102.月が綺麗だと気軽に口にできない昨今。
月へは、ホワイトホエール号とアププの宇宙船をくっつけた状態で、ワープを使って跳んだ。
ホワイトホエール号は、ワープ機能を搭載した次元航行船なのだ。その気になれば異次元にだって跳べる。上位の世界である地球には行けないけどね。
月の上空で私とアププはそれぞれの船に分かれて乗り、船のドッキングを解除して月面の荒野へと船を降下させた。
さらに私は『天女の羽衣』をクローゼットの形に変え、特殊効果用の場所にアイテムショップで購入した宇宙服をセットした。それから『天女の羽衣』を首飾りに戻し、首から下げて準備は完了。ホワイトホエール号を出て、月へと足を踏み入れる。
人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩だ。なんちゃって。
そもそも人類の力で降り立ったわけじゃないんだから、偉大でもなんでもない一歩だね。しかし、月面は重力が軽いなぁ。ホワイトホエール号の中は重力制御されていたから、無重力って体験してないんだよね。
さて、『天女の羽衣』の宇宙服効果は問題なく動作しているようなので、ちょっと月の表面を手で触ってみよう。
しゃがみ込んで、手の平で地面に触れる。
すると、神器に触れたとき特有の感覚が返ってくる。それは、その神器が天上界でどのような存在だったかの記録だ。
なるほど月は、地球では数十メートルサイズの岩だったようだ。
地球のパソコンとパソコンラックと椅子がもとになったホワイトホエール号は、特大サイズの神器だと思っていた。しかし、月はその比ではなかった。
よくもまあそんな大きな岩が落ちてくるだけの世界の穴が開いたもんだ。
まあ、ホワイトホエール号より大きいとは言っても、神器の力は地球での大きさだけでなく、存在の価値や情報量も力に影響する。その点を考えると、ただの大岩がもとの月よりも、ホワイトホエール号の方がすごい神器なのかもしれない。
そんなことをうだうだやっていると、もう一つの宇宙船から、スタイリッシュな宇宙服を着てヘルメットを被ったアププが下りてきた。
彼は地面にしゃがむ私を手招きして、その場に乗り物を出現させる。
四人くらいが乗れそうな乗り物だね。タイヤはないので、宙に浮くのだろう。
私はアププに促されてオープンカーのような乗り物に乗りこむと、アププは備え付けられたハンドルを操作して乗り物を浮かし始めた。
そして、乗り物は空を飛んで宇宙船のある荒野から、明らかに建物があったような瓦礫の山へと移動した。
はー、これが古代文明の跡地。見事に破壊されているなぁ。戦争はよっぽど激しかったんだろうね。八千万年経っても残り続ける破壊の跡だ。
そんなことを考えているうちに乗り物は、瓦礫の隙間に入り込む。すると、その先には地下へと続く広い道があった。地下の道は暗く、乗り物のライトで先を照らしながら前へと進んでいった。
すると、だんだん身体にかかる重力が強くなっていく。地上と同じくらいの重力になったかなと感じたところで、アププが急にヘルメットを外した。
「ここからは空気と重力が生きている。君が呼吸できる空気のバランスではないかもしれないが、会話は可能か?」
「うん。ああ、やっと喋れる」
それまでは空気のない空間だったので、アププに向けて喋っても伝わらなかったんだよね。
「しかし、君のその服は宇宙服なのか?」
アププが乗り物を運転しながら不思議そうに尋ねてくる。私の今の見た目は、いつもの『大賢者のローブ』の姿だ。
「これは、複数の服を同時に装着できる神器だよ。鎧で防御を確保して、宇宙服で呼吸を確保して、ローブで見た目をオシャレに変えるの」
「なるほど、神器だったか。それなら納得だ」
そんな会話をするうちに道は行き止まりに突き当たり、そこでアププは乗り物を地面に下ろした。
