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パムルゴニアの冒険者たち  作者: 不思議OHP
第二章 大襲撃の夜
39/50

39 『ぬ』

「で、どうするよ!」


 ガブの切迫した声が通路にこだまする。その問いに誰も答えることができないまま、走る足音だけがひたすらに鳴り響いた。


 壁を伝い、まるで洞窟自体がうごめくように囁き声が振動する。


 複雑に曲がりくねった通路をやみくもに駆け抜けた。マップをいちいち確認している暇もない。背後の暗闇から迫る声は少しずつ近づいているように思えた。行き先もなくひたすらに暗闇の奥へとどんどん入り込んでいくその行為は、ただ時間を稼ぐためだけの当てもない逃走だ。


 誰もさっきの出来事については口にしなかった。爆発するガーディアン。慈しむようにそれを抱き止めたニアの涙――


 ――でもそれだけじゃない。あの時本当に起こった事を俺だけが知っている。誰かに話そうものなら頭がおかしくなったと心配されても不思議じゃない。そもそもが夢の話。まるでこの状況こそが、夢の続きにあるみたいだ。


「このまま奥に進んでも袋のネズミだぜ!」


「わかってるけど! じゃあどうすればいいの!?」


 ガブの言葉にミレイが声をあげる。焦りと苛立ちで語気は強い。しかしそんな状況も俺にはどこか遠くに聞こえる。意識はいまだ先ほどの夢の中にあった。曖昧で、混乱して、定まらない思考。何も考えられない。


 目の前の暗闇はまるで俺達を飲み込むように何処までも広がっていた。その口の中へ、俺達は自らいざなわれる。


 昨日までは日常だった。帰ってきて、ログインして、眠くなるまで遊んで、眠くなっても遊んで、なんならそのまま寝て。


 文字通り、どこかおかしな場所に迷い込んでしまったような気がする。思考はオオカミたちとのやり取りをなぞり、グルグルと回る。覗き魔。運営。ニア。外の手。記号。理。覗き魔。運営。ニア。外の手。記号。理……


 ふと気付けば、先を走っていた皆の背中が近くにあった。立ち止まってる。ガブを蹴飛ばしそうになり、危うく止まる。


 目の前の分かれ道。どちらに進むべきか考えているようだ。先頭のレドさんが振り返り訊ねる。


「ガブちゃん、この分かれ道の先どうなってるか知ってる?」


 二つの通路が闇に浮かび上がっていた。暗く狭い通路と、より暗く狭い通路だ。つまりどっちを選んでも大差ない、ように見える。


「ん、たしか……このまま進めば旧地下水道のさらに奥。ダンジョンの最深部だな。右の脇道はもっと狭くて入り組んでるけど、最終的にはカリアの民家の地下室に繋がってたと思う。今来た道を引き返すくらいならこのまま進むべきだとは思うけど」


 地上に戻っても意味はない。下水道よりも多くの魔物が待ち構えているだけだ。答えは一つだろう。このまま下水道の最深部まで逃げる。


 ガブの言葉を受けて数秒考えた様子を見せたあと、レドさんはあっけらかんと言った。


「よし、決めた。地上に出よう」


 レドさんの提案に全員が驚きの表情を見せる。ガブが信じられないと言うように食って掛かった。


「いやいや! 地上に出たらあっという間にやられちゃうって! おじさん頭大丈夫!?」


 レドさんの顔をいかにも心配そうに覗き込みながら言う。


「だからってこのまま進んでも袋のネズミだって君が言ったんでしょ」


「いや、そうだけどよ……。言っときますけどチンチクリンのガーディアンもぶっ壊れたんだぜ」


「そんなの僕だってわかってるよ! 議論してる時間もない。このまま逃げて追い詰められるか、こちらから打って出るか、今すぐに決めなきゃならない。どのみちニアを守れないなら可能性のあるほうに賭けるべきだ。正直、策も有ると言えば有るけど無いと言えば無い。もう少し考える時間が欲しい! だけどこの暗闇の奥に進むのが間違ってるのは明白だ。猿でもわかる。それにほら、昔から良く言うじゃあないか。複数のチンピラに絡まれた時は狭い路地に逃げ込めってさ! 一対一の状況を作って一人づつを……え?一対一なら勝てるのかって? いや、それは知らないよ!」


 レドさんはそこまで早口でまくしたてると、みんなの返答を待っているのか黙りこんだ。


 そうこうしている内に、下水道に響く囁き声は段々と大きくなっていく。敵は間違いなく追ってきていた。時間は無い。今すぐに決断しなければならなかった。どのみち一刻の猶予もない。


