1.新生活
『プシュッ! ウィイイン、ガシャリ』
『目的に到着しまシタ。足元にご注意の上、ご降車くだサイ』
「ありがとう、ずいぶん遠かったけど予定時間を過ぎていないか心配ね」
『ご心配なク。予定時間まであと二十四秒ありマス。あと二十秒、十九、十八――』
「カウントはいらないわ。それまでに下りればいいんでしょ。でも荷物をおろす時間はカウント外にしてちょうだいよ?」
『すでに後部ハッチから降ろしまシタ。残り九秒、八、七――』
「はいはい、ホント頭に来るくらい厳格なんだからヤになっちゃう。そんなだから逆らう人が出てきちゃうってこと、偉い人たちにはわからないもんなのかなあ」
『ドアを閉めマス。一メートル以上離れてくだサイ』
『ウィイイン、ビィイン、カチャリ』
「まったくもう、”人間味”がないんだから」
私は音もなく走り出したタクシーに向かって愚痴ってみたが、自動運転車に人間味もなにもあるはずがない。もちろんそんなことはわかってるけど、どうしても黙っていられなかったのだ。
とにかくこれで今までの管理生活から逃れての第一歩が始まった。かと言って政府の監視が無いわけじゃないし、管理されていて楽だったこともこれからは自分でやらないといけない、
もちろん言われた通りに留学するのも悪い話じゃなかっただろう。だからと言って何十年先までの進路を今決められるなんてまっぴらごめんだ。
「ここが新しい家か…… なんだかすごい雰囲気だけどちゃんと人間らしく暮らせるだけの設備が整ってるわけ? ま、お父さんが勧めてくれたんだから大丈夫、よね? きっと…… 多分……」
『ちょっとお嬢ちゃん? アタシの城にケチつけるために来たのかしら? それとも荷物は自分で運んだりしない上流階級の出だとでも言っちゃう?』
突然声が聞こえて驚いたが、門柱には当然のようにインターホンと監視カメラが付いている。おそらく私の到着時間になったから様子を確認したんだろう。
新生活が始まるというのにスタートから躓いた気分になってしまった。まったく口は災いの元とはよく言ったもんだ。
それでもきちんと挨拶はしないとマズい。心象を悪くするより良くしたほうがいいに決まっている。私はまだ見ぬ誰かへ向かって到着の挨拶をした。
「えっ!? あ、いや、そういうわけじゃなくて…… スイマセン。ただ単に自宅とはだいぶ勝手が違いそうだなって思って…… えっと、城って言うくらいだからオーナーですよね? 本日からお世話になる佐倉小櫻と申します」
『ええ聞いてるわよ。北米自治区への留学を蹴って逃げてきたんでしょ? まったく今どき随分思い切ったことをしたもんだわ。留学指示なら少なくともS判定以上でしょうにねえ、もったいない』
「はあ、まあそうですよねえ。でも新生活も楽しみです。これからよろしくお願いします!」
個人情報がどこまで必要だったのかは知らないが、お父さんがあらかじめ細かく説明していた様子がうかがえる。なんと言っても、政府に決められた人間居住区を出て受け入れてもらうんだから審査とかいろいろあるんだろう。
私はインターホンに向かってぺこりと頭を下げる。それから手首のスマートロンをスーツケースへ向けて起動させた。
正直言って新生活が楽しみなんて半分くらいは嘘で強がりだった。今年十七になったばかりなのに両親の元を離れて暮らすなんて不安しかない。
かといって家にとどまっていると週一で教育庁がやってきて進路指導と言う名の説得と言うか洗脳が待っているのだ。
十六で能力判定を受けてから半年の猶予期間を経て始まった進路指導は、退屈と言うのか拷問と言うのか表現が難しいが、とにかく同じことの繰り返しだった。
毎週毎週同じ動画を見せられて感想文を提出しなければならない。もちろん私も毎週毎週同じ感想文を提出する羽目になる。まったくもって無駄な時間だ。
イエスと返事をしない限り二十になるまでアレが続けられ、それでも断るなら教育課程へ進まされ教師になるという選択肢もあるはあった。
最初からお母さんと同じ学校勤務が提示されていたら納得していた可能性もある。けれど私の進路は私自身で決めたかった。お母さんには今どきどきそんなことを言いだす人間はいないと言われたが、そう思ってしまったんだから仕方ない。
そこへ助け舟を出してくれたのがお父さんだった。この監視管理社会で自由に生きることは大変だけど、それでもいいなら道を示すことはできる、なんてカッコいいセリフについ飛びついてしまった。
こうして私は生まれ育った箱根自治区を離れ、東京自治区の端『足立エリア』へやってきた。高い山も済んだ空気もなく、ホコリっぽい道路と廃墟のように欠けたコンクリ製の建物ばかりが目に入り嫌でも不安は膨れ上がる。
救いだったのは門の中に見えている中庭には花が咲いていて、建物の向こう側には大きなイチョウの木が二本そびえていた。よくよく見ると歴史ある建築物に見えなくもない。
そうやって自分を励まし慰めながら、私は『佐倉荘』の門に手をかけた。




