第七話~訓練前~
ベルガント王国の王都、王城内の訓練場に神代刀弥はいた。
神代は木刀を握り、素振りをしていた。
神代の額には汗が浮かび、服も汗で体に貼り付いてしまっている。
これが訓練をしているのは神代の姿を見れば一目瞭然だろう。
神代は視線を横にずらす。その視線をの先には初老の男が腕を組み、こちらを見ていた。
男は老いを感じさせる容姿に反し、その佇まい、雰囲気からは力強さと強者の気配を漂わせ、明らかに普通の老人とは違うものを持っていた。その立ち姿には目に見えない強さが感じられる。
神代は恨みがましい目線を老人に向ける。
その理由は神代達二人を見れば誰でも解る。否、解ってしまう。
神代は木刀を振りながら老人と叫びあっていた。
「なあおい爺さんや、いつまでこれやってればいいんだよ!?もう腕とかヤバイんですがー!!」
「やかましいわボケェ!そんなこと言っとる暇があるんなら黙って剣っとらんかい!!」
「くそう、このジジイいつかぶっ飛ばしてやる・・・」
「今のお前さんがいくら頑張ったところで儂に敵う訳ないじゃろうになあ、はっはっは」
「くそう否定できないのが悔しい・・・そして笑うな!!」
明らかに神代は老人に遊ばれている。
神代は木刀を振りながら空を見上げ、こうなった経緯を脳裏に浮かべる。
異世界アヴルムに召喚された翌日、神代は訓練場に向かっていた。
召喚されて二日目になるが、まだ異世界に転移した実感が微妙に湧かない。
昨日の寝る前、部屋について気になっていた神代だったが、普通にいい部屋だった為、少しほっとして心の中だけではあるが胸を撫で下ろしたのは内緒である。
二日目の朝、クラスメイト達と朝食を済ませ(クラスメイト達と同じ良いメニューの朝食だった)、ルイス達から昨日決められた訓練を実施することを告げられた。
「勇者殿、これからギルバートとマリアによる訓練を受けてもらう。訓練の内容だが、まずは近接戦闘と魔法の基礎訓練をしてもらうつもりだそうだ。勝手に呼び出した我々が言える立場ではないが、ギルバート達の言うことをしっかり聴いてくれ」
神代達はルイスの後半の言葉よりも、魔法が使えるようになることの方が気になっていた。一部の所謂中二病のヤツらだけでなく、普通の生徒達も目を輝かせていた。
たとえ中二病でなくとも、魔法という非現実的な単語は少なからず憧れてしまうものである。神代もやはりそういったものに憧れる一人である。
しかし神代は忘れていた。
自分のステータスと昨日の訓練場での内容を。
クラスメイト達と共に夢見た魔法に思いを馳せていると、ギルバートから声がかかる。
「神代殿は昨日お話しした通り勇者の方々とは別々の訓練になります。これから案内するので付いてきてください」
神代の夢は容易くぶち壊された。おもいっきり忘れていたが自分はステータスがゴミ同然だった。このステータスから抜け出す訓練。不安しかないのだがどうするつもりだろうかこの空気の読めない全身鎧の騎士は。まあ、異世界人の気持ちなんて魔法が当たり前にあるこの世界の住人に分かる筈もないので察しろというのも酷な事だが。
ギルバートはクラスメイト達に待機するように言ってから、神代を誘導する。さらにその後ろにはマリアも付いて行く。
神代は一抹の不安を抱きながらも、仕方なく付いていく。
「さて、神代殿にはある方方々と会って頂きます」
神代達は訓練場とは別の場所にいた。
あの後、訓練場から離れ、見知らぬ場所を歩かされていたが気にしないで(正確には現実逃避に近いのだが)付いていくことにした。
ギルバートが先頭から神代へ声をかける。
神代はギルバートの顔に視線を動かす。そこにはいつもの兜を被ったギルバートがいた。しかし、声というか雰囲気というか、そういうものがいつもの冷静さを感じさせるギルバートから感じられない。素顔が見えていれば悩まし気な顔をを浮かべさせているだろうといった雰囲気だった。
