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12/21

夏の出来事

 ゆりさんたちとの食事会で自信をつけた悦ちゃんは、久しぶりの飲み会へと出席した。


 乾杯をしながら、ざっと部屋を見渡して。

 確かに。広尾たちから聞いたみたいに、半分近く知らん顔が居った。

「おーい、野島。ちょっと、こっち来ーい」

 乾杯のグラスをテーブルに置くと同時に、三年生のテーブルから声がかかる。

「ちょぉ、待ってください」

 返事を返して。行きがけの駄賃とばかりに、形だけ、と入れられていた悦ちゃんのビールを片付ける。

「ちゃんと、『嫌や』って、言いや?」

「うん、だいじょうぶ」

 念を押した俺を安心させるように、悦ちゃんの目が細くなる。

 その頭を軽くなでて、自分のグラスとビール瓶を一本もって立ち上がる。


 呼ばれたテーブルでは上座に当たる席に、『おまえは、悦ちゃんの見える所がいいだろ?』と、座らされて。差しつ差されつで酌み交わす。

「今日は、暴れるなよ?」

 今年の代表になった高見さんに釘を刺されながら、グラスに口をつける。

「俺、一回も暴れたりしてませんやん」

 いつも静かに隅っこに居るのに。

「口が暴れてるだろう?」

「えぇ? ひどいわぁ。こんなに人畜無害な男捕まえて」

「人畜無害が、チンピラみたいに凄むかよ」

「あれ、凄んだうちに入ります?」

 かわいいモンやと思うけど。高校生の口げんかレベルやん。ちょっと、ガラ悪いけど。

「『ワレェ!』なんて、俺、テレビでしか聞いたこと無いし」

 東海林さんが笑いながら、俺のグラスにビールを入れる。お返しに彼のグラスに注いだビール瓶をテーブルに置きながら、悦ちゃんの様子を見る。

 俺が座っとったところに、一年生らしい女子が居って。悦ちゃんは、軽く首を振るようにしながら何かを言っている。

「おい? 野島?」

「あ、はい」

「大丈夫だって。二、三年は悦ちゃんに酒飲ますような命知らずなことはしないだろうし。あれだけ、悦ちゃんの周りを二年生が固めてたら、一年生も無理強いはしないだろうし」

 そこまで言われて初めて、俺は自分の肩に力が入ってたことに気づいた。


 俺自身が、周りを信じられんようになってどないするん?

 悦ちゃんを守るためには、周りの力も必要やで?


 久しぶりに飲み会に参加した俺をしばらく話し相手にしとった先輩らから、解放されてそそくさと元の席へと戻る。

 時々、流星のように現れる一年生からの酒を断りながら、悦ちゃんは何とかやり過ごせたらしい。

 『頑張ったんやな』と、彼女の頭で手を弾ませると、うれしそうに悦ちゃんが笑った。


 今年の夏祭りをどうするか、なんて話題で盛り上がっとるところに、新たに現れた一年生の男子が悦ちゃんの正面、木下が移動した後の空いとった席に腰を下ろした。

「野島さん、一杯どうぞ」

「うん? ああ、ありがと」

「ゴールデンウィークのライブ、行きました」

 差し出されたビールをグラスで受けて。

「ホンマ? ありがとうな。今度、またあるから、よろしく」

「はい。行かせて貰います」 

 相手のグラスにも注ぐ。

 互いにグラスを掲げて、口をつける。

 半分ほど飲んだところで、一年生が俺の隣でぼんやりしとる悦ちゃんに声をかけた。

「灰島さん、でしたっけ?」 

「あ、はい」

 何で、悦ちゃんの名前、覚えとるねん。

 暗い想いが胸に渦巻く。あれ? 俺、酔うとる?

