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演目


 ――テケテッケテケテッケテケテッケ……


 山上からの風に乗って微かにお囃子の小太鼓が聞こえてきた。耳を澄ませば時折笛や取り巻きらしい人々の掛け声もあった。


「もしかすると、宗孝さんもずっと闘ってきたのかもしれませんね――。では、私も行って参ります」


 祭囃子はこちらに向かって順調に近付いている。

 神社から出発したお神輿も無事に沙智ちゃんを乗せて演目場所を目指しているのだろう。


 御櫃家から駐在所前の道をずっと神社方向に行った小さな交差点に出てみると、道の端にぽつぽつと外灯とは違った仄かに赤い光が疎らに確認できた。それらは神社のある小高い山から演目予定の地点までずっと続いているようだった。


 ゆっくり動く赤い光は見物人が持つ提灯だった。浴衣を着たカップルや複数人のグループで行動する人々は恐らく他所からの観光客だ。擦れ違い様に提灯を見てみると、小さな裸電球が中に見えた。


「あら、また会ったわね」

「三木屋さん。こんばんは」


 ぱらぱらと神社に向かう人の流れに逆らって駐在所付近まで来たところで、昼間に会ったばかりのお婆さんが彼女に気付き声を掛けてくれた。

 僕は相変わらず近くの茂みに隠れて二人の様子を窺った。


「もう暗くて歩くのも大変でしょう? バス停の方で提灯を配っているから、もらうといいわ」


 お婆さんによると、お祭り期間限定で観光客に提灯の貸し出しをしているとのことだ。

 貸し出される提灯は元々神社や通りに吊るされていたのを再利用したものらしい。通りで側が古いわけである。

 まだまだ年若い多嬉ちゃんなら日没後の僅かな光でも周囲を見通すことができる。しかし当然のごとくお婆さんからの魅力的な提案が断られることはなく、すぐにバス停横に設けられた白い仮設テントへと向かった。


「おお! 多嬉ちゃん!」

「――え、安戸さん!? どうしたんですか、その格好……」


 テント内に置かれた長テーブルの脇には、どういうわけか警官服を着た安戸さんが何食わぬ顔で座していた。


「いやぁ。いくら田舎の祭りだからって、警官がいないんじゃあ格好つかないでしょ」

「勝手に着ちゃうのは不味いんじゃ――ところで、交番にいたお兄さんはどうされたんですか?」


 差し出された提灯と冷えた缶ジュースを困惑気味に受け取った彼女は檻にいた全裸男の身を案じた。

 一頻り笑った安戸さんは駐在所の方を指し事も無げに「まだいる」ことを告げた。

 もちろん無関係の一般人が警察官を詐称する行為は犯罪である。人一人を監禁する行為に比べればそれこそ今更ではあるが。


 ――ワッショイ、ワッショイ……!


 もうすぐ先までお神輿が来ているのか、威勢のいい男たちの掛け声とお囃子の摺鉦がはっきりと聞こえてきた。


「楽しんできてね。変な奴が来たら捕まえておくから」

「……はい! ご苦労様です!」


 ここは任せろと言わんばかりに突き出た腹部を摩りながら駐車場を背にした安戸さん。一礼してテントから離れた彼女はいつの間にか溜まり出した見物客の中にお婆さんの姿を見出し駆け寄った。


「すごい人ですね」

「ええ。この時ばかりは村も捨てたもんじゃないって思えるんだけどねぇ」


 二人の言う通り、いったいどこからこれだけの人が湧いて出たのかと思えるほどに右や左から続々と人が集まってくる。お祭りに限らずこの人員を定期的に確保できれば、少なくとも「廃村」の危機は脱することができるだろう。


 ピーヒャラピーヒャラチャカポコチャカポコ


 大幣を掲げた先導がお神輿と山車を引き連れてやってきた。

 数人の男たちに担がれるお神輿には簾の向こうにちらちらと白い舞衣が覗いている。伝承によれば御櫃家の巫女は現人神(あらひとがみ)と同一であるため、お神輿に祀られることもあるのだろう。

