エピローグ
「――いいのかよ、残らなくて」
レックの言葉にうなずく。
「うん。今残っても、かえってこの世界のためにならないと思うし、未だ向こうでやりたいこともあるから。今なら、向こうでも、もっと変われると思うんだ。だから、戻るよ。このままだと、向こうから逃げてるみたいだしね」
そう、『自分のまま動ける能力』を、この世界からもらったのだから。今なら元の世界の友達にも素直な自分で会えるだろう。
「ふーん? よく解んねーけど……まぁいいか」
私は妖精界の廊下まで見送りに来てくれた皆を眩しく見回す。
「皆、ありがとう。楽しかったよ」
「ああ、元気でな」
ガイが真っ先に手を差し出し、私とレックは皆と順番に握手を交わした。
そこへ妖精界の大樹の間から、リアリィがやって来た。
「準備、出来たわ。本当は、向こうとこっちを繋ぐ『媒体』があると楽なのだけど。それと、基本的には元の時間に戻るとは言え、多少は進んでいる可能性があるから驚かないでね。大丈夫、元々、私が来た世界と同じだから、ちゃんと戻せるわ」
「じゃなきゃ困るっつーの……」
レックが大樹の前まで進み出ると、室内への転移に備えて、靴を脱いで手に持ちながら、ぶつぶつと文句を言う。まぁ『帰るため』にこれまで苦労して来たのだから仕方ないだろう。
リアリィがこちらを向いて微笑んだ。
「ありがとう」
「こちらこそ。――もし、本当に困ったことがあったら、また喚んで」
「そうね、覚えておくわ」
「懲りてない。ぜってー懲りてない」
レックの突っ込みには気付かないフリをして、自分も靴を脱いだ。
「……じゃあ、行こうか。ううん、戻ろうか。元の世界に」
「あぁ」
私の言葉に、レックは是も非もないといった声音でうなずいた。
辺りに光が満ちて――気が付くと、元の久賀家の居間にいた。見慣れたテーブルと椅子四脚、テレビの横に小さめの観葉植物。見たところ変わりはないようだ。
「……戻った……」
「……みたいだな……」
マサトもどこか呆然とした響きを込めて同意した。
だけど未だ現実感が湧かず、部屋をを見渡す。テーブルの上にある、ゲームをやっていたパソコンの画面をのぞき込むとデスクトップが表示されており、インストールした筈のゲームのアイコンは見当たらなかった。不審に思いながらディスクドライブを開けてみると、ロムはそのまま入っていた。私はロムを手に取り首を傾げる。
「何だったんだろう、これ。何でゲームが召喚アイテムだったのかな」
「さぁ……俺に訊くなって。趣味だったんじゃねーの?」
「そう言えば北の地で、『何も知らずにここに来てはいけない』とか聞こえたけど……予備知識のためとか?」
「あんた、よく覚えてるな。かも知れねーけど」
二人して頭をひねっていると、ふいに先程のリアリィの言葉が思考を過ぎった。
――そうだ、すっかり忘れてたけど……! リアリィは多少時間が進んでいる可能性があると言っていたっけ。
「時間は? あれからどの位経ってる?」
そのことに思い至り、慌てて居間の壁にかけてある時計を振り仰ぐ。
「時間は……四時……だけど」
マサトの言葉に考え込む。何日の四時だろう? それが解るまでは安心出来ない。
その時居間に隣接した部屋の扉が開き、誰かが出て来る。
「センパイ? マサトも……いつの間に戻ってたんですか?」
それは黒髪を後ろで二つに束ねた一つ下の後輩、久賀ちえみだった。
「ちえみちゃん」
「姉ちゃん」
「私達、どの位いなくなってた?」
勢いこんでそう尋ねると、少し考えるそぶりの後、ちえみは答えた。
「三時間くらいですけど」
「……そう」
思わず脱力した。マサトもホッとした様子でため息をつく。
「……ところでセンパイ……? ……その格好は……」
訝しげな後輩の声にハッとする。
「しまった着替えんの忘れた! ごめん部屋貸して!」
またしてもすっかり忘れていた! 言い残すと、急いで部屋の中に駆け込む。
「はぁ? 防具外すだけだろ。部屋なんて……」
「……マサト……どういうこと……?」
「あ! 逃げたな!」
マサトの叫び声は聞こえなかったフリをして、つまみを回して鍵をかけた。
……その後、色々言い訳を試みた結果。
ゲームをくれた兄ちゃんに会いに、近場のイベント会場に行って、ノリでコスプレしたことになってしまった……。
――ちえみちゃん……何のキャラかは訊かないで欲しい。答えられないから……。
強いて言うなら、自分、になれたのかも知れないけれど。まぁ、行方不明事件にならなかっただけ、よしとしよう。
時間がほとんど経っていなかった。これが、異世界の人間の時間は元の世界に属し、基本的には止まっているってことなのかな?