マリアが良い例である。
「この先にいらっしゃる方々は、神代殿の訓練を担当者となるなる方々です」
ギルバートはその雰囲気を保ったまま、そう言う。
訓練の担当者、要するに神代をステータスを一般人並にする為の教育者であるということだ。
何故二人が顔をしかめているのか神代は解らない。
「今から会う二人は私たち以上に腕の立つ方達です。神代殿のステータスもあの方達なら何とかできるかもしれません」
それは期待大である。しかし疑問に思う事がある。
何故この二人よりも腕が立つ人間を勇者であるクラスメイト達の担当者にならないのか、ということである。
神代の疑問は直ぐに解決されることとなる。
「あのお二人は確かに腕は立つのですが、少し問題がありまして・・・」
最早その発言自体が問題である。そんな何か言いづらそうな顔をしないでほしい。ギルバートの所為で不安しか感じられなくなった。
数秒の沈黙の末、マリアが告げる。
「あのお二方は訓練のやり方がスパルタ過ぎたんです。その為、この国の騎士や宮廷魔道師達の教育者から外れてしまったんです」
神代の警戒パラメーターが一気に上昇した。
マリアの言い方は騎士や宮廷魔道師達も無理だというほどの訓練をさせていたということになる。しかもそんな危険人物(神代の視点で)に会いに行くというのだから警戒するしかない。
そしてその二人に会いに行くのも問題だが、それ以上に問題な事がある。それは自分の訓練の教官がその危険な二人になるということだ。
神代はギルバート達にツッコむ。
「ちょっと待て、そんなヤツらを俺の教官にするつもりか!?俺のステータス見ただろ、このステータスでそいつらの訓練受けたら死んじまうぞ!?」
神代のステータスはオール一という別の意味で奇跡的な数値である。
一般人のステータスを越える猛者達でもダメだったのだ、オール一の神代が訓練を受けたら死んでしまう可能性が高い。神代もそんなのは嫌だ。
断ろうとするのも当然であろう。
しかしそれは叶わぬ夢となった。
「神代殿、着きました。この部屋の中にいるはずです」
そう。
もう既に目的地に着いてしまったのである。
神代はいままでにない程に緊張していた。その姿は正に魔王に挑む勇者の風格である。
もう逃げ道はない。
神代は諦めるかの如く覚悟を決め、拳を握りしめる。
目の前にはなんの変哲のない一枚の扉。
その扉のノブに手を伸ばすギルバート。
そして扉が開かれ、部屋の内部が神代の目に映し出される。
部屋の内部は変わっていた。
流石王城内というべきだろうか、神代達の世界の一般的な部屋の数倍の広さがある。しかし所々に書物が散らばり、剣や斧、槍などの武器類や防具等が立て掛けてあり、せっかくの部屋が台無しである。
偶然武器類を眺めていた神代は妙な物を発見する。
鞘に納められていても分かる反り、その形から両刃ではないことをは明らか。その武器は神代達の世界、しかも日本の伝統的な武器、刀だった。
刀の存在に驚く神代。
突如その神代の後ろから何か気配を感じた。
神代は驚いて後ろを振り向く。
そこには道着に袴を穿いた初老の男が立っていた。
「ほぅ、こやつがレベル〇のイレギュラーの少年か。随分と頼りなさそうな奴じゃのう」
いつの間に。
それが神代が一番最初に思ったことだった。
神代は武術の達人でもなければ死線をくぐり抜けた戦士でもない。気配を感じ取るなんていう芸当はできる筈もない。
しかし、そんな神代ですら感じ取ってしまうほどに、そして押し潰されるかのような圧迫感。
気配だけで相手に恐怖心を与えてくる、それほどの実力者。
本能が警戒の鐘を鳴らす程の緊張感を神代に与えてくる老人。
神代の背中から嫌な汗が吹き出る。
恐怖で動けなくなっていながらも、神代は老人に向かって言葉を発する。
「あ、んた、は・・・?」
たどたどしい言葉で質問する神代に、老人は短くこう答えた。
「霧雨刃夜。ただの老いぼれた武士じゃよ」