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「会わないでってどういう……」
「私は橘さんに、もう魔女や破魔女にはかかわらないでほしいんです!」
明美は大きな瞳で睨み、グロスでキラキラ光る唇を大きく動かした。
「橘さんはいずれ、全国の警察のトップになるような人なんです! その人が、魔女の管理を担当している自体がおかしかったのに……」
「えっ? でも、トクジンの担当になったのは、橘さんご自身の希望だったんじゃ……」
「そんなわけないでしょ!? 昨日みたいな危険な目に遭うことを、橘さんが自分から希望するなんてあり得ないわよ!」
「は、はぁ……」
明美の勢いに負けてしまい、莉子はひたすら体を小さくして、頷くしかなかった。
それにしても、この人はなぜここまで来たのだろうか? その疑問を口にしようかと迷っていたとき、明美自身がその理由を話し出した。
「言っておきますけどね、私は橘さんと結婚する予定なんです!」
「……えーーーーーっ!」
(やっぱり……結婚相手がいたんだ!)
どうりで<宿主>になることを納得しないはずだ、と思ったものの、昨日の橘の様子を思い出してしまう。橘は明美を彼女扱いしておらず、しかも2人でいるのを「デート」ではない、と言い切っていたではないか。
「……あの、明美さんと結婚するってことは、橘さんもご存じのことなんでしょうか……?」
失礼だとは思いながらも、明美に質問すると、
「当たり前でしょ!」
という怒鳴り声に似た言葉が返ってきた。
「昨日、あなたは魔法を使っていましたよね? つまりあなたも魔女なんでしょう?」
「ええ、まぁ……」
「じゃあ、なおさらだわ。魔女にかかわると、また昨日みたいに橘さんに危険が及ぶなら、あなたは今後、橘さんに会うべきじゃない。……っていうか、会わないで!」
明美はブーツの踵で地面を蹴り、莉子へと一歩近づいた。
「魔女のあなたが、警察の橘さんと仲良くしてるなんて……橘さんにとっては、デメリットしかないのよ! それを橘さんだってわかってるはずだわ!」
「それって、どういう……」
「言ったでしょう? 彼はいずれ、私の父のように警視総監になったり、警察庁長官にもなれるような人なの! そういう人が魔女とつながっていたら、魔女に肩入れしてるって思われて、出世の妨げになるってことよ!」
それには、莉子はなにも言い返せなかった。橘には<宿主>になってほしいとは願っているものの、彼の邪魔になることだけは避けたい。
これまで橘と一緒に行動をして気づいたことは、彼は警察の仕事に誇りを持っているということだ。
みずほの退治について、同僚たちに悪口を言われていたときだって、決してへこたれていなかった。自分の名誉なんて関係なく、市民の安全を守ることと、自分の兄の無念を晴らしたいという気持ちだけが、彼を動かしていた。
そんな彼ならば、明美の言うとおり、警察のトップにもなれるだろうし、ふさわしくもある。
だがそこに、莉子がかかわるとどうなるのだろうか?
警察のトップの人間が、警察の監視対象になっている魔女の<宿主>になるなんて、あり得るのだろうか?