「さて、ここは月で唯一生きている施設、『最終シェルター』だ。月は神器であるゆえに破壊が容易ではないため、地下をシェルターにするには最適だった」
なるほど、シェルターは戦争の被害からは逃れられたってことだね。
月の魔力を制御する神器は壊れているってことだから、それとは別系統の力で空気や重力の維持をしているんだろう。
乗り物から降り、アププが行き止まりの青色の壁で手をかざすと、扉がその場に現れ、横にスライドして開いた。
「さあ、行こうか」
アププに従って扉をくぐり、その先に向かうと……植物がところどころに生えた広い空間があった。
道があり、建物が建てられている。建物も道も全て、半透明の青い建材で作られている。そして、恐竜人の姿はなく、ロボットらしき存在が道を巡回しているのが見えた。天井には照明がつけられ、地上の昼間と同じくらいの明るさが保たれていた。
八千万年も放置されていたとは思えない整ったシェルターだ。ロボットがこの場を整備し続けていたのかな。そう思いながら一歩踏み出すと、目の前に空間投影画面が開き、映像と共に何やら音声が流れ出した。
ただし、何語が流れているかは分からない。なにやらギュルギュルキュルキュル言っている。
「ああ、すまないな。地上の言語には対応していないのだ。初めて訪れる人に対するガイダンスだな」
アププが補足するように私に言う。
「はあー、すごいね。月の魔力を利用した古代魔法文明ってやつかな?」
「いや、純粋な科学技術だ。地上の魔法都市の者たちが使うような摩訶不思議な魔法技術は、我々の文明には存在しなかった」
「はあー、ここまでの技術が魔法なしでとか、完全にサイエンスフィクションの領域だよ……」
「かつての地上は、今ほど魔力濃度が濃くなかった。なので、地上では魔力を直接使う技術ではなく自然科学が発展したのだ。月の文明は月の魔力を自在に扱えたが、地上と同じ技術を使うために魔力を一旦別のエネルギーに変換して利用していた」
魔力でお湯を沸騰させてタービンを回すみたいなことをしていたんだねぇ。現代の魔道具は、魔石の魔力を直接利用するみたいだけど。
それから私は、アププの案内でシェルターの内部を見て回った。
空気の製造施設、太陽光を利用したエネルギーの生成施設、食糧の培養施設、遊戯施設や図書館まであった。
シェルターとは言うが、ここで一生を過ごすことも可能なように思えた。
アププの案内で、まず私達はシアターに入った。そこで改めて、アププが話した恐竜人の歴史映像を二十分ほど見せてもらう。
恐竜人の言語はほとんど使われておらず、視覚的に恐竜人の繁栄と戦争開始までが分かるようになっていた。
「今の映像は、後世に我々の文明を伝えるための記録だ。ちょうど、君のような人物に我々が生きた証を伝えたいという一心で作られた」
映像が終わると、アププがそのようなことを言った。
戦争開始までしか映像はなかったから、あのまま完全に滅びる可能性も考えていたのかもしれないね。
確かに過去からメッセージは受け取ったよ。でも、まだ全滅していないなら、彼らにも未来はある。
「ここが冷凍睡眠施設だ」
そう言って案内された場所には、透明な壁越しに多数のカプセルが並べられていた。
「月に眠る五八二名の我が民。かつては七百万いた月の民も、大戦の影響で多くが死に絶えた。わずかに残った彼らは、こうして八千万年の時を超えて今ここに眠っている」
その彼らをどうにか生き長らえさせることが、彼らの神であるアププの使命ってわけだね。
そんなアププに、私はふとした疑問を投げかける。
「でも、なんで八千万年も眠るはめになったの? 地上が荒廃したと言っても、一万年も経てば元に戻っていたんじゃない?」
「ああ、それか。冷凍睡眠装置を起動させた者の中に、裏切り者がいたのだ。そやつが、冷凍睡眠から目覚めるまでの時刻設定を削除したようでな……起きてから愕然としたよ」
「よく起きられたねぇ」
八千万年経って、急に起きたのはなぜだろう。機器の故障?
