逃げないでって言ったら秒速で逃げたんだが
逃げないでって言ったら秒速で逃げた
――その頃、みのの部屋。
せなはベッドの端にちょこんと座らされ、
みのは正面の椅子に腰かけ、腕を組んでいた。
「……で、せなさん?」
「は、はい……」
「“かっこよかった”って言ったのは、本当なんですよね?」
「っ……!」
せなは耳まで真っ赤になり、視線を泳がせる。
「……ほ、ほんと……です……」
「ふふ。素直でよろしいです」
みのは満足そうに頷くと、少し身を乗り出した。
「で、どうするんですか?」
「ど、どうって……?」
「なぎとさん、今たぶん部屋で転がり回ってますよ。
あれだけ動揺してたんですから」
「……う、うん……」
「せなさんは、どうしたいんです?」
「……っ……」
せなは膝の上でぎゅっと手を握りしめた。
(どうしたい……?
わたし……なぎとと……)
胸がじんわり熱くなる。
「……もっと……話したい……」
「話すだけ?」
「……もっと……一緒にいたい……」
その言葉に、みのはにっこり笑った。
「じゃあ、行ってきたらどうです?」
「えっ!? い、今!?」
「今です。
なぎとさん、絶対待ってますよ。
なぎとさん、せなさんのことになると分かりやすいですから」
「わ、わかりやすい……?」
「はい。
さっきも“落としたら死ぬ”とか言ってましたし」
「うぅ……。……え、きいてたの……?」
せなは顔を覆った。
みのは立ち上がり、そっとせなの背中を押す。
「大丈夫ですよ。
せなさんが行けば、なぎとさんは絶対逃げませんから」
「……逃げると思う……」
「逃げても捕まえればいいんです」
「えぇぇ……」
でも、せなの足は自然と立ち上がっていた。
みのは優しく微笑む。
「行ってらっしゃい。
ちゃんと話してきてくださいね」
「……う、うん……!」
---
なぎとはベッドの上で、枕に顔を埋めたまま動けずにいた。
「……無理……
明日からどうやって顔合わせんだよ……」
枕に向かって呻く。
(せな……
なんで“かっこいい”なんて……
あれ絶対言ってたよな……)
思い出すたびに心臓が跳ねる。
「……っ……!」
そのとき――
コン、コン。
控えめなノック。
「……っ!?!?」
なぎとは跳ね起きた。
(だ、誰だよ……!
みのか!?
いや、でもノックの音的に……
え、まさか……)
心臓が暴れ出す。
「な、なに……?」
震える声で返すと――
「……わたし……」
せなの声だった。
「っっっ……!!?」
なぎとは反射的に部屋の中を見回した。
散らかってはいない。
でも心の準備がまったくできていない。
「……入っても、いい……?」
「い、いい!!
いや違う!!
よくない!!
いや、いい!!」
「どっち!?」
「い、いい……!」
ドアがゆっくり開く。
せながそっと顔をのぞかせた。
「……なぎと……」
その一言で、なぎとの心臓は限界を迎えた。
「な、なんだよ……
みのに何か言われたのか……?」
「ううん……
わたしが……来たかったの」
「っ……! ……なんでだよ……」
なぎとは思わず目をそらした。
せなは一歩、部屋に入る。
「さっきの……
“かっこよかった”って……ほんt……」
「も! 言うなって言ってんだろ……!!」
なぎとは顔を覆った。
でも――
せなは小さく笑った。
「……でも、言いたいの」
「……っ……」
なぎとはゆっくり手を下ろし、
せなの方を見た。
せなは、ほんの少しだけ勇気を振り絞った顔で――
「……わたしね。あの時、その……ほ、本当に……かっこいいって……思った……」
せなの言葉を聞いた瞬間――
なぎとはベッドの端から勢いよく立ち上がった。
「む、無理!! 無理無理無理!!
お前ほんとそういうの……! 心臓止まるって……!!」
耳まで真っ赤にしながら、部屋の隅へ逃げる。
せなは驚きつつも、
その反応がなんだか可愛くて、胸がきゅっとなる。
「なぎと逃げないで……!」
「逃げる!! 絶対逃げる!!
今のは……反則……!」
「反則じゃないよ……本当のことだもん……」
「だから無理なんだよ!!」
なぎとは頭を抱え、壁に背中をつけてしゃがみ込んだ。
せなはそっと近づく。
「……ねぇ、なぎと」
「来んな!! 来たら死ぬ!!」
「死なないよ……」
「死ぬ!!」
「死なないってば……!」
せなは小さく息を吸い、
そっと、なぎとの袖をつまんだ。
その瞬間――
「っ……!!」
なぎとはビクッと肩を震わせた。
せなは、ほんの少しだけ顔を近づける。
「……わたしね。
なぎとが抱えてくれた時……
すごく安心したの」
「……っ……!」
「怖くなかったし……
落ちるとも思わなかったし……
むしろ……なんていうか……優しい感じで……」
「ちょ、おい……! やめろって言ってんだろ……!!」
なぎとは顔を覆い、
耳まで真っ赤にして震えている。
せなは袖をつまんだまま、
少しだけ声を落とした。
「……ねぇ、なぎと。
わたしのこと……嫌い……?」
「はぁ!? なんでそうなんだよ!!」
なぎとは勢いよく顔を上げた。
その目は、必死で、真剣で――
せなから目をそらせないほどに揺れていた。
「嫌いなわけねぇだろ……!
むしろ……逆……だし……」
「逆……?」
「ち、ちが……!? っ……その……これは……ちよっと逆……じやなくて……普通……普通……だから……!!!」
なぎとは再び顔を覆った。
せなは、そっと微笑む。
「……じゃあ、逃げないで」
「……っ……」
「わたし、なぎとと話したいの。
もっと……一緒にいたいの」
その言葉に、
なぎとはゆっくりと手を下ろした。
目は赤く、頬は熱く、
でも――逃げる気配はもうなかった。
「……お前……ほんと……ずるい……」
「ずるい?」
「そんなこと言われたら……
逃げられねぇだろ……」
なぎとは小さく息を吐き、
せなの手をそっとつかんだ。
その手は、震えていた。
「……ちょっとだけなら……
一緒にいてやる……」
「ちょっとだけ?」
「……ちょっと“以上”でも……いいけど……」
せなは一瞬きょとんとして、
次の瞬間、顔がぱぁっと赤くなる。
「……うん……!」
その返事に、
なぎとはまた顔をそらした。
「……ほんと……バカ……」
でもその声は、
どこまでも優しかった。




