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第200話 帰宅する両親

 夏休みがあるのは悠斗達だけではない。学生程ではないが、社会人にもある。

 とはいえ、正臣曰く「ちゃんともらえる私は恵まれている方だけどね」との事だ。

 何はともあれ、その休みを数日使い、両親が家に帰ってきた。


「おかえりなさい。正臣さん、結子さん」

「おかえり。父さん、母さん」


 前回と同じく美羽と共に迎えると、両親が柔らかく笑う。


「ただいま。悠斗、美羽さん」

「ただいま。二人共、元気にしてたかしら?」

「もちろん。な、美羽?」

「うん。悠くんのお世話、ちゃんとしてますよ」


 してやったりという笑顔を浮かべる美羽に、小さく肩を落とす。

 美羽と悠斗が元気にやっている事が確認出来たからか、結子が荷物を置いて美羽ににじり寄った。


「なら早速。美羽ちゃーん!」

「ひぃ!? ゆ、悠くーん!」

「さっき俺をからかった罰だ。諦めろ」


 助けを求める美羽から、さらりと距離を取る。

 その際に黒い笑みを向ければ、美羽が絶望に打ちひしがれたような顔になった。


「そ、そんなぁ……」

「怖がらなくてもいいのよぉ! ちょーっと抱き締めるだけなんだから!」

「ひやぁぁぁぁ!」


 最近だと綾香には雑な対応をするようになったが、結子はそうもいかないらしい。

 彼氏の母親など、どれだけ時間が経っても雑には扱えないはずだ。

 結子にもみくちゃにされる美羽を、正臣と共に傍観者として眺める。


「触らぬ神に祟りなしって感じだな」

「悠斗も良く分かってきたね。それじゃあ、リビングに行こうか」

「うん」

「へ、へるぷだよー!」


 後ろからの悲鳴を無視し、結子の荷物を持ってリビングに向かうのだった。





 あれから暫くして、美羽が何とか結子から逃げ出し、悠斗の部屋にこもった。

 とはいえ鍵などないので、すぐに入れたのだが。

 ただ、完全に見捨てたからか、美羽が思いっきり悠斗を睨んでいる。


「う゛ー」


 毛を逆立てる猫のような声を出し、薄手のブランケットを体に巻き付けている姿は非常に愛らしい。

 しかし、へそを曲げ続けられるのも困る。

 美羽の機嫌を直す為に、ゆっくりと近付く。


「助けなくて悪かった。でも、美羽だって俺をからかっただろ?」

「……そう、だけど」

「それに、母さんだってテンションが上がったせいであんな風になっただけだ。それも分かるよな?」

「…………うん。別に、結子さんを嫌いになった訳じゃないよ」

「ならいいさ」


 今すぐに一階へ行き、仲良く会話しろと言うつもりはない。

 そもそも、いくら何でもやり過ぎだと、今は結子が正臣に怒られている最中なのだから。

 おそらく、夕方くらいにはいつも通りの距離感になるだろう。

 気まずそうに視線を逸らす美羽の頭を軽く一撫でし、普段通りゲームをし始める。


「……」


 十分も経たずに、視界の端で美羽が動いた。

 ブランケットをベッドに置き、静かに悠斗へ近付いてくる。

 ゲームに集中しているフリをして美羽の到着を待つと、背中に軽い衝撃が来た。


「これが俺へのお仕置きか?」

「うん、そうだよ。助けてくれなかった、おしおき」


 機嫌は元に戻ったようで、悠斗を責めるような言葉を零しつつも、声色は穏やかだ。

 首元に回された腕は悠斗を優しく包み込んでおり、後頭部に僅かだが柔らかな感触を覚える。

 とはいえ仕返しとしてか、顎が悠斗のつむじへと押し付けられた。


「悪かったって」

「いいよ、もう怒ってないから、代わりに、こうやってくっついていい?」

「もちろん。気の済むまでどうぞ」

「じゃあ、こういうのは?」


 くすりと小さな笑みが後ろから聞こえ、後頭部とつむじの感触が無くなる。

 何をするのかと疑問を覚えた瞬間、首筋に嚙みつかれた。


