見守っているだけであって決して変態ストーカーではない
思い立ったが吉日。足音をたてず気配を消す。堂々と行くこともできるが、顔を見られると泣かれてしまうため、そっと寄り添う形で天井裏から見守る。
隙間からはピコピコと動く天使のアホ毛が見えた。一人でいるようだ。
幼児には御眠の時間のようでこくりと船を漕いでいる。
現在、特に異常はなし。
現在進行中で両親の仲は最悪なため、父親は職場へ母親は愛人の所にいる。父親は基本的には仕事で屋敷にはいないため、秘書と執事長が屋敷の管理をしている。
母親が戻ってくることはないため、問題視しなければならないのは、使用人だ。
(天使が眠っているのに、毛布をかけないとは…風邪をひいたらどうするのだ)
まだ肌寒い季節。セレーナに着くはずのメイドもいない。
「ちっ…」
天井から音を立てずに着地すると、セレーナの体に毛布をかける。本当はベットまで連れていきたかったが、起こしてしまうと可哀想だ。
そっと離れるとまた天井裏へと戻る。
大体、なりうる未来は予想できそうだ。
ここの使用人の殆どが貴族である。貴族は平民を下に見る傾向があるため、ここの使用人もそうなのだろう。セレーナの世話をする気はないということだ。
日が沈み、夕食の時間になるが使用人は来なかった。さて、ここでミッションが発生する。使用人が来ない場合、ルークがどうにかしなければならない。
選択肢は2つ。使用人にセレーナに夕食を運ぶように命令する。この場合、使用人がセレーナに何をするか分からない。何かあった場合破滅への道へ進む。もう一つはルークがセレーナを起こし、夕食をともにする。デメリットとしてはルークの顔が怖いということくらいか。答えは言うまでもない。
「……おい」
ふわふわなマシュマロぼでぃーに触れると、セレーナのクルンとしたまつ毛が揺れた。
「ふにゅ…」
「夕食の時間だ」
食卓にはルークとセレーナその周りに使用人達が壁にそって並んでいる。静かな室内にカチャカチャとカトラリーがぶつかる音。
「まぁ…食事もまともにできないのね」
一人がクスリと笑えば伝染するように広がっていく。聞こえているが無表情の俺となぜ笑われているのか分からないセレーナ。
セレーナの手には合わない大きさのスプーン。重すぎて手はプルプルと震えている。
「五月蠅いハエがいるようだ。」
ルークの不機嫌に気づいた料理長が使用人全員を退出させていく。セレーナはかわいい頬に食べ物を溜めていた。
「はぁ…ほら」
ルークはセレーナの代わりにステーキの肉を切ると口元へ運ぶ。
「……美味いか?」
「おいちぃでしゅ」
気づけばセレーナはルークの膝の上にいた。初めは向かい合わせだと食べさせづらい為、隣の席へと座った。決して、下心があったわけではない。
脅える様子も無く幸せそうに食べている天使。これは膝の上もできるのでは?と膝の上に乗せたところ意外と大丈夫だった。
セレーナのアホ毛がルークの頬にペシペシとあたる。会話は無いが、少し距離が近づいた気する。
ふわふわとミルクのような甘い香り。これは香水の匂いなのだろうか。惹かれる匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「あにょ…えっと………うぅ……」
「なんだ?」
「えっ…と…にゃまえ…」
「セレーナだろ?」
「ちあくて…」
セレーナのアホ毛がふにょんと曲がる。上手く伝えられないのか、セレーナは指でルークをさした。
「俺?俺の名前はルーク」
「ちあくて…」
何なんだ。意味がわからない。ルークはこれまで以上に頭を働かせた。だが、分からないものは分からない。
「……おにぃしゃま……いい?」
「(はっ────!?!!!)」
セレーナは呼び方が分からなかったのだ。もし、間違えでもしたらルークに殺されるかもしれない、とでも思っていたのだろう。
「好きにすれば良い。可愛いセリィ」
「あい!!」
しれっとルークはセレーナの愛称を呼んだ。セレーナが笑顔なのだから良いだろうと勝手に判断し、ルークはセレーナのふわふわな髪を撫でる。
この世界にボイスレコーダーという物があれば、セレーナの初めてのお兄様を残せたのに。まだまだ試練は続きそうだ。
その後も使用人が無関心だったおかげで、セレーナとの初めてのお風呂、初めての添い寝もでき、ルークはほくほくとした顔で目覚めた。
「すぴーすぴー」
この寝息、録音したい。などと変態は考えているが、本人には伝わっていない。
「セリィ…かわいい天使」
ぷくりと膨らんだ頬をぷすりと指で押すとたこ焼きの完成だ。かわいいたこ焼きは美味しそう。気づいたらハムハムと丸い頬を食べていた。
「うぅ…うにゅ?」
やりすぎたのかセレーナが起きてしまった。ルークは何事もなかったかのように「おはよう」とアホ毛を撫でる。
「おにぃしゃま…ちゅうちた?」
うん。セレーナは流されてはくれなかった。なんとか頭を回転させて言い訳を考える。が、これしか思いつかなかった。
「朝の挨拶は頬にキスをするものだ」
「ぱぱもままもちゅうちてた!」
「…そうだ。家族は、頬にキスをするだろ?」
「セリもおにぃしゃまにちゅうしゅるの?」
「…んん??無理しなくても良い」
「しゅるの!」
セレーナからのキッスに色々と元気になった。夜着では外を歩けないため着替えようとするが、小さなセレーナに合う服は無く、ルークのお下がりになってしまう。
「これはこれで可愛いが…やはりワンピースを着たセリィも見たい」
ブツブツと独り言を言っているルークに「おにぃしゃま?」とセレーナはコテンと見上げる。
下から目線だと頬の山が3つできる。プルンと触るとルークは「朝は庭で食べるか?」とセレーナを抱き上げた。
「あい!セリィはおにぃしゃまといっしょがいいでしゅ!」
このまま爽やかな日々を迎えられるそう思っていたルークだが、嵐はやってきた。