第5章 狐の3賢者
皇帝シヴァとの謁見を終え、宮廷の出口へ向かう途中、セレステが七袖にふと尋ねた。
「皇帝シヴァとあなたの間には何か因縁でもあるの?」
七袖はいきなり不意を突かれドキっとしたが、平静を装いながら答えた。
「なぜそんな事を聞く、セレステ。」
セレステは人差し指を顎の方へ置き、王宮の天井を見上げながら続ける。
「なんとなくね。ただの緊張…なのかもしれないけれど。皇帝の前でなんだか一瞬…あなたの殺気を感じた気がしたの。」
(鋭いな…)と七袖は思った。
七袖は浅いため息を吐いて答えた。
「それならあの血の気の多そうな皇帝が黙っていないだろう。」
セレステになら話してもいい筈なのに、適当な言葉が見つからない。七袖は自分の事を誰かに話すのが苦手であった。その内容が過去のものであればあるほど。
「そうかしら、あの皇帝さん。きっと気の強い女性がタイプだわ。」
セレステはいつも誰かを不快にさせたり、気まづく感じさせない様に、決して一線を越えようとはして来ない。
七袖がいつか話したくなったら話せばいい。
そう言われている様な気がした。
すると、突然彼女達はある3匹の…、いや3人の老人達とすれ違った。
老人達は狐の様な耳を頭の上に掲げ、その顔をそれぞれ白い布で覆っている。
白い布には数字と思われる異国の文字が書かれている様だ。
「一尾殿、例の娘はいない様ですぞ。」
「二尾殿、どうされましょう。どうされましょう。」
「我は三尾、其方、例の娘は連れていないのか。」
獣人属の老人達は七袖とセレステに尋ねた。
(ハヅキ様の事を聞いているのかしら…)セレステは警戒する。
さらに危機感を感じた七袖は老人達に言った。
「老師様、先を急いでおります故。」
そのまま立ち去ろうとする七袖とセレステに、狐の老人達は尚も食い下がる。
「一尾様、例の娘はいない様ですぞ。」
「二尾様、どうされましょう。どうされましょう。」
どうやら3匹の年老いた獣人には名前がある様だが、姿形があまりにも似ているため、七袖達が判別するのは難しい。
「我は三尾、託宣の子は何処か。かの者の片割れを連れてはいないのか。」
老人達はさらに騒ぎ始め、周りに宮廷に使える者達が集まり始めた。
「逃げるぞっ!」七袖はセレステの手を掴むとそのまま走り出した。
「な、何なのかしら、あの狐さん達!?」とセレステが走りながら尋ねる。
「構っている暇はない、行くぞ!」と七袖は先を急いだ。
その3匹の狐がこの陽王朝で宗教的な存在であると知るのは、その出来事をオングに報告した時だった。
皇帝シヴァの全て見透かした様な言葉や、不思議な狐の3賢者との遭遇。早々にハヅキの正体を暴かれるのは一同にとって驚異だった。
しかし、その後宮廷からハヅキの前に陽王朝の兵士達が現れる事はなかった。
そのため皆この時、一応事なきを得たと勘違いしたのだ。