 そんな俺を知らずに、一年生が悦ちゃんにビールを勧める。

「おい」 

 なんのつもりやねん。

 剣呑になった自覚のある声に、悦ちゃんが俺の手をきゅっと握った。

 その刺激で、我に返る。周りの二年生が、息を殺すように俺たちを見守っている。

 悦ちゃんは、俺と目が合うと、軽く微笑んでみせた。

「ごめんなさい。飲めないので。他の方に」

「またまた、ご冗談を。そんなこと無いでしょう?」

「いえ、本当に。飲めない体質で……」

 やんわりと断りながら、手でグラスにふたをする。


 一年生が、あきらめたようにビール瓶をテーブルに戻した。


 『ほら、頑張ったの』

 悦ちゃんの声が聞こえた気がする。どう? と言っているような彼女の細い目に、自分の口元がほころぶのが分かった。

 残っているビールを飲み干して。


 ちょっとだけ、この一年坊主にお説教やな。


 『悦ちゃんの分、俺が貰う』と、お代わりを注がせながら、

「嫌がっとる相手に酒を無理強いしたらアカンよ。大人やねんから」

「はぁ」

「楽しんで飲んだほうがええやん? お互いに。それに、お酒の神さんにも失礼やし」

 突然のお説教に、戸惑い顔の一年生。 その顔を見ながらグラスに口をつけたところで、横手から声がした。

「なんだ、それ」

 いつの間にか一年生の右隣、俺の正面に座っていた三年生が、悦ちゃんに料理を取らせながら、自分は手酌でビールを注いでいる。

「日本酒って作る時に、お清めをするやないですか」

「へぇ。そうなの?」

 俺の言葉に、取り箸片手に悦ちゃんがこっちを向く。

 ああ、エビが落ちそうやで?

「あれ? 知らん?」

 皿からこぼれそうな小エビのから揚げを指差すと、悦ちゃんが慌てて両手でとり皿を支える。

「小学校の社会見学で、酒造工場に行かんかった? なぁ、行ったやんな?」

 話に巻き込むように一年生に訊いたら、目を丸くして横に首を振る。悦ちゃんから皿を受け取った三年生も苦笑いをしながら

「普通、小学校では行かないだろ?」

 って。あれ?

「俺のところでは、行ったけど……」

「お前、灘五郷の近くだからだろ?」

「あー、そうなんや」

 一般的、な話とは違うんや。知らんかった。

「まぁ、ええわ。とにかく、お酒は作るのに神さんにも助けてもらってるのやから、粗末に飲んだらアカンって話です」

 そう締めくくる。


 神さんに助けてもろたお酒で、女の子をどうこうしようってのは、バチ当たりやねんで?

 一年生、ちゃんと覚えときや?

 でないと……人間が”罰”をあたえるで? 



 翌月の夏祭りは悦ちゃんと二人で行った。

 納涼会の席では、『今年も二年生で揃って……』って話も出たけど。横から何人もの一年生が『私も入れてくださーい』とか言い出して、これが”ユキ”目当ての子らか、とうんざりしてしもて。

 宣伝効果、考えたら一緒に行って”営業”したほうがええのやけれど。


 ちょっと、悦ちゃんと二人にしてほしい、なぁ。


 この日も駅で待ち合わせをした。

 軽やかに下駄の音を立てて悦ちゃんが改札を抜けてくる。

 よし、今日は勝ち。明日は、快晴。


 神社へと向かう人々の緩やかな流れにのってブラリブラリと歩く。浴衣を着ている悦ちゃんの、カラコロと言う下駄の音に自然とつないだ手の指先がリズムを叩く。それに答えるように悦ちゃんの指が俺の手の甲を叩く。

「あ、リョウや」

 互いに周りより頭半分はでかいから、よう見える。

 特に、リョウは今……。

「どうしたの? あの髪」

「すごいやろ?」

 金髪は相変わらずやけど。夏休みに入る前、更にオレンジと緑が微妙にミックスされた頭は、人ごみの中でも段違いに目立つ。

「この前、オフクロさんには、『インコか』って言われたらしいで」

「インコ?」

「セキセイとは違って、あれやで。南国の、長ったらしい名前のインコ」

「ああ」

 頭の中で、イメージができたらしい悦ちゃんがクスクス笑う。


 そんな俺たちに、向こうも気づいたらしい。目が合ったから、手を振ってやると、あっちも軽く手を上げて挨拶してきた。

 その横で、リョウの腕にぶら下がるように登美さんが居るのが見えた。 

「また、顔を合わせたら、ややこしそうなのが一緒に居るな」

 ボソっとつぶやいた俺の声が聞こえたらしく、悦ちゃんの手に力が入る。

 このまま行ったら、どうせどっかで顔会わせる事になりそうやし。

「ちょっと、やりすごそ?」

 そう言った俺の言葉に頷いた悦ちゃんと、ラムネを買って鳥居の根元で一休みすることにした。


 この夏祭りにひとつ。俺は、チャンスを狙っとることがあった。

「なぁ、悦ちゃん」

「はい」 

 呼びかけたものの、ちょっと躊躇してしもて。まっすぐに悦ちゃんの顔が見られへん。

 それでも、何とか言葉を紡いだって言うのに。

「聞いてる?」

「え? あ」

「もう。人が一生懸命に話しとるのに……」

 ひどいなぁ。何で地面に落ちたタコ焼きなんか、一生懸命見とるん?

