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三木屋商店


『一般財団法人滝野川ESP研究所 

 所長 伍堂 忠義(ごどうただよし)

 ご用命の際は下記の連絡先までお問い合わせください。

 070‐XXXX‐XXXX』


 二人が手にする名刺にそうある。白地のシンプルな名詞だが、余白にはペンで直筆のメッセージらしきものが書かれている。

 主に丸、三角、四角のみで構成された文字。一見するとただの落書きのようにも見えるそれはもう何度も多嬉ちゃんの部屋で目にしたことがある。


「なんだこの落書きは? ふざけているのか」

「……ふふ。『また会おうね』ですって。案外可愛らしい方だったんですね」


 神代文字で綴られたメッセージを空で読み取れる女の子はそういないだろう。照れ隠しのつもりで解読しにくい文字を選んだのか、はたまた彼女の趣味を知ってのことなのかは分からない。ただ、あの巨漢が細いペンを執ってちまちまとそれを書いたかと思うと何だか笑えてくる。

 ちなみに耕太さんの方は『気楽にどうぞ』らしい。


「戻るか」

「待ってください。少しお隣にも寄ってもいいですか」


 歩み始めた耕太さんを引き留めた多嬉ちゃんは、隣の『三木屋商店』を指して言った。今いる荒ら家よりかは遥かに綺麗な商店だが、分厚く先が歪んで見えるガラス戸や古めかしい木造建築が長い年月を感じさせる。

 彼女の誘いに素直に応じるかと思われた彼は何故か渋い顔をしたまま入店を拒み、彼女に一人で行くよう伝えた。


「ごめんくださーい」

 重いガラス戸を跨ぐと木や水飴のようなほのかに甘い香りが辺りに広がった。

 店の奥に座敷が見える、住居と一体になった昔ながらの駄菓子屋といった感じだ。店内に照明は点いていないが、ガラス戸から柔らかく差し込んだ陽光が心地良く棚に所狭しと置かれた大きなガラス瓶を照らす。何本も見える光の筋がゆらゆらと漂う小さなホコリたちを捉え、まるでそれ以外のすべてが止まってしまったかのように思えた。

「冷やかしなら帰んな」

 駄菓子の瓶がある商品棚と座敷との間からしわがれた声がする。

 曲がった腰を更に丸めて棚より低い椅子に座ったご老人。背景とのあまりの嵌り様に、目の前にある丸ボタンの付いた古めかしい茶色のレジスターと一体化したかのように見えてしまった。


「い、いえ――これと、これと……」

 感動のあまり景色に見惚れていたのか、ご老人の一声で我に返った彼女は慌てて手近のドングリガムとすぐ後ろにあるパンコーナーからカニパンを手にした。


「……おじさん。もしかしてこのパン、賞味期限切れてません?」

「文句があるなら買わんでよろしい」

「いただきます……!」


 店主とはかくあるべしといった具合か。豪胆にも確実にひと月は期限が切れているであろう袋パンを陳列し、あまつさえ言葉少なの威圧によって購買意欲をそそる手法。

 彼女はそんな身勝手な販売方法ですら喜んで享受してしまう。奥にある比較的新しい物に代えれば済むものの、わざわざ手前の期限切れを選ぶのだ。徐に取り出した充電切れのスマホを見て心底残念そうにしている。


 その後一通り店内を物色した彼女は、ドングリガム二つ、カニパン(賞味期限切れ)一つの他に、マジックペン一本、富士山が描かれたペナント一つをレジに並べた。

「あとこれもください」

 棚に吊るされた『写るんデス』が加えられる。


 店主はレジに並んだ物をざっと見て即座に電卓に弾き出して見せた。それから何を言われるでもなく茶色い紙袋にそれらを詰めていく。

 心なしか富士山のペナントを見たとき目元が緩んだように見えた。


「祭りを見に来たのかい」

「はい。初めてお邪魔するんですが、おすすめの見どころはありますか?」

「……ま、巫女の舞いを見ないことにはな。今度は交番先の方でやる」

 レジの机を支えにしていた身はついに椅子へと落ち着き、外界からやってきた稀有な美人をうっすらと細めた目に映した。

「『今度』ということは、いつもは違うんですか?」

「去年までは神社の神楽殿でやっていた。しかし、村の年寄りにあの階段は無理だ。今年は村長の計らいで有難く見物できる」

「それは何よりです……。村のお祭りは『神隠し』と何か関係があるんでしょうか?」


 彼女の問いに店主の体が僅かに反応した。しかしすぐに先の平静さのまま「知らん」とだけ答えた。

 年齢は八十を裕に超えているであろう店主が「神隠し」に詳しくないはずがない。たとえどれだけ偏屈で他者との関わりを持たない者であっても、狭いコミュニティの中で「事件」を知らずに置くことなど不可能に近い。だが、店主はそれ以上頑なに口を開こうとしない。


