第16話:残留思念の呪い
カマキリ怪人を蹴り飛ばした(らしい)脚は、まだジンジンと熱を持っている。
私の意思とは無関係に。
「グ……」「ギ……」
残りの怪人――カニもどきとナメクジもどき、その他大勢――が、一斉に私に敵意を向ける。
彼らにはもう理性がなく、ただ目の前の「異物」を排除するという本能だけが残っているようだった。
「(……あ、これ、部長(前世)が言ってた『トラブルは一気に片付けるのが一番効率的』ってやつだわ)」
もはやヤケク BGM(脳内):「部長の理不尽叱責ラップ」
訳の分からない儀式で、訳の分からない虫(バッタ?)に改造され、訳の分からない怪人たちに襲われる。
こんな理不尽、前世で散々味わってきた。
「(もう……いいわ)」
私は、深く、深ーーーーく、息を吐いた。
社畜OL佐藤葵、28年(+令嬢18年)の人生で培った、ストレス耐性と無の境地。
「(さっさと終わらせて、帰って寝たい)」
私は地面を蹴った。
いや、「蹴った」というより、「跳んだ」が正しい。
「えっ」
自分の意思とは裏腹に、身体が夜空高く――軽く3メートルは跳躍していた。
緑色の外骨格に覆われた脚が、まるでバネのように機能している。
「(高っ!?)」
そして、落下。
重力に従って落ちた先は、偶然にもカニもどきの怪人の真上だった。
ゴシャッ。
(……うわ、カニミソ出た)
嫌な感触。
だが、もうどうでもいい。
次。
ナメクジもどきが、私から逃げようと(意外と素早く)身をよじる。
「(逃がすか!)」
デスマーチ中の逃亡(退職)者は、絶対に許さない。
私は、もはや自分のものとは思えない脚力で地面を蹴り、一瞬でナメクジの背後(?)に回り込む。
そして、前世で培った「イライラ解消用・段ボール潰し」の要領で、そいつの頭部と思しき箇所を、力任せに踏み潰した。
……数分後。
そこには、静寂だけが戻っていた。
あんなにいた怪人たちは、原型を留めない肉塊となり果てている。
(……あー、スッキリ……しないわ、全然!)
むしろ最悪だ。
人を殺めた感触が、足の裏にこびりついて離れない。
私は、この惨状を引き起こした元凶(であり、唯一の傍観者)に向き直った。
森の入り口。
そこに立つメイド、マリエルは――
パチ、パチ、パチ……。
小さく、しかし嬉しそうに、拍手をしていた。
「素晴らしい……。ああ、素晴らしいですわ、ロザリア様!」
彼女は、うっとりと頬を染め、私に駆け寄ってくる。
「初陣とは思えぬ鮮やかさ! まさに神の使徒!」
「……マリエル」
「はい、なんでしょう、私の使徒様」
ニコニコと、純真無垢な笑顔で、彼女は私の手を取ろうとする。
その笑顔を見た瞬間、私の頭の中で、何かがブツリと切れた。
(……こいつだ)
そうだ。
私が断罪されたのも、勘当されたのも、こんな村に連れてこられたのも、虫けらに改造されたのも、人殺しをさせられたのも。
(全部、こいつのせいじゃない!!!)
「よくも……」
「はい?」
「よくもオオオオオオ!!!!」
私の怒りは、旧支配者の囁き(とっくにBGM化)も、部長の叱責も、全てを上回って爆発した。
「ふざっっっけんじゃないわよッ!!!!」
私は、バッタの跳躍力を使い、一瞬でマリエルの懐に潜り込む。
そして、その細い首を、緑色に染まった両手で、全力で掴み上げた。
「がっ……!?」
「スローライフは!? 私の田舎でのんびり旦那見つけて暮らす夢はどこ行ったのよ!? 返しなさいよ! 私の第二の人生を!!」
ゴキ、とマリエルの喉が嫌な音を立てる。
これだけ私をコケにしてくれたんだ。
こいつも、あの怪人たちと同じ場所へ送ってやる。
私は、首をへし折るつもりで、両手に力を込めた。
だが――
「……お……ころし、くださいませ……」
マリエルは、苦しい息の下で、恍惚としていた。
「し、とさまの……手にかかって……しねる、なら……それも、また……しゅくふく……」
(……このサイコパスがッ!)
最後の最後まで腹立たしい!
私は、マリエルの狂った顔面に怒りを再燃させ、今度こそ、と指に体重をかける。
――その瞬間。
ピタリ、と。
私の手が、止まった。
(……え?)
指が、動かない。
あれだけ憎い相手が、目の前にいるのに。
あれだけ込めた殺意が、嘘のように霧散していく。
(なんで? 動け! 動けよ、私の手!)
違う。
動かない、じゃない。
私の両手は、マリエルの首から力を抜くと、
次の瞬間、私の意思に反して、
――そっと、マリエルの頬を、撫でていた。
「(――な、に、これ)」
驚き、目を見開いたのは、私だけではなかった。
殺されると思っていたマリエルも、驚いたように目をパチクリさせている。
私の手は、まるで愛しいものに触れるかのように、マリエルの銀髪を優しく梳き、涙の滲んだ目元を親指で拭っている。
(やめろ! やめて! 何してんのよ私の手はぁぁぁぁ!!)
これは、旧支配者の仕業じゃない。
あのうるさい囁きとは、まったく質の違う、もっと根本的な何かが、私の身体を乗っ取っている。
(まさか……)
脳裏によぎる、一つの可能性。
マリエルの気を引くためだけに、淫乱令嬢を演じていたという、元の「ロザリア」の姿。
(――あんたのせいなの!?)
残留思念。
魂の残滓。
あるいは、この身体に刻み込まれた、マリエルへの強すぎる「愛」が――
社畜OL・佐藤葵の「殺意」を、上書きしている。
「……!」
私は、絶叫しそうになるのをこらえ、全身の力でマリエルを突き飛ばした。
「(――ヤバい、ヤバい、ヤバい!)」
怪人より、旧支配者より、何より。
「(この身体が、一番ヤバい!!!)」