莉子がいろいろと考えているうちに、明美が目の前から立ち去ろうとしていた。
「いい? これからは橘さんと、一切連絡をとらないでちょうだい! わかった!?」
そう言い残して、明美は駅の方向に向かって去っていった。
彼女の背中を見続ける莉子のバッグの中で、スマホが鳴り出す。取り上げて画面を見てみると、橘からのメッセージが表示されていた。
「昨日は失礼しました。ケガをしませんでしたか?」
昨日のみずほとの一件で、莉子を気づかってくれているのだろう。そんな橘の優しさはうれしかったが、さっきの明美の言葉が引っかかって、返信のボタンを押すことができない。
何度か画面の上に指をさまよわせたけれど、莉子は結局、返信をすることはなかった。
*
メッセージを送って1時間以上経っても、莉子からの返信がないことに違和感を覚えたものの、橘は部署で事務作業に追われていた。
「おーい、橘ぁ。ヤマト製薬の開発企画部本部長の江藤さんが、お前に会いたいってさ!」
ドアの近くから同僚の阿部の呼ぶ声が聞こえ、橘は眉を顰める。
「ヤマト製薬? あの胃薬とか頭痛薬で有名な?」
「ああ、すっげぇ美熟女な部長さんだぞ。お前、もしかして熟女好きだったのか?」
「熟女でも熟してない女性でも、見境なく好きな阿部さんほどではないですよ」
「うるせぇ。さっさと行けよ。面会室の3番に待たせてあるぞ」
阿部の恨みがましい声を通り抜け、橘は面会室へと向かう。
それにしても、ヤマト製薬の部長になんて、知り合いはいない。「江藤」という苗字にはなんとなく聞き覚えがあるものの、はっきりとは記憶に残っていない。かつてなにかの捜査で世話になった人である可能性もありそうだが、さっぱり思い出せずにいた。
それに、いきなり会いに来るなど、なにか重要な用事があるからだろう。一体、どんな用件なのだろうか。橘は軽い不安を覚えながら、面会室のドアをノックする。
「失礼します」
入室すると、そこには確かに「美熟女」と呼ぶにふさわしい、美しい中年の女性が座っていた。女は橘を見るなり立ち上がり、深々とお辞儀をする。
「橘さんですね。はじめまして。私、ヤマト製薬の開発企画部本部長、江藤と申します。……と申し上げても、私が誰だかわからないですよね?」
女は頭を上げると、にっこりと微笑んだ。
「私、莉子の母なんです」
「……え? あの莉子さんの?」
「ええ。『あの』莉子の」
橘の言う「あの」にどんな意味があるかは知らないが、真麻はあえてそこを強調して言った。
「今日は橘さんにお願いがあって参ったのです」
「お願い? 莉子さんのことでですか?」
もしかして、娘かわいさから、<宿主>になってほしいと頼みに来たのだろうか。一瞬、橘が身構えると、それをほぐすように真麻は首を振った。
「いえいえ。そうではなく、みずほの処分のことなんです。ぜひ橘さんにご協力いただいて、みずほを年内にでも処分したいと思いまして」
「僕にできることなんて、あるんでしょうか?」
「ええ、ありますよ。とーっても大事な役目をしていただきたいんです」
そう言って細める真麻の目は、笑っているようで笑っていない。しかも、強烈な威圧感を橘へと向けてくる。
親子なのに、莉子とはずいぶんと雰囲気が違うものだ。真麻の強い欲望にまみれた視線を振り払いながら、橘はデスクをはさんで、彼女の正面に座った。
「私としては、橘さんには警察の人間としてではなく、一人の人間としてご協力いただきたいと思っています。もっとくわしく言えば……橘圭吾さんの弟さんとしてね」
「どうして兄のことを知っているんです?」
「……佐藤のおばば様のところに、莉子と一緒に行かれたそうですね」
「へぇ……。つまり、佐藤さんからすべて話を伺ったということですか?」
「ええ、そうですね」
「そうでしたか。僕はてっきり、<種>を使って、莉子さんの考えをあなたが読んだのかと思いました」
真麻は驚き、思わず目を見開いた。どうしてこの男は、<伝達の種>のことを知っているのか、と。
反対に、橘は余裕の表情で微笑み、
「今、お前が<種>を飲んでいようとも、考えを読み取られてたまるものか」
と自信たっぷりの視線を向けた。
「以前、莉子さんから、相手の心が読み取れる<種>があると聞いたことがあるものですから」
「……そうでしたか。でしたら、話が早いです」
真麻はほっとしたように少しだけ口元を緩め、肩を下ろした。
「私は、莉子の考えを読み取ったおかげで、みずほとあなたのお兄さんの関係、そして、みずほがあなたを圭吾さんと勘違いして出現していることを、知ることができました」