「管理者権限を付与された私の冷凍装置は、月に近づく者がいたら緊急で冷凍処置が解除されるようになっていたのだ」
「月に近づく者……」
「おそらくは君の船だな」
「ホワイトホエール号かぁ……イヴ、月に近づいていたんだね」
私はずっと身につけていたイヴの外部端末にそう話しかける。
すると、ホワイトホエール号の管理AIであるイヴがすぐさま応じた。
『周辺宙域の調査の一環です。そのときは宙域のスキャンしか行なっていなかったため、月面に都市の跡地があるとは気づけませんでしたが』
「なるほどね。ホワイトホエール号が来たおかげで目覚められたとは、アププも運が良かったね」
「まったくだ。しかし、タイミングは悪かったとも言える」
何かタイミングがおかしいことがあっただろうか。私が首をかしげると、アププは続けて言った。
「地上には人間がいて、創世の力を神器に換える知恵を持っている。これでは、私が新たな神器を作る機会がなかなか巡ってこない。『ティル・ナ・ノーグ』のような神器が作れたらとは思うのだが、難しいな」
ああ、確かに。地上には創世の力の場所を占ったり探ったりする方法がいっぱいあり、神々が新たな神器を作ろうと常に狙っているからね。
「現行の人類が衰退するまで、私もまた眠りにつく必要があるのかもしれない」
「うーん、私も都合よく落ちてきた創世の力に遭遇できる能力はないから、助けにはなれないね」
ここまで来たら、何か助けになってあげたい気はするんだけど。彼らを助ける理由は私にはないんだけど、見捨てる理由もないよね。
私がそう頭を悩ませていたら、ふとイヴが音声を発した。
『マスター、提案があります』
「ん、アププ達を助けるいい方法でも思いついた?」
『はい。ホワイトホエール号にはワープ機能と次元航行機能があります』
あるね。それを使って、ゲームでは異次元の彼方にいたラスボスを倒しにいくんだよね。
『宇宙空間と次元空間を渡って、恐竜人の安住の地を探すのはいかがでしょうか。どこかに居住可能な惑星があるかもしれません』
「つまり、アププにホワイトホエール号を貸して宇宙探査をさせるってこと?」
『そうなります』
「うーん……」
まあ、今のイヴならこういう提案をしてくるよね。この一年以上の付き合いで判ったことだけど、イヴって人助けが大好きなAIに育ったみたいだ。
世界各地にステルスドローンを飛ばして、人と交流をして私の知らないところで様々な問題を解決しているっぽい。そして、私はそんなイヴを後押ししてあげたいと思っている。恐竜人の状況も、優しいイヴの琴線に触れたのだろうね。
私達のそんな会話を聞いていたのか、アププは驚いたように言う。
「安住の地を探すだと……そのようなことができるのか」
「宇宙を飛び回って、別次元を渡って、探そうとすることはできる。でも、八千万年前の地上と同じ環境の惑星が、偶然見つかるとは断言できないかな」
「そうか。しかし、やってみるだけの価値はある」
ゲームだったら、地球型の惑星は簡単に見つかったけど……リアルだとどうかなぁ。でも、何事も挑戦だよね。もうこの時点で、私の中からも恐竜人を見捨てるという選択肢は消えていた。
なんだかアププの同情を誘う術中にはまった気もする。だけど、実際に助けを必要としている民がいるのは確かなのだ。
そうなれば、あと話し合うべきことは……。
「私、商人なんだよね。大事な神器をレンタルするってことは、相応の費用をいただくことになるよ」
「なるほど、それでは、前金で神器を十、成功報酬で神器を追加で二十譲り渡そう」
「そんなに」
即決でポンとすごい対価を払おうとしてきたぞ!?
「大戦で使われた忌まわしい兵器だ。平和に生きたい我々にとっては必要ない物だ」
「ああー、月面に毒を撒いた神器とか、地上を荒廃させた神器とかかぁ。確かに私が権能で分解処分しておいた方がいいかもね」
「では?」
「うん。ホワイトホエール号とイヴを貸すよ。安住の地、見つけてきてあげて」
話はまとまり、私達はシェルターを後にして、ひとまず地上へと戻った。
そして、アププとイヴはすぐさま次元の旅へ出発することとなった。
開拓村の西側にアププの宇宙船とホワイトホエール号が停まり、アププはあらためてホワイトホエール号に乗りこんでいく。
アププの宇宙船は、大きすぎて量子変換で保管できないとのことで、このまま村に置いておくことになるという。
夜が明けたら、村長さん達ビックリするだろうなぁ。
『では、行ってまいります。次元間通信は開いておきますので、このまま継続して会話は可能です』
イヴがそう告げて、ホワイトホエール号が旅立つ。
まずは軌道上に出て、それから次元転移を行なうつもりらしい。
私は地上でそれを見送りながら、しばらくホワイトホエール号の施設は使えないのかとため息をついた。
でも、恐竜人五八二名の未来を考えたら、ホワイトホエール号で入浴できないことくらい我慢しないとね。
夜の空に向けて飛んでいくホワイトホエール号。やがてその姿は見えなくなり、空の上には月だけがポッカリと浮かんでいた。