「この中の物って購入できるんですか?」

 彼女は店の隅にある文房具や雑貨の置かれた棚の引き出しを指して言った。引き出しには何か文字が書かれていたらしいシールが貼られている。

「欲しい物があるなら見せてみな」


 言質を取った彼女は早速引き出しを開ける。

 二つあるうちの一つは空、もう一方には発煙筒と下敷きになった羊皮紙の束がいくつか入っていた。

 レジには発煙筒一本とB5サイズの羊皮紙三枚一組が加えられる。


「1890円」

 もう一つの紙袋に追加の二つが詰められ、支払いが催促される。財布から取り出された1900円が並ぶと、店主は仏頂面を更に強張らせ多嬉ちゃんとお金とを何度か見比べた。


「年寄りをバカにしておるのか。こんなガラクタで騙しおって」

「え?」

 彼女は慌ててレジに置かれたお金を一通り見直した。そして何も問題がないことを確認する。

 一向に「反省の色がない」ことに怒りを覚えたらしい店主は腕を組んだまま彼女のことをじっと凝視した。しかし、至ってまじめに本物の貨幣を使用したつもりの彼女はその後数十秒の間、店主を見返すことしかできなかった。


 ふと店主との視線を切り、もう一度お金を見返した彼女はようやくその紙幣が《《偽物》》であることに気付いた。よくよく見れば五百円玉の形も百円玉の年数も大半が「偽物」だった。

「すみませんでした!」

 急いで北里柴三郎の千円札と硬貨を財布に戻し、お守りにしていた夏目漱石のお札を二枚取り出した。丁寧に透明スリーブの中に保管されていたものだ。


「……これもダメだな。しかしよくできている」

 彼女の慌てぶりから何となく「悪気がなかった」ことを悟った店主は2000年に発行された方のお札を日に透かして見た。

 徐にレジをガチャガチャ動かした彼は使える方のお札を中に納め、お釣りの硬貨を取り出した。


「いいんですか?」

「ああ。お陰で勉強になったよ。こんなものが出てくるようじゃ、すぐに新しいのを作らにゃならんなぁ」

 手にしたままのお札を何度も光に照らして見る店主の表情は何だか楽し気だ。まるで新しいおもちゃを手にしてはしゃぐ子供のようだった。


 渡された紙袋を抱えた彼女は「偽札」に夢中な店主に一礼してガラス戸に手を掛けた。

「交番を訪ねてみるといい」

「――わかりました! ありがとうございます!」


 店を出るとすぐ軒下に耕太さんが立っていた。頑丈になった身体とはいえ、やはり炎天下は堪えるらしい。先程購入したドングリガムを断った彼に、待たせてしまったお詫びもかねて商店前の自販機にある冷えたお茶が贈られた。


「調べたいところが増えました」

「そうか。なら手分けした方がよさそうだ」


 時刻は間もなく十二時を回る。回りたい場所は、先ず交番、村の地図にあった『平岡会堂』、中津のいる社宅、あとは沙智ちゃんの現状も知りたいところだ。

 ここから社宅や神社までの距離のことを考えると、まだ日が高いが夕方頃から始まるお祭りまではさほど猶予がある訳ではない。手分けをするのが賢明だろう。


「ここからだと平岡会堂が近い。俺は中津の所に戻ってテープの内容を聞いておく。その後沙智の様子を見に行くつもりだ。四時頃を目途に一度俺の家で落ち合おう」

「分かりました。お気をつけて」


 別れ際、耕太さんは彼女に鍵を一本手渡した。付いているタグには『平岡会堂正面口』と書かれている。

 何故こんな物を彼が持っているかは分からない。鍵は打痕や傷だらけで、タグに入った紙は日焼けし半分土に還りかけている。




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