「わたしはみんなに任せるよ~。ほとんど役に立たないけど」


 ベルさんが手を上げて答えた。続けてミレイも歩みでる。


「んー、レドさんに何か作戦あるならわたしも任せるけど。どのみちガブちゃんが言うように袋のネズミだし。あ、ネズミって言っちゃった」


 ガブは、いかにも面倒くさそうに鼻をほじりながら後に続いた。


「まあ、好きにすればいいよ。俺はもともとこのチンチクリンがどうなろうと知ったこっちゃないんだ」


 そして全員の視線が俺に注がれる。

 俺の答えを待っている。


 俺はどうしたいのか。

 どうするべきなのか。


 考えようとしてもうまく思考がまとまらない。あの夢の名残りが俺の頭を支配していた。ミレイに抱かれたままのニアへ自然と目が向く。さきほどの涙が幻だったかのようにまるで人形のように動かない。


 俺は……

 

 俺は……

 

 今すぐログアウトしたい――


 唐突にそう思った。


 そうだ、こんなのはおかしい。普通じゃない。昨日までは普段通り冒険していたはずだ。でもこんなのは違う。全然違う。


 そもそも。このVRヘッドギアってなんなんだ? これまで疑問も持たずに遊んでいた。脳波を読み取るってことは脳に直接繋がるってことだ。危険だらけじゃないのか。俺の頭、脳みそ、身体、感覚、全部に影響が無いなんて言えるか。オオカミの言った言葉を思い出す。『君は思考がシンプルだから繋げやすい』。俺の考えを解析してるってことだろ。それもゲームの中のシステムが。


 すぐさまヘッドギアを外したい衝動に駆られた。外して、ぶん投げて、破壊して、そして寝る。普通の、ごく普通の夢を見る。明日からはゲームをやめる。毎日早く寝る。浮いた時間で自炊とかする。別の趣味を見つけたっていい。運動して健康になる。筋肉つけて自信もつける。身体が健康なら心も健康だ。仕事も頑張る。クソみたいな仕事でも頑張る。日常を生きる。俺の日常を。


 ニアは普通のNPCじゃない。わからないことだらけだけどそれはわかる。でも所詮、ニアは記号だ。ゲームの中の記号。ただそれだけのもの。生きてる人間じゃない。ここでやめても何の支障も、影響もない。


 答えは決まった気がした。ログアウトだ。俺がそんなことを言ったらみんな驚くだろう。でもそれが今すべきことだ。


 「俺は……」


『記号それぞれに意味を見出し、物語を想像する』


 オオカミの言葉が頭をよぎる。確かにそうかも知れない。現実ですら記号の連続だ。生きている人間に対してもそう。表情や仕草で感情を読み取り、認識の連続の中で生きてる。リアルとゲーム、何が違うというのか。違うとすれば、俺達のいるこの世界に意味なんてない。


 胸の中の何かが俺の言葉を遮る。今日、仕事から走って帰ってきた自分を思い出す。子供みたいだ。子供みたいにワクワクしてた。いや、今もしているのかも。この胸の高鳴りに従いたい。いやしかし、でも、でも俺は……。

 

 俺は……。


 俺は……。


 ログアウトを……す、す、す、す、す、


「ぬ!」


「へ?」


 思わず口から出た俺の『ぬ』に一同が首を傾げた。


「フジくん、『ぬ』ってなに?」


「あ、いや、なんというか……」


 俺は自分の気持ちをどう説明したらよいかわからず口ごもる。そんな俺を無視し、レドさんは勝手に話を進め出した。


「結構な間があったが、フジくんは『ぬ』ということらしい。素晴らしい意見だ。ありがとう。では決まりだ」


「……」


 いや、俺の考えなんて『ぬ』でいい。わからん。自分でも結局よくわからん。オオカミたちが言っていたように、俺の思考回路なんて単純だ。あれこれ考えても仕方がない。『ぬ』。それだけでいい。後のことは後で考える。この暗闇を抜けたら。この長い夜が終わったら。そして、ニアを守り切ることができたら。


 俺はもう一度、自分に言い聞かせるようにその一文字を口に出した。


「ぬ」


「ちょっと、さっきからなんなのそれ。こんな時にやめてよ」


 そう言ってミレイが笑う。


「ぬ!」


 ベルさんが鼻息荒く俺を真似た。それを見てガブも吹き出す。


「よし、一応全員の総意は『ぬ』ということで。聞いたからね! 僕の独断じゃないよ! 後で文句言っても受け付けないから!」


 そう言ってレドさんは地上へ続く通路に向かって駆け出した。その後を追い、皆が動き出す。


「説明してる時間が無い! 作戦は走りながら話すけど結論を言えばこうだ!」


 続けるレドさんの言葉にはいよいよもって絶望の響きしかなかった。


「地上に出てあのでかいドラゴンを倒す! それしかニアを守る術はない!」


 

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