番外編:いつかを夢見て……
正式に婚約したシャステとレーベはそれはもう仲睦まじいものだった。
それを周囲も祝福し(姉以外は)微笑ましく見守っていたある日のこと。
レーベと一緒にとお忍びで出かけてしまったシャステを待っていたグラナートのもとに、一人の女性がやって来た。
「あらあら、シャステ様とレーベはまた一緒にお出かけ?」
アンネマリー・アメルン伯爵令嬢の姿に、グラナートは礼をする。彼女も正式にギルバートの妻になることが発表された。
「ええ、お二人がまたあのように過ごせることを夢のように思います」
グラナートの言葉に、アンネマリーはくすくすと笑った。
「ふふっ、伯爵は寂しいのではなくて? 今までは三人仲良く一緒でしたのに」
「……そう、ですね。少しだけ。ですが、一時期に比べればずっとよいです」
シャステとレーベが不仲であった頃に比べれば、今の寂しさは妹と弟が結婚によって実家を出ていくようなものなのだから。
「私の役目もそろそろ終わりですから、姫様にお目通り願うこともままならぬようになるかもしれませんが、満足しておりますので」
グラナートがそう言うと、アンネマリーは微笑んで言う。
「あらまぁ、では、今度はあなたがよいひとに巡り会えるといいわね」
「我が伯爵家に嫁いできてくださるかたは……稀でしょうが」
二人がそんな話をしていると、フィエナの声が割りこんだ。
「あら、伯爵にアンネマリー様……って、お二人がここで話しているということは……あの小僧……」
ギリッと奥歯を噛み締めたフィエナに、アンネマリーが困ったように笑う。
「シャステ様に会いにいらしたのでしたら、日を改めたほうがよさそうですわよ」
「あなたに言われなくてもそういたしますわよ」
シャステの新しい義姉というのが気にいらないのか突っかかるフィエナに、あとからやって来たギルバートが声をかける。
「フィエナ、おまえも本当に大人げないやつだな……」
「お黙りお兄様! シャステの姉はわたくしだけで充分ですのよ!」
それを聞いて、アンネマリーは困ったように微笑んだ。
憤るフィエナと困るアンネマリー、妹を宥めるギルバートを見て、グラナートは小さく笑った。
――姫様、願わくばどうかあなたがこれからも幸福でありますように。
きっとこれからはもう、グラナートがシャステに会うことはほとんどないだろう。彼女は大貴族、ヴォルフレイア公爵家の奥方になるのだ。
復興したとはいえ、下流と言っても過言ではないハーバールス伯爵家のグラナートがおいそれと会える相手ではない。レーベとも疎遠になるだろう。
縁というのは悲しいものだが、彼らが幸福であるなら、それでよかった。
――姫様、レーベ、どうかこの先もずっと……笑っていてくださいね。
グラナートには王城勤務への昇格が言い渡された。それも王の側近として。
伯爵家の復興はつつがなく進んでいる。
――出すぎたことだと承知しておりますが。私は……。
グラナートは幼い頃から伯爵家の復興を背負って生きてきた、だから少しばかり気づくのが遅く、そしてそれでよかったとも思うのだが。
――あなたのことを、ひとりの女性として大切に想っておりました、姫様。
生涯胸の内にしまっておく感情、二人の邪魔者になるつもりはない。
彼らが笑っていてくれること、それだけを願って――……。
◇◇◇
秋風が吹き抜ける城下町で手を繋いで歩き、シャステは嬉しそうにレーベに振り返る。
「あなたとこうしてまた町を歩けるなんて夢のようだわ」
素直なシャステの言葉に、レーベはくすりと笑う。
「ぼくもだよ、またおまえがそうして自然に笑ってくれるなんてね」
レーベの言葉を受けて、シャステは鈴を転がすように笑った。
「ねえレーベ、また一緒に来ましょうね。ずっとずっと未来も」
「ああ、最期のときまで共に……シャステ」
ふと、立ち止まったシャステが困ったように言う。
「でも……グラナートとはもう会えないのかしら?」
「あいつはそのつもりだろうけど、時間があればお茶会をしよう。グラナートの家族も呼んで」
「それはいいわね! 賛成だわ!」
途端笑顔になったシャステにレーベは苦笑をこぼす。
公爵家などに呼ばれても、彼もその家族も戸惑うかもしれないが、疎遠になってしまうのが寂しいのはレーベも同じだ。彼にしてはめずらしく、グラナートのことは信頼しているのだ。
ただ……。
シャステは気づいていないだろうし、気づかないほうがおそらく彼女のためであるし、グラナートもそれを望まないだろうから何も言わないが、グラナートはきっとシャステを妹以上に想っていただろう。それは、同じ想いを抱いていたレーベだから分かる。
「レーベ? どうしたの?」
シャステの声で我に返り、レーベは苦笑した。
「いや、なんでもないよ。ただグラナートも王の側近に昇格したし、しばらくは忙しいだろうと思って」
「それは……そうね、じゃあしばらくはできないわね……お茶会」
しょぼくれたシャステを抱き寄せて、レーベが言う。
「そのあいだは二人きりのお茶会を楽しめばいい」
「――ずるいわ、レーベ」
頬を赤く染めたシャステにキスをして、レーベは微笑んだ。
今しばらく、二人だけの時間を……。




