【王子視点】
初めて己の婚約者に出会った時、天使が舞い降りたのかと思った。
レオは王宮の回廊をイライラとしながら大股で歩いていた。美しく咲き誇る花々が風に靡く様子さえ腹立たしく、小さく舌打ちをする。
(どいつもこいつも……!)
長年の婚約者と婚約を解消したのが数日前。それからレオの心はずっと乱れたままだった。
(王族の配偶者が同性など、認められるわけないだろ)
少なくとも今まではそうだったのだ。なのにレオだけが、そうではなかった。そんなの納得できるわけが無い。何年も何年も、レオはずっとそう訴えてきた。
幼い頃に言われた母の言葉を思い出す。
(「可愛いわたしの子。きっとあなたの子もとっても可愛いわ」)
体調を崩し、伏せってしまった母がまだ元気だった頃の言葉。そっと頭を撫でられて、柔らかい声で紡がれたそれはレオの中の深い部分にずっと留まっている。
(私は悪くない)
魔道具無しでは子供も作れず、許可がなければ使えない。そんな婚姻が正しいはずがない。
たしかにやり方はマズかっただろう。証拠が十分では無かったのも。けれどもこうして婚約は解消されたのだ。レオの望み通り、多くの代償を伴って。
(王宮にいるのもあと少しか)
学園を卒業すれば、レオは地方へ赴任させられる。したことの責任は取らなくてはならない。既に継承権も放棄させられることが決まっている。
所詮、私は王に見初められただけの側妃の子だ。王宮に自分は必要なかったのだとレオはここ数日で嫌になるほど実感した。
淡々と婚約解消の手続きをした、元婚約者の姿を思い出す。
その表情には何も無かった。恨みも悲しみも怒りも、喜びさえ。
(……セイルが女だったら)
考えても仕方ない事だ。セイルは紛れもなく男で、そして男だからレオの婚約者となったのだから。
けれどあの日、初めて会ったあの時。
彼が「男」だと知って、酷く拒絶し、裏切られたように怒ったのはなぜだったか。
――あの日、天使が舞い降りたと思った気持ちが、あまりにも本物だったからだ。
何もかも今更だ。
END