「むぐ、ん」

「……頼むから、痕を付けるなよ?」


 甘噛み程度に加減をしてくれているので、痛くはない。

 しかし、首筋に歯形がついてしまえば、間違いなくからかわれる。

 悠斗と美羽の胸元には既に痕が付いているのだが、これは普通に過ごしていればバレはしない。

 両親が帰って来るので、今日は美羽がいつもの部屋着ではなく、ちゃんとしたシャツとスカートを着ている事もある。


「ん」


 小さな頭を何度か軽く叩いて釘を刺すと、承諾するかのような吐息が耳に届いた。

 その証拠としてか、美羽の歯が首から離れる。

 安心したのも束の間で、すぐにぬるりとしたものが悠斗の首筋を這った。


「ん、れろ……」

「次は舐めるんかい」


 どうやら、普段とは違うスキンシップをご所望らしい。

 こちらも痛くはないので、夕方まで好きにさせるのだった。





 美羽の機嫌が直り、結子が正臣に絞られた事で、夕方には二人の距離感が普段通りとなった。

 そして恒例となっている夕食を摂っている最中に、正臣が肉を焼きつつ美羽へ尋ねる。


「そうだ。急で申し訳ないけど、明日は美羽さんの家に行ってもいいかい?」

「私の家ですか? まあ、構いませんけど……」


 理由が分からないと言いたげに、美羽が無垢な顔で首を傾げた。

 悠斗からすれば丸分かりなのだが、どうにも理解が及んでいないらしい。

 とはいえ、悠斗もそこまでするとは思わなかった。

 お互いの親――丈一郎は祖父だが――が顔合わせを行うなど、今の段階でする事ではないのだから。


「でも、以前話したと思いますが、おじいちゃんしかいませんよ?」

「その『おじいちゃん』に会いたいと思ってね。美羽さんにお世話になっているのに、今まで一度も会っていないだろう? だから、お礼も兼ねて挨拶したいんだ」

「そ、それってもしかして……」


 お礼を言うだけではあるが、やはりというか意識してしまったようだ。

 白磁の頬が朱に染まり、視線をあちこちにさ迷わせ始める。


「俺達まだ付き合ってるだけなんだけど」

「それでも、だよ。親として頭を下げるのは義務だからね」


 動揺した美羽の代わりに指摘すると、正臣に悪戯っぽい目を向けられた。

 表情からは「どうせいつか顔合わせをするのだから、明日でも変わらないだろう?」と伝わってくる。

 露骨なからかいに切り返しが出来ず、思いきり顔を顰めた。

 そんな悠斗をよそに、正臣が柔らかな笑顔を浮かべて首を傾げる。


「という訳で、急な話だけどどうかな?」

「た、多分大丈夫だと思います。一応、明日の朝に聞いてみますね」

「うん、よろしくね」

「はい……」


 珍しく正臣に圧を掛けられて、美羽が耳まで真っ赤になりながら俯く。

 機嫌良さそうに肉を焼き続ける正臣に溜息を落とすと、隣から潤んだ瞳が向けられた。


「……何だか、違う挨拶みたいだねぇ」

「恥ずかしくなるから、言うなって」


 まだ付き合っているだけにも関わらず、どんどん外堀が埋まっていく。

 もちろん手放すつもりはないものの、行動の早い正臣に、頬を染めつつ再び大きく息を吐き出すのだった。





 晩飯を終え、次は風呂だ。三人に勧められてまずは美羽が入っている。

 次は悠斗の番となっており、のんびりとリビングで過ごしていると、申し訳なさそうに正臣と結子が頭を下げた。


「休みが数日だけで、本当にすまない」

「ごめんね、悠斗」

「急に(かしこ)まってどうしたんだよ。美羽も居るんだし、気にしないでいいって」


 同じような事など何度も経験している。わざわざ大仰に謝る必要などない。

 首を振りつつ笑みを向ければ、結子が眉を寄せながら首を傾げた。


「でも、息子の誕生日に一緒に居られないのは、親として失格だわ」

「……あぁ、そういえばそうだったっけ」