 他に巫女の付き人らしい子供が二人ほど乗っている。彼女らがお婆さんの言っていた「神輿様」に違いない。


 半被にねじり鉢巻きの先導には見覚えがある。日に焼けた肌を薄暗い景色に同化させた男は、昨日、神社の境内で屋台の準備していた男たちの頭だった。

 よくよく見てみればお神輿を担ぐ者や山車を引く者の中にも見たような顔がいくつかあった。気安く多嬉ちゃんに話し掛けてきた金髪パンチの男も後方からお神輿を支えていた。


「ちょうどあの辺りで巫女さんが降りるの。お囃子が雅楽に変わって、とても不思議な雰囲気になるわ」


 お婆さんの言う場所は封鎖された区間の内、神社側の「入口」を指している。その地点から中間地点まで歩む巫女に合わせて山車に乗った雅楽器の演奏が始まるらしい。


 沿道の人だまりが微かに騒めく。やがてしんと静まった辺りに笙の音が響いた。

 身動ぎ一つしなくなった人々の間から覗き込むと、ゆっくりとした歩みで進む小さな巫女の姿が確認できた。間隔を置いて二人の巫女が後に従っている。いずれも背丈からして十歳くらいの子供のようだ。


 先頭の巫女は前天冠を戴き、鈿女の面を付け、手には社務所で見た小さな鉈の付いた神楽鈴を携えている。続く巫女の一人は天狗のように鼻の長い真っ赤な面、袖で顔を覆ったもう一人は突き出た二本の角を持った鬼女の面を付けていた。

 恐らく真っ赤な方は猿田彦を、もう一つは討伐された「おさち」を表している。ここにいる見物客は、まさか後ろにいる猿田彦の方が地下牢にいた毛むくじゃらのバケモノのことだとは思わないだろう。


 シャンッ……シャンッ……


 鈴の音に続いて太笛が鳴る。ゆっくりと動き出した鈿女の横に赤い面が付き、顔を隠した鬼の面と鈿女が共に舞う。やがて大きく二つの周りを回った鬼が袖を下ろし正体を現す。

 前方に立ちはだかった鬼と鈿女は舞いながら幾度か交差する。時折猿田彦が間に交ざる。


 脚色された戦闘シーンを終えた三者の面は次第に間隔を置いて別れる。鈿女は手にした鉈を掲げながら、その柄に付いた五色の帯を鬼の面へと巻き付け、掲げた刃を鬼の首へと振るった。

 激しく鳴った鞨鼓は次第に落ち着き、鬼が倒れるのと同じくしてピタリと止んだ。途端に観客の一部から歓声と拍手が起こり、すぐに全体へと伝播した。


 今度は袖で顔を覆った鬼の面を先頭に、鈿女、猿田彦と続き、ゆっくりとお神輿に戻った。


「そう言えばお昼の彼がいないわね……お嬢さん? どうかしたのかしら?」


 一頻り小さな演者たちに拍手を送ったお婆さんは、演目が始まって以来ずっとそわそわしている多嬉ちゃんの顔を覗いた。


「――いないんです」

「どこに行ってしまったのかしらね――。そうそう。彼から『神輿様』のことを話してほしいって言われていたんだわ」


 僕が頼んだことをお婆さんはちゃんと覚えてくれていた。しかし、「いないんです」の前に微かに「()()()()()()」と呟いた多嬉ちゃんは最早それどころではないようだった。


「あの、神楽を舞うのは先程の子たちだけなのでしょうか。御櫃家の女の子も出るはずなのですが」

「そうだったのね? いつも神輿様に選ばれた子供が舞っているから、てっきり今日もそうなのかと思っていたわ」


 三つの面を付けた小さな巫女たちはすでに簾の奥に戻っている。が、思い返してみれば、三人とも背格好は沙智ちゃんと大差はないものの、白い舞衣に乗った後ろ髪はすべて括られていた。

 つまり、括れるほどに()()()だった。


 確か沙智ちゃんの髪は肩より短く揃っていたはずだ。


「三木屋さん、村長宅の沙智ちゃんって子はご存知ですか?」

「村長さんの? うーん……麗子さんならよく知っているけれど、サチちゃんは聞いたこともないわねぇ」

「ありがとうございます。では、先程おっしゃっていた『神輿様』のことをお聞きしてもよろしいですか?」


 沙智ちゃんの行方が分からなくなった今、緊急事態であることは間違いない。だが、一呼吸置いた彼女は慎重にお婆さんと向かい合った。

 この場において『神輿様』という新たな言葉が出てきたことに、彼女は事件と何らかの関連性があることを感じ取ったらしい。


 お婆さんは神輿様に関する情報と、三木屋商店の常連であった女の子がお神輿に乗った翌月から行方不明になっていることを彼女に伝えた。


 神輿様、行方不明の少女、神隠し、お祭り前後に村を出入りする複数人の元容疑者。


 親切にしてくれたお婆さんにお礼を述べた彼女は余韻に浸る群衆を掻き分け、演目が行われた道を逸れ森へと進むお神輿の後を追った。




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