6歳の12月(3)
6歳の12月(3)
その後も頑張って宣伝するけど、ちらほらと買って行く人がいるくらいで、もどかしいほど売れない。
食べた人はみんな美味しいって言ってくれるし笑顔なんだけど、なんだか私の心にはひっかかる。
お世辞で美味しいって言ってる?って直接聞いても本音を教えてくれるわけでもないし。
そうこう考えていると、私よりは年上だけどフマたちよりは年下ってくらいの子供たちが20人くらいの集団で近寄ってきた。
一番年上にみえる男の子が机の前に歩み出て、おずおずとしながらも勇気を振り絞るようにフマに話しかけてくる。
「お肉、ちょうだい。」
「お金はあるだすか?」
子供たちは困ったように首を振る。
「これは売り物だす!お金が無いと食べられないだすよ!」
「でも、この国で一番の悪人は、“食べ物を独り占めする奴”だって習ったよ!例えお腹が空いて死にそうでも、みんなで少しずつ分け合って食べるのが当たり前だって!」
私はその言葉を聞いてビクッと身体を震わせる。
頭の中でお母様の振りまわす丸太が私のお尻をしばいた時の脳天まで突き抜けるような衝撃が再生される。そう、食べ物は分けないといけない。この国の基本ルールだわ。
「これは売り物で、商売だす!お金を払えば食べられるのだから独り占めじゃないだす!食べたければ働くかお金を払うだすよ!」
フマが顔色も変えずに堂々と言い切ると、子供たちは悲しい顔で俯いてしまう。
「フマあにじゃ、無料で食べさせるわけにはいかないけど、なんとかならないの?」
「うーん、じゃあ、君らの親を連れてくるだす!親が焼鳥買ってくれたら、君らには無料で一本プレゼントするだすよ!」
子供たちのうち半数くらいはパッと明るい顔になって早速駆け出す。
残る半分の子供たちは更に暗い顔になって羨ましそうに駆け出す子供たちを見送る。
「残った子供たちはどうしたのかな。」
「親が仕事で家にいないとか、きっと色々と事情があるだす。困っただすね。」
「鳥の調理を手伝ってもらいましょうよ。捌くのも串を刺すのも焼くのも教えれば子供でもできるわ。」
「そうだすね、この後たくさん売れたら手が足りなくなるだす。焼鳥を食べさせるだけで雇えるなら安いものだす。」
焼鳥を売りながらも残った子供たちに鳥の捌き方から串の刺し方、焼き方まで教えていく。
年長の子供は割と簡単に覚えてくれて、その子が年下の子供に教えてくれる。
鳥を捌くのが拙くて遅くても、手を動かす人数が圧倒的に違うので割と早くできあがる。
羽を抜いたり串に刺したりするのは年少の子供、包丁を使ったり火を使ったりするのは年長の子供といった感じで役割も決まってきた。
小さく切って串に刺してしまえば、多少不格好でも気にならないのも良かった。
ただ会計というかお金の受け渡しだけは難しいようで、何本でいくらになるかの計算がまずできない。
年長の子供がギリギリ数字を数えることができる程度。
加減乗除の計算を1から教える時間は無いので、これだけはどうにかしてこの子たちでもできる方法を考えないと任せることはできそうにない。
そして手伝ってくれたご褒美に子供たちが自分で作って焼いた焼鳥を食べさせてやる。
みんなすごく楽しそうに齧り付く。
「みんな、美味しい?」
「「「うわー!美味しい!」」」
子供たちの顔は眩しいほど輝いている。さっきまでの違和感は気のせいだったのだろうか。
「でも……。」
1人だけ浮かない顔をしている子を私は見逃さなかった。
ほんの小さな違和感だけど、これを見逃してはいけないと心が警告を発している。
「どうしたの?なんでも教えて?」
子供たちの中でも内気で暗い顔をした女の子がモジモジと言おうかどうしようか悩んでいる。
「こいつ、いっつも空気を読まないで文句ばっかりいってるんだ!リルカ姫、聞かなくていいよ!」
年長の男の子が口を挟んで間に入ってくる。
思い悩んでいた女の子は俯いて黙ってしまう。
「これは女の子同士のお話なんです!あなたは聞かなくていいのよ!」
口を挟んできた男の子を突き放すと、女の子を連れて2人で屋台から少し離れる。
「大丈夫、誰も怒らないから私だけに教えて。」
連れ出された女の子は驚いた顔で私を見て、意を決したように、それでも徐々に半べそをかきながら小さな声で話し出す。
「あの、いつもお家で食べる味付けと変わらなくて。王家のっていうから何か特別な味がするのかと思ってて……。」
「美味しくない、と?」
「いや、美味しいかどうかって聞かれたら美味しいです。美味しいけど、それだけなんです。」
「美味しいけど、それだけ?何が足りないの?」
「何が足りないのかは分かりません。でも心が動かないです。もっと食べたいってならないです。ごめんなさい。姫様のお料理に文句を言ってしまって。ごめんなさい!」
ああ!ああ!なんで分からなかったのだろう!自分がその立場ならすぐ分かったはずなのに!