 約十日後には、悠斗の誕生日だ。結子に言われて、ようやく思い出した。

 ぽつりと声を漏らすと、正臣に呆れた風な溜息をつかれる。


「一緒に居られない私達が言うのも何だけど、自分の誕生日を忘れちゃいけないよ?」

「興味が無かったから忘れてたんじゃないよ。単に、今が充実し過ぎて気にしなかっただけだって」


 美羽と共に一日をのんびりと過ごすこの夏休みは、とても充実しているのだ。

 それこそ、ずっとこういう風に過ごしたいと思うくらいに。

 だからこそ、自分自身の誕生日というのが、すっかりと頭から抜け落ちていた。

 照れ臭くはあるが理由を説明すると、両親が顔を綻ばせる。


「あらあら。美羽ちゃんがいるだけで、悠斗は満足しそうねぇ」

「むしろ、私達は居ない方が良いようだね」

「そこまでは言わないけどさ……。まあ、俺の事は気にしないでいいよ」


 両親を厄介者と本気で思った事はない。タイミングが悪い時は、少しだけ思うが。

 何にせよ気に病む必要はないと、ひらひらと手を振る。

 ようやく二人は安心出来たようだが、代わりに生温い笑みが向けられた。


「なら、誕生日は何か考えがあるのかい?」

「いや、別に。美羽には確か話してあると思うけど、忘れてたならそれでもいいかな」

「勿体ないわねぇ。何か期待しないの?」

「期待はしてる。でも、俺からは何も言うつもりはないよ」


 誕生日だからと何か行動を起こすつもりは一切ないが、その上でプレゼントがあるのなら喜ばしい。

 極端な事を言うなら、普段と同じ生活でも構わないのだ。

 悠斗の淡白な反応に、両親が唇を尖らせる。


「悠斗がそれでいいならあまり口を挟むつもりはないけど……」

「私達が居ない誕生日なんだから、羽目を外してもいいのよぉ? 多分、美羽ちゃんも望んでると思うわ」

「……おい母親、変な事を言うんじゃない」


 正臣はこれ以上踏み込むつもりはなかったようだが、結子の言葉がまずかった。

 誕生日に手を出すどころか、プールで遊んだ次の日から悠斗達は毎日体を重ねている。

 結子は単にからかったつもりだろうが、悠斗達の進展具合を把握された気がして、(むせ)そうになってしまった。

 そんな悠斗の反応を見逃すはずもなく、両親が上機嫌そうな笑みになる。


「おやおや。あんまり羽目を外し過ぎないようにね」

「大事にしなさいよー。女の子の体はデリケートなんだからね」

「そんな事、とっくに知ってるっての。だから――しまった」


 動揺でつい口に出してしまったが、これではもう美羽に手を出したと言っているようなものだ。

 咄嗟に言葉を止めたものの、もう手遅れらしい。

 両親の笑顔が、これでもかという程の満面の笑みへと変わった。


「ついに悠斗も大人になったんだねぇ」

「あらあら! これは後で美羽ちゃんに聞くことが増えたわ!」

「ああもう! 余計な詮索をするなー!」


 自爆した悠斗のせいではあるが、これ以上聞かれては堪らない。

 声を荒げると、流石に両親も止めてくれた。

 代わりに、慈しむような笑みが向けられる。


「まあ、なんだ。少し早いけど、誕生日おめでとう、悠斗」

「誕生日おめでとう。当日は幸せな一日にしなさい」

「…………ありがとう。父さん、母さん」


 突然の祝いの言葉に、頬を熱くしつつ感謝の言葉を返すのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 結子と美羽のじゃれあい(?)は綾香が将来似た事してそうだな。そう考えると、正臣と蓮もどことなく似てるような気がする。 悠斗の首に噛みつく美羽。もうスキンシップが、って思った矢先に二人とも…
[良い点] 祝! 200話達成おめです♪ [一言] 親同士の挨拶…まぁ恋人同士になる前に妻になってるから問題な…あれ?
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