死亡率が高く、7歳を超えると激減するからだ。
しかし、子供が十三、四歳になった時、国は牙を剥く。
子供を一人前として扱い、「人頭税」を要求してくるのだ。
この人頭税が取られるようになってからは、子供を早々に独立させるのが当たり前になった。我が子を便利使いするくらいなら、他所から人を雇って使った方が安いからだ。
そうして十三、四歳で晴れて独立するとなると、適性検査が行われ、様々な仕事を斡旋される。
その中でも「大当たり」と言われるのが、未開の地を開く『開墾』だ。
開墾に就けば、二年間は人頭税が免除される。
その上、一人あたりに対して二人分の食料が援助され、開墾した農地の使用権は子孫に受け継ぐことができる。さらに、五年もの間、収穫に対する租税が免除されるのだ。採れた作物を市場に出せばもちろん税は取られるが、それでも優遇されまくりだった。
私の親も、その大当たりを引いた一人だった。
けれど、父が亡くなってしまった。
葬儀が終わり、しばらくして母が再婚した。
だが、新しい父親は「私は要らない」と言った。
結果、私は幼くして、身寄りのない子供を預かる施設へ行くことになったのだ。
――でも、かえって良かったのかもしれない。
そこでの生活は厳しかったが、毎日、朝夕のご飯が必ず出てきた。
子供たちは年齢ごとに仕事を割り振られたけれど、それは半日だけ。
残りの時間は、すべて「勉強」にあてられた。
読み書き、商王朝の歴史、最近の商と諸侯国の関係。
さらには、商に服属していない「方」と呼ばれる勢力や、未開な蛮族どもとの関係性まで教わった。
それだけでなく、子供の頃から「正しい身体の使い方」を身につけるための、運動の授業まであったのだ。十日に一度は、ちゃんとした全休(お休み)もあった。
それに、お手伝いしに行く場所によっては、お駄賃として塩の塊をいただけることもあった。
普通の庶民の家庭であれば、子供であっても、七歳にもなれば掃除や洗濯は当たり前だ。
遠方まで水を汲みに行き、何度も往復して必要な量を確保するだけで、一日の大半の時間を取られてしまう。
勉強? そんなのは裕福な家庭の話だ。庶民には、十日に一度(十日で一旬、三旬で一月)の寄り合いで、少しばかり教わる機会がある程度だ。
それに比べれば、毎日ご飯が食べられて、半日(四時間)も勉強させてもらえるなんて、一般の家庭から見ればどれほど恵まれた環境なのだろう。
国と、王様。
そして、それを支える領主様や役人様に、心からの感謝を捧げなければならない。
本当に、ありがとうございます――と。♪