 ラムネを一口飲んで、仕切りなおしや。

 今度は、悦ちゃんの目を見ながら。

「今夜な、うちに泊まって、って。アカンかな?」

「さすがに、両親が……」

「そうやんなぁ」

 やっぱり、アカンわなぁ。

 こんな時、悦ちゃんが自宅生なことが恨めしい。

「それに、明日浴衣で帰るのは……」

「着付けが、無理?」

「いえ、それはできるけれども。ちょっと恥ずかしいというか」

 『朝帰りが……』小さい声で、ゴニョゴニョ言う。

「あぁぁ。ホンマや。俺、何考えとるんやろ」

 明日の朝。通勤ラッシュの電車に、思いっきり朝帰りを宣伝しとる状態の悦ちゃんを乗せる気やったんか。俺のアホが。


 飲み差しのラムネのビンを額に当てて、頭を冷やす。

 忘年会のどさくさに紛れた”初体験”。仕切りなおしの、ええチャンスやと思ったのに……。


「そろそろ、行こか」

 気を取り直して、鳥居をくぐる。

 神社やで? 神さんに失礼なこと、いつまでも考えとったら、アカン。

 自分に言い聞かせながら、悦ちゃんの手をとる。


 そやけど。 

 手水舎で、手を清める悦ちゃんを見てたら……熱が篭る。


 ごめん、神さん。

 ちょっとだけ、目ぇ瞑ったって?


