6-1
「そうか。君が莉子ちゃんだったんだね。あのとき、東吾と一緒に病室にいた……」
橘とよく似た顔を、くしゃっとさせて圭吾は笑った。
「東吾からは聞いていたんだ。莉子ちゃんは、みずほの知り合いで、僕を助けてくれたようなものだって」
「そんなことないです! 圭吾さんを助けたのは、あくまでみずほさんだし……」
莉子は大きく首を振って、カフェオレを一口啜った。
本当は仕事帰りに、このカフェで橘と待ち合わせをしていたはずだった。しかし待ち合わせに遅れると連絡があったうえに、なぜか代わりに圭吾がやってきたのだ。
「あの……体調はその後、いかがですか?」
心配そうに尋ねる莉子とは正反対に、圭吾は至って元気そうに胸を張った。
「おかげさまで、問題なく過ごせてます。ずっと寝たきりだったから、なかなか体が動かなくって、まだリハビリは続けてるんですけど……ずっとみずほがついていてくれるような気がして、辛くないんです」
そう言う圭吾の左胸には、丸い水色の光がほのかに見えていた。みずほの<蘇生の種>は、圭吾の中で生き続けているのだろう。
「……それにしても、東吾があなたの<宿主>だったとはねぇ」
「はい。偶然っていうか、なんというか……」
「だったら莉子ちゃん、ちゃんと東吾の性格をわかっておいた方がいいよ」
「性格……ですか?」
橘と言えば、クソ真面目で融通が利かなくて、妙に責任感が強い、面倒くさい男だ。だけどやさしくて頼りになるし、莉子にとっては十分過ぎる<宿主>なのだが……。
圭吾はにっこりと微笑んで、莉子に顔を近づけると、小声で話し出した。
「東吾はああ見えて、独占欲の強い男だからね。兄の僕とはいえ、君とここで会ってるなんて知ったら、ものすごーーーく怒ると思う」
「……なるほど」
「しかも、あいつは警察だろ? だから尾行や盗聴なんてお手の物なんだ。気づいたら真後ろに立っていた……なんてことがあるかもしれない」
そして圭吾が頭を上げると、莉子の背後へと目を遣った。
「……そうだろ? 東吾」
「えっ!」
莉子が驚いて振り返ると、後ろでは橘が仁王立ちしていた。
「と、東吾さん! いつからいたんですか!?」
「ずーっとですよ。あなたが兄さんと話し出したときから、ずーーーっと」
「だったら、早く声を掛けてくださいよ!」
「あなたが兄さんとずいぶんと楽しそうに話をしていましたから、邪魔をしては悪いと思っただけですが、なにか?」
相変わらずのイヤミ全開の口調に、莉子はギリギリと歯を食いしばる。
「だから言っただろう? こんな面倒くさい男を彼氏にすると、大変だよ~」
2人を楽しげに見て、呑気そうな声を上げながら圭吾は席を立った。そして莉子と橘にひらひらと手を振り、レジへと向かう。
「みずほが、お前たちに『お幸せに』って言ってるよ~」
そう言って振り返る圭吾の胸では、また水色の光が見えている。
それを見て、莉子は笑い、橘もやっとのことで仏頂面を笑顔に変えた。
(了)