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ラーメン浄土


 カラカラカラッ


「らっしゃいま――?」

 薄暗い照明に六人掛けのL字カウンターテーブル。

 燦燦と降り注いだ陽光と店内の薄暗さとの差が際立つ。僕の来店を音で判断した大将は水の入ったコップを所在なげに流しに置いた。


 真夏だろうと暑くはない。しかしこうしてシャワシャワと蝉の音を外に聞きながら日陰にいるとどうにも落ち着く。


「そんなところで突っ立ってないで、座ったらどうだ?」

「――え、ええ……?」


 左奥にある二席を事実上陣取った男が僕に向かって的確に言った。

 紺色のスーツをまとった厳つい男。筋骨隆々、パツパツに盛り上がった背広。軽く十人はヤッていそうな顔面には蟀谷から頬にかけて古傷がある。上背は一九〇を下らない。

 外見だけでいえば間違いなくその筋の者だが、背筋を伸ばして座る姿勢がやたらに良いのが印象的だった。カウンターチェアに浅く腰掛ける所作にも好感が持てた。


 僕に代わって反応した大将を制した男は二つあるグラスの内の一つを横に置き、隣の椅子を指し示した。


「すみません! 替え玉お願いします!」


 男の誘いを無下にすることもできず、言う通りに隣に座る。店内には多嬉ちゃんと耕太さん、大将と強面の男が一人。


 店の外観は屋根瓦が疎らであったり壁板が剥き出ていたりと、お世辞にも綺麗とは言えない荒ら家だったが、内装は無駄な物がなくシンプルでありながら清潔感を感じさせた。店名は『ラーメン浄土』というらしい。


「たとえ幽体だとしても、店に入ったら水の一つでも欲しいもんだよな?」

「……あの、ゴドウさん? そちらにどなたかいらっしゃるんで――」

 ゴドウと呼ばれた男は再び鋭く大将を制し「シッ」と口元に指を立てて見せた。意図してやっているかは定かでないが、鋭い目つきがそれに伴い瞬時にして大将を委縮させた。


 彼が悪い人ではないことは感覚的に分かる。だから「何かされる」という心配はほとんどしていない。それより僕は先から彼女に気付かれやしないかと内心ヒヤヒヤしていた。


「ごちそうさまでした! 美味しかったです!」

 彼女はどんぶりをカウンターに上げて帰り支度を始める。どうやら男とのやり取りなど眼中になかったようだ。

 ただ、隣でじっとスーツ男を視界に入れる耕太さんには油断がならない。


「いずれ君ともゆっくり話してみたい――。そこのお二人! 少しお話、いいかな?」

 僕に軽く挨拶した男は、会計を済ませて今にも店を出ようかという二人を呼び止め四人掛けの方へと移った。示し合わせたかのようにカウンターを開けた大将は表の暖簾を内へと引っ込めてしまった。

 時刻はまだ午前十時を回ったばかり。まさかこの期に及んで引導を渡すつもりではあるまい。何せここはすでに『浄土』である。


「私は伍堂ごどう。しがない便利屋をしている者だ。単刀直入に言おう――君が持っている『短刀』を譲ってほしい」

 伍堂は唐突に多嬉ちゃんが麗子さんから預かった籠目の紋が入った短刀を所望した。何故男が短刀について知っているかは不明だが、求めるからには何かしら短刀に関する由縁や、少なからず御櫃家について情報を持っていると見ていいだろう。


「それはできません。先ずこれは私の物ではありませんし、この村を良くするために使うことを約束しましたので」

「――うむ。まったくその通りだ。では差し出がましいようだが、その短刀の扱い方について話してもいいだろうか?」

「その前に、懐の手をどうにかしたらどうだ」


 先から二人の様子を観察していた耕太さんが男の行動を指摘した。

 男が即座に懐から手を抜くと、あろうことか拳銃のような物まで一緒に出てきた。もう一方の手にしていたシルバーのアタッシュケースと問題のそれが大将の引っ込んだカウンターの上に置かれる。


「すまない、悪気はなかったんだ。しかし未知の物と関わる際には警戒するに越したことはない。木滝くんが所持する霊刀は未だ不明なことが多過ぎる」

「仮にそれが本当だったとして、短刀をどうするつもりだったんだ?」


 奥に引っ込んでいた大将がカウンターに戻る。大将は氷と麦茶が入ったグラスを四つ並べ、張り詰めた雰囲気の三人の顔色を窺った。


「あわよくばこの金で、それでもダメなら銃も付けて手を打ってもらう。それから先はその短刀の用途に従って有効活用させてもらうつもりだった。由緒ある霊刀は『怪異』を切るのに重宝するからね」

「だからといって――」

「怪異が切れるんですね? 是非使い方を教えてください」


 未だに警戒を厳にする耕太さんとの間に割って入った彼女は男の発言に興味津々だった。詰め寄られた男は「立ち話もなんだから」と笑いながら空いている席を勧めた。


「先程から引間くんが気にしているこの銃だが、銃本来の使い道はなくなっている。つまり『撃たれるかもしれない』といった心配は無用だ。ただし無用の長物という訳でもない。調度品としての価値は勿論、クセは強いが特殊な使い方もできる。でなければ交渉の材料に持ち出したりはしない」