 お参りを済ませた悦ちゃんと二人、社務所の横を抜けて人通りの少ない場所へと入りこむ。

「悦ちゃん」

 目を瞑ってくれとるはずの神さんに聞こえんように、小声で呼んで。悦ちゃんの頬に手を添える。

 夕焼けに映えたような悦ちゃんの赤い頬に、心臓が煩いほど鳴る。

「怖い?」 

 そろ、っと尋ねると、一瞬肩をすくめた悦ちゃんが、首を横に振る。

「嫌やったら、ちゃんと言い」

 初対面の時と同じように、『ノー』の返事が仕草で返されて。

 悦ちゃんのまぶたがそっと閉じられた。


 脅かさんように、そっと額に触れる。

 そして、左のまぶた。

 最後に赤く色づいた柔らかい唇に。


 半年ぶりのキス、に、体中を血液が走り回るのが分かった。


「大丈夫やった?」

「はい」

 掠れたような悦ちゃんの返事が、どうしようもなく愛おしくて。

 全身で悦ちゃんを抱きしめる。

 俺が使っとるシャンプーとは、当然違う香りがする髪に、顔をうずめる。

 いつもは耳の辺りから掬い取った髪を髪飾りでまとめとる悦ちゃんの、普段は目に入ることの無い襟足が目に入る。

 うなじ、やぁ。やっぱり白い、なぁ。

 不埒なことを思って、ほの白い衿の内側に視線を落としとった俺に気づいたように悦ちゃんが、腕の中でクスクスと小さな笑い声を立てた。

「どないしたん?」

「ユキちゃんがテーブルを叩くのと、心臓の音と、リズムが違うなって」

「当たり前やん。あんなリズムで心臓動いたら、死ぬわ」

 どんな、変拍子やねん。三連符で心臓動いたら、アカンやん。

 そんなことをツッコミながら、体に伝わる悦ちゃんの心拍と同調させるように彼女の背中を叩く。

 タン タン タン タン

「これが、悦ちゃんの今の心臓」

「そう?」

「うん」

「ユキちゃんの音じゃなくって?」

「俺、このペース?」

「はい」

 うーん。これはペースにしたら……。

「やっぱり、早いなぁ」

「はい?」

「心拍のリズム。これやったら……百十くらいかな? 動いてないから、普通七十くらいやねんけど」

 頭の中に、メトロノームを呼び出す。

 一分間に七十、と。

 それに合わせて、手の動きを落とす。


 テンポの変わった俺の手に悦ちゃんが、『どうして、七十とか分かるの』と、心底不思議そうに尋ねる。

 伊達に、毎日テーブル叩いてへん、と答えながら。

 ”生理的に自然”なテンポが、男の”生理現象”を呼び起こしそうになる。

 ヤバイ、ヤバイ。


 わざと拍子を変えて。冗談に紛らわそうとしたのに。

「ユキちゃん、遊んでる?」

「そろそろヤバイ。神さんに怒られること、してまいそうや。真っ暗になる前に、参道へ戻ろ」 

 俺の顔を覗くように尋ねる悦ちゃんの表情に、ケダモノが目を覚ましそうになる。

 彼女の顔をなるべく見ないようにしながら、明るい参道へと引き返した。


 参道を中ほどまで、悦ちゃんを引きずるように戻って。

 俺自身がちょっと落ち着いたところで、そういえば屋台、何も見てへんと気づいた。


「悦ちゃん、何食べる?」

 行き交う人の邪魔にならんように、大きな木の根本に立ち止まって、あたりの屋台を見渡す。

 タコ焼き、イカ焼き、ベビーカステラ……。

「ユキちゃんは?」

「そうやなぁ。タコ焼きの気分やないし……」

 タコ焼きには、さっき鳥居のところで話の邪魔された恨みがあるねん。

「あ、焼きトウモロコシ」

「悦ちゃん、トウモロコシ好きなん?」

「はい」

「ここで、待ってて。買ってくるわ」

「ええっと。はい」

「知らん人に付いて行ったらアカンで?」

「大丈夫」

 小学生じゃないから、と目を細めて悦ちゃんが笑う。その頭を軽く撫でて、屋台へと向かった。


 ビニル袋に入れてもらったトウモロコシを手に、悦ちゃんのところへ戻る。

「悦ちゃん、お待たせ。って。どないしたん?」

 彼女は、お参りする人の流れを何やら熱心に見ていた。その視線を辿って。

「……洋子さんか。早いなぁ」

 サクとは似ても似つかん男と腕を組んでいる姿に、二人が別れた事を知らん悦ちゃんが戸惑ったような声を出す。

「いい、のかな?」

「ええんちゃう? この前、『別れた』言うて、サクが落ち込んでたし」

「はぁ」

「いくらなんでも、早すぎるやろ? やから、恋愛ゲームや、言うねん」

 『別れたらぁ、次の奴ぅ』と、適当な節回しで歌いながら、袋からトウモロコシを取り出す。さすがにトウモロコシを振り回す訳にはいかんから、代わりに爪先でリズムをとって。

 次の人、な。どうせサクも学園祭の頃には次の彼女が居るのやろし。


 隣で、トウモロコシを熱そうに指先でもっている悦ちゃんの姿を眺めながら、俺もトウモロコシにかじり付く。

 俺には、悦ちゃんだけやねんで?

 次の人、なんか……考えたこともないねんで?

 なぁ、悦ちゃん。


 半分ほども食べた頃、やったやろか。

「あっ」

 小さな声を上げた悦ちゃんの方を見る。

 悦ちゃんは、トウモロコシを持った手を顔の前に掲げて……その白い腕をペロリ、と舐めた。


 悦ちゃーん。頼むから……煽らんとってぇな。

 俺がココ居ること、忘れてへんか?


 咳払いをしたら、はっとしたように悦ちゃんの顔が腕から離れて、真っ赤に染まる。

「悦ちゃん……」

 恨みがましい声を出した俺に、小さく謝る声が聞える。

「ごめんなさい」

「いいや、許さへん」

 泣きそうな顔をしとる悦ちゃんを、軽く睨む。

「責任とって、俺の部屋においで?」

「はい?」

「人がせっかく、キスだけでガマンしようと思っとるのに。どこまで、煽るん?」 

 浴衣が汚れんように、トウモロコシを体から離して。空いた方の手で悦ちゃんの腰を抱き寄せる。たたらを踏むように俺の胸に収まった悦ちゃんの耳元で囁く。

「泊まらんでもええ。終電には帰したるから、このまま、俺の部屋、行こ? 神さんに怒られるようなこと、しよ?」

 悦ちゃんの鼓動が、一分間に百二十くらいのペースで走るのが伝わる。


 小さく頷いた悦ちゃんを逃さんように、手をつないで。


 俺達はトウモロコシを齧りながら、神社をあとにした。 

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