そういう事だったのね!分かったわ。何が足りないのか。
先ほどから心に引っかかっていた違和感。
お客様の美味しかったという言葉、お客様の笑顔。
そしてそれらに隠されているだろう本音。
すべての部品が余ることなく完璧に組み上がって真実の全貌が見えてきた。
「ありがとう!とっても良いヒントになったわ!」
女の子は涙の零れた顔を上げて、ぎこちないながらも笑顔を見せる。
私はお礼に抱きついて涙の残る頬っぺたにキスをすると屋台に駆け戻る。
キスの味は少ししょっぱかった。
この味で思い浮かぶ感想は、きっと私たちの焼鳥を食べたお客様と同じ感想だわ。
「リルカ探検隊、集合よ!」
「なんだす?」
「何があったって?」
フマ、オニカ、デデが不思議な顔をして集まってくる。
「今さらだけど、試食をしましょう!」
焼鳥を乗せた葉っぱをみんなに差し出すと、迷わず手が伸びる。
「おいら、ちょうどお腹が空いたところだったぜ。」
「試食しなくても味の想像がつくけど、お腹空いたからちょうど良いだす。」
デデはニコニコと串を咥えている。可愛い。
「みんな、美味しい?」
「おう、当たり前に美味しいぜ!締めたばかり鳥を焼きたて食って不味いわけがないって。」
「普通に美味しいだすよ。何か変なところがあるだすか?」
デデはニコニコと頷いている。可愛い。
「じゃあ、お金出してでも、また食べたい?」
「うーん、まあお金があって、たまたま通りがかって、ちょうどお腹が空いていたら食べるだすね。わざわざここに来てまでは……。」
「おいらは自分で動物狩って肉を食べているから、味よりも量だって。こんな小さな串じゃ足りないぜ……。」
デデは腕を組んで眉を寄せて首を傾げているだけ。可愛い。
「そこよ!この味じゃ、一度食べたらもういいやってなるわ。自分たちで言っているじゃない。“試食しなくても味の想像がつく”とか、“当たり前に美味しい”とか、“普通に美味しい”って。想像が付いちゃダメだし、当たり前じゃダメだし、普通じゃダメなのよ!この焼鳥に足りないのは“感動”よ!」
「“感動”だすか?」
「そうよ。この焼鳥を食べて、みんなの心が動いてないの。“わあ!”って驚きや美味しいって感情が高まる興奮が見られないわ。そんな料理で人が集まるわけないじゃない!なかなか売れないのはそのせいよ!」
「さっきの子供たちは興奮した良い笑顔だっただすよ?あの子らは感動して無かっただすか?」
「それが罠なのよ。自分たちで作ったものは普通に食べるより倍は美味しく感じるわ!でもその感動と味の評価は混ぜちゃいけないのよ!私たちの評価も信じちゃダメ。お客様の上辺の言葉も信じちゃダメ。本当に信じられるのはお客様の感動だけよ!」
「なるほどだすなぁ。商売は知識だけじゃ成功しないわけだすね。お客様の感動を見分けないと正しい判断ができないなんて商売の教えには無いだすよ。でも“感動”って何をどう足したら味わえるだすか?」
「みゃはは!任せなさい!私に心当たりがあるわ!ちょっと取ってくるものがあるから待ってて!」
屋台を飛び出してお家に向かう。
あれだ!あの味だわ!私は知ってる!きっとこれはみんなの心を動かすわ!
屋台に戻ってきた私の手には大きな袋があり、その中には粉が入っていて異様な香りを漂わせる。
焼き上がった焼鳥を葉っぱの皿に乗せてその上から粉をパラパラと振りかける。
さあ、これを試食してみて!
フマ、オニカ、デデの前に出された焼鳥に振りかけられた不思議な粉は茶色が混じったような黄色。焼かれて肉の油が滴る焼鳥に上手く絡んで塗されている。立ち上る香りはツンと辛い香りやコクのある香り、爽やかな香りなど複雑に絡み合って一言では言い表せない。ただその粉と焼けた鳥の油と混ざった香りを嗅ぐだけで唾液が止まらないほど口の中に溜まり3人の喉を鳴らす。
ひと口食べた3人の目が大きく見開いた。
「こいつはヤバいぜ!おいらの頭の中から背中を通ってお尻までビリビリと痺れるような刺激が走ったって!今までこんな美味いもの食べたことないぜ!」
デデは興奮して串を咥えたまま凄い勢いで首を上下に振って頷いている。可愛い。
「こいつは……。ガラムマサラだすね?」
本日最高にシリアスな顔で私に問いかけてくるフマは、爆発しそうな興奮をギリギリ押さえているのが分かる。
「流石はフマあにじゃね。食べたことあった?」
「いや、初めて食べただす。でもこんなに変わるなんて思ってもみなかっただすよ。心が浮き立って、2本3本と食べたくなって止まらないだす!」
「これが感動よ!これをみんなが食べたらどうなるかしら?」
「……。焼鳥が全然足りないだす。急いで焼鳥を作るだす!全速力だすよ!」
「おいらは火をできるだけ安定させるぜ!」
デデは子供たちと一緒に串の束を掲げてやる気をアピールしてくる。可愛い。
「さあ!新生リルカ姫の串焼き屋さん!スタートよ!」
「「「おおおー!」」」




