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(私の魔力だと、みずほさんには敵わないけど……それでも!)
枯れ葉がみずほの前に立ちはだかったのを確認すると、莉子は人ごみの中で指をパチンと鳴らし、破魔女のみずほへと貼りつかせた。枯れ葉たちにみずほの魔力を吸収させよう思っていたのだが、みずほが大きな魔力の塊をぶるんと振っただけで、一瞬で枯れ葉を落としてしまった。
(やっぱりだめか……。それなら!)
もう一度指を鳴らし、今度は枯れ葉でバリケードを作る。壊れてもいいから、みんなが逃げ出せるように時間稼ぎができれば……と、莉子は枯れ葉の塊を硬く引き締めるように、魔力を送った。
莉子の掌から出した魔力が、人々の間を縫って、枯れ葉たちへと届く。ただの枯れ葉だったものが、集まって堅い板のようになって、みずほのやってくる道を通せんぼした。
だけどみずほは、それさえも軽く潰し、乗り越えてしまっていた。
潰された枯れ葉は粉々になり、莉子の指示を聞こうとはしない。
(ど、どうしよう……。そうだ、橘さんは……?)
せめて橘が逃げていてくれればと思っていたが、通りの向こうでは、まだ橘が立ち止まっていた。隣の女は必死で橘の腕を引っ張り、逃げるように促しているようだった。しかし、橘は女を無視して、みずほを迎え撃つように立っている。
「橘さん!」
莉子は思わず声を上げて、信号を無視して車道を渡った。みずほの近づく音がそこまで来ている。逃げ惑う人々を押し退けて、やっと通りを渡ったときには、みずほが交差点にやってきていた。
「橘さん、逃げて!」
莉子が叫んだとき、みずほは魔力の触手を橘へとのばしていた。莉子はとっさに魔力を飛ばし、みずほの触手を跳ね退ける。そして、橘の体に目掛けて飛び込んだ。
「……痛っ!」
橘を押し倒して覆いかぶさっていた莉子は、みずほの触手の攻撃に遭ってしまった。触手が背中を叩くたびに痺れるような痛みが走り、莉子は体を捩らせ、顔を歪める。
「り、莉子さん! なにをやってるんですか!?」
橘は莉子を抱えて置き上がろうとしたが、彼女がそれを拒否する。そして力を振り絞って振り返り、叫んだ。
「……みずほさん! この人は圭吾さんじゃない! 圭吾さんは……ここにはいないの!」
破魔女はすでに理性を失っているはずなのだが、みずほはなぜか莉子の言葉に反応し、職種の動きを止める。そのとき、上空から雷に似た光が走り、みずほに落ちた。キーンと響く悲鳴を上げ、みずほはもがき始めた。
「莉子! 大丈夫かい!?」
空にいたのは、真麻だった。他のパトロール中の魔女も集合し、みずほを取り囲もうとしていた。
しかしみずほは、いつものようにフッと姿を消してしまっていた。
「……大丈夫ですか? なんて無謀なことを……」
心配で顔を顰める橘に起こされて、莉子が立ち上がる。莉子は大きく首を振って、痛みに耐えながら笑顔を作った。
「橘さんが無事で……よかったです」
「それには感謝していますが、あなたが危険な目に遭うのは僕の本意ではない。もう無茶なことはしないでください」
真面目で律儀な橘らしい言葉だ。莉子は思わず吹き出しそうになりながら、
「はい」
と返事をした。
すると橘の横にいた女が、じっと莉子を見ていることに気づいた。
「橘さん、この方はどなたなんですか? さっき、魔法のようなものを使ってらっしゃったようですけど……」
「ああ、この人は……以前、破魔女の退治のときに、いろいろとお世話になったんです」
確かに、それは間違いではない。だけど莉子の素性を誤魔化して、しかも<宿主>であることを隠すような物言いに、莉子はちょっとだけ傷ついていた。
(この女の人に、私のことがバレるとマズいのかな……?)
「……じゃあ、この方は魔女なんですか!?」
女の驚いた声につられて、莉子は
「は、はい!」
と返事をして、体を直角に曲げてお辞儀をした。
「あの……デートのところ、お邪魔してすみませんでした!」
「……デート?」
橘が露骨に嫌そうな顔をして、女を見た。
「僕と彼女が、デートをしてるとでも? それは見当違いも甚だしい! 彼女とは、彼女のお父様に頼まれて、食事をしていただけですよ!」
そう言って、橘は大きな声で笑い出した。莉子はどうしていいのかわからずに引き攣った笑いを浮かべたものの、橘の横にいる女の、般若のような表情を見て、早々と顔を俯かせてしまった。
*
そしてその女に、次の日にまた会うことになるとは、思ってもいなかった。仕事を終えた莉子が会社を出ると、昨日の女がビルの前で待っていたのだ。
(あれって……昨日、橘さんと一緒にいた人?)
彼女の姿を見たとき、一瞬で思い出した莉子は、自分から彼女に駆け寄っていった。
「あの、昨日橘さんといらっしゃった……」
「坂本です。坂本明美」
「あ、はい。坂本さん……」
女の勢いに押されたものの、莉子が
「どうしてここにいらっしゃったんですか?」
と訊いたところ、明美は負けじと勢いをつけて、
「父にあなたの勤務先を調べてもらったんです。私の父は警視総監ですから!」
と余計な情報まで付け加えて答えた。
「あなたに言っておきたいことがあるんです、どうしても」
強い決意をするように、明美はバッグの持ち手をぎゅっと握り、莉子を見た。
「あなたにはもう、橘さんとは会わないでいただきたいんです」