29話 エピローグ
すっかり慣れた心地良い腕の温もりの中、ふっと意識が浮上して、ティナは柔らかいシーツに足を滑らせた。
高さのある天井よりも、まだ朝日も差さない穏やかな空気が満ちた寝室で、目の前にあるだろう夫の顔を探して視線を上げる。すると、こちらをぎゅっと抱き締めて横になっているアランと、すぐに目が合った。
「ずっと起きていたの?」
「ううん、さっき起きたところだよ」
そう言って、アランが柔らかく微笑んだ。幸せで幸福でたまらないのだと、そっと細められた宝石みたいなエメラルドの目の輝きが、穏やかな眼差しで想いの全てを伝えてくるようだった。
ティナは、半ば乗りかかるみたいに回された、しっかりとした腕と足の重さの中で身をよじって彼を抱き締めた。眠気を払うように、婚姻届けを出して『夫』になった幼馴染の、その逞しい胸板に顔を擦り寄せる。
「私も、アランとゆっくりずつ、本物の夫婦になりたいわ」
「どうしたの? 昨日一緒に王宮を出た帰りの馬車でも、ティナにそう言われたばかりだよ」
「もう一度言いたくなったの」
息苦しいくらいに抱き締めてくる彼に、仕返しのようにそう言ってやったら、アランが「まいったな」と呟いた。体温が上がった気がして目を向けると、何かを堪えるように目をそらしている彼がいた。
「アラン、どうかしたの?」
「男にはちょっと色々と事情が……――ああ、そうだ。実は今日、フォーマルさんを呼んである」
「アグネシアさん?」
話題を変えるように話しを振られて、ティナはアランを見つめ返した。彼が嬉しそうに笑って「実は」と言って、こう続けた。
「結婚式の相談をしようと思って。そのあとで、新婚旅行をしよう」
昨日、ゆっくりずつ夫婦になろう、と改めて話し合った。あのレオン夫婦のように、隠し事もなく信頼出来る二人でありたい。だから、互いが分からないことがないくらい、話しもしていこうと決めていた。
その実践で、以前アグネシアが試着させてきた夜着を含む数着を、実はこっそり購入していたと赤面した彼に打ち明けられた時は、呆気に取られた。でも、可愛いから着けて欲しくてと告白している彼を見て、いつかは着てあげたところを見せてあげたいとも思った。
「新婚旅行、いいわね。どこへ連れて行ってくれるの?」
「君が望むところなら、どこへでも」
アランがぎゅっと抱き締めて、そんな強気の台詞を返してくるのを聞きながら、ティナは小さく笑って彼を力いっぱい抱き締め返した。
あの下着みたいな就寝衣装を、今夜にでも着たとしたら、彼のそんな余裕も飛ぶのかしら。そう想像したら、今日にでも執事のロバートに相談してみてもいいかもしれない、と、そんな考えが脳裏を過ぎった。