「あー、ひでーめに遭った」
マサトがぼやいた。
「まぁ、お互い無事に戻れて良かったじゃない」
マサトと二人、ちえみちゃんから逃げるように久賀家を出ると、見慣れた住宅街を駅方面へと歩き出しながら話す。
こっちの世界では少ししか経っていなかったけれど、向こうの世界では数ヶ月過ごしていたためか、舗装された道路が何だかすごく懐かしく感じる。
「これからどーすんだ?」
「取りあえず、この髪に合う服でも探そうかな。今までのじゃ今イチ似合わないし」
短くなった髪を軽く引っ張りながらそう答えると。
「……あっそ」
マサトがいかにもどーでもよさそうに言う。
「で、さ。時々でいいから稽古付き合ってくれない? あの流派、ここでは二人だけだし」
そう頼んでみると。
「……時々だぞ」
仕方ないといったような返事が返った。
「ありがと」
「夢じゃねーんだよな……」
マサトが遠くを見ながらつぶやいた。
「……そうだね。――嫌だった?」
そう訊くと、マサトはかぶりを振った。
「解んねー」
「……そっか。ありがとね。色々助かったよ」
「……別に。俺は帰りたかっただけだし」
マサトは目を逸らしてそう言った。
「ふーん。……ところでさ、『レック』。もしかして、『守護石の欠片』持って来てる?」
声をひそめてそう訊くと。
「何で解るんだよ?」
マサトが驚いたように聞き返してきた。
「アイテムコレクターのあんたが、あんなレアアイテム置いて来る訳ないし。こっちで使えるのか知らないけど、悪さに使わないでよ」
「……解ってるよ」
マサトは少し不機嫌そうに応じた。
「ま、火事起こさなきゃ別にいいけど。剣の方もやたら出したりしないでしまっときなよ? ――下手すると捕まるから」
「解ったってば」
それを聞いて、堅苦しい話は終わりにすることにした。自分もあんまり得意じゃないし。
「じゃあお疲れってことで。――何か飲んで行かない?」
そう私が提案すると。
「……おごりならな」
と、答えが返った。その言葉に苦笑する。
「しょうがないなぁ。確かに、あんたばっかり散々な目に遭ってたみたいだし……今回だけだよ?」
そう言いながら、駅前近くの小さな喫茶店のドアを開けた。
「……けち」
窓際の空いた席に座りながらマサトがつぶやく。
「こっちも財布が厳しいんだってば……流石にしょっちゅうは無理」
やって来たマスターに、私は苺パフェとグレープジュース、マサトはチョコパフェにオレンジジュースを頼んで、待つことしばし。注文の品がテーブルに運ばれてきた。
「ま、取りあえず、お互いの無事を祝して……」
目の前に置かれたジュースのグラスを手に取ってマサトを見遣る。マサトと目が合うと、マサトも珍しく笑ってグラスを持った。
「「乾杯!」」
重なった声と共に、グラスのぶつかる涼やかな音がした。
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