 ルガーP08。トグルアクションの独特な動きから「尺取虫」の愛称で呼ばれるらしいその銃は、男によると本来は軍事目的に製造された物の一つでしかなかった。

 しかし、製造されてから百年ほどの歴史の中で五回も「決闘」に使用された一丁は人伝に様々な逸話を残してきた。

 その内の一つが「必中」。一度銃口を放れた弾丸は過程は違えど必ず狙ったものに命中する――にわかには信じ難い話だ。


「眉唾ものだと思うかもしれない。だが、逸話が真実でないとも限らない。殊に怪異とは、由緒ある神話や根も葉もないような噂話までもが基になって表れるものだ。そういったものには『できるだけ長い歴史を持った』伝承や逸話、いわくつきの物がよく効く。むしろそれしか効かないことの方が多い」

「伍堂さんは試したことがあるんですか?」

「もちろんだとも。性能は折り紙付きだ。実体化した怪異にもある程度効くだろう」


 ということは夜中に徘徊するアレも、はたまた地下で捉えられていたあの毛むくじゃらにも効果があるということか。それは是非とも手にしたい代物である。


「とは言え、君がその短刀を『使う』と決めたのならば、そこには強い意味が生じたはずだ。人の意志は事物に大きく影響する。

 『斬れる』と信じて斬ることだ。触れたこともない銃を持つよりずっと信頼の置けるものとなるだろう」

「銃については分かった。ところで、あんたと安戸先輩の関係を教えてくれ。先から妙に親し気なのが気になる」


 懐に銃を納めた男は徐に大将の方を見遣り、頷いて見せた。


「お二人とも、先ずはご質問にお応えできなかったことについて謝らせてください。わざわざ店まで出向いていただいたのに何もできず、申し訳ありませんでした。ですが『村に関してほとんど何も覚えていない』ことに偽りはありません。私はただこちらの所長、いえ、伍堂さんに協力を依頼され再び村を訪れた次第でして」

「その通りだ。私はこの村に何の『縁』もなかったため、()()うちのメンバーであった安戸くんに無理を言って協力してもらったんだよ。彼は家族のこと以外の『旧オビツキ村』に関する情報の一切が綺麗に記憶からなくなっている」


 男の口ぶりからすると「何らかの力」が安戸さんに影響し、故意に記憶を消されたとも解釈することもできる。だとすると他にも過去に村を脱した者の中には同じ症状を来した者がいてもおかしくはない。

 だがこれについては今のところ確認のしようがないため、本当に安戸さんが「記憶喪失」であるかは一旦保留とする。


「どうして村を訪れる必要があったんですか? まさか多面の生物や、大きな猿のような生物を退治しにいらしたんでしょうか?」

「残念ながらそうではない。私たちの目的は、彼らを媒介として現れるであろう存在を元通りに返すことだ。しかし、見たところ村における『儀式』はすでに完成してしまっている。よって私は一足先に村の外にまで拡大してしまった儀式を食い止めることに専念したいと思う」

「――ちょっと待て。『一足先に』とはどういうことだ?」

「そのままの意味だ。元々この『仮初の村』において私たちは《《存在していない》》。今は安戸くんを介してこちらとつながってはいるが、じきにこの店ごと消失する。君たちはまだやるべきことがあるのだろう?」


 男は二人に名刺を差し出し、アタッシュケースから取り出した一枚の地域地図を多嬉ちゃんに託した。地図には『相神原さがみはら上渠(かみみぞ)地区』と記されている。


 彼がケースを閉じる際、一瞬ではあったが五〇センチ幅はある中にぎっしりと札束が詰まっているのが見えた。どうやら彼女の持つ短刀を金と交換しようとしていたのは本当だったらしい。


「結局のところ、時間とは感覚的な差異でしかない訳だが、その感覚に頼らざるを得ないのが現状だ。我々が立ち向かうべき相手とは大概が感覚に依存する存在なんだ――急ぐに越したことはない。その地図には次に君たちが向かうべき場所を記してある。是非活用してほしい」

「『儀式』によって現れる存在とは、私たちに対処できるものなのでしょうか?」


 村に忽然と現れた伍堂という男。未だ不明な点を多く残す彼だが、まだまだ聞きたいことが山ほどある。しかし、どうやら彼や安戸さんが村に留まるのに時間的な制約があるらしく、尋ねるべき疑問は必然的に絞られてしまう。


「それについては会ってみないことには何とも言えない。ただ、できる限りの準備を整えてから対処に臨みたい」

「俺からも一ついいか。現実の暈原はその地図の場所にいるのか?」

「そうだ。この村の元凶も概ね彼と見て間違いない。もっとも、彼がつけ入る()()は古くから村にあった訳だが――」


 巻き込まれたら危ない、とのことで店から追い出された僕らは、多くの疑問符を残したままガラス戸の向こうにいる二人に見送られる。

 外の二人は気付かなかっただろうが、伍堂さんは頻りに僕の方にも手を振っていた。


 真上に昇った日がじりじりと僕らを焦がし、辺りには朝よりも断然勢いを増した蝉たちが一斉に性を謳歌している。

 狐につままれたような心持ちで、僕らはポツンと陽炎の端に立ち尽くした。


 外界とのつながりを自覚した瞬間、先までラーメン屋であった荒ら家はただの廃屋と化していた。




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