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瞬きひとつで世界が変わった  作者: ろみ
序章 - 道化舞台
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40. 黒板を前に教えの時

 例に漏れず明くる日。

 深夜まで魔力操作の鍛錬を続け、集中力の低下を感じ区切りをつけた後、夜食を摂り、鍛錬を行ない、風呂に入った。

 その時点でまだ早朝で、余裕のある朝という感覚が芽生えたものだ。

 おもむろにカフェオレを作り始めた己に笑ったね。

 せっかくならば余裕のある朝を堪能しようと思ったのだろう。

 窓の外の緑を眺めながら暖かな飲み物と過ごすのは実に心地良かった。

 心に効くと言えよう、

 時々、あのような時間を設けようと思った。


 そこからゆったりと腰を上げたのが体内時計的に10分前。

 黒板もしくはお手軽に消し書きできるものを用意すべく動こうと思った次第だ。

 このままでは何かに気が向くごとに決め事をひとつ霞ませての繰り返しになりそうで怖い。

 記憶しておけないなんてその程度なのかと思う気持ちはあれど、急に見ず知らずの世界で生きる羽目になり、膨大とも言える量の知識と経験を取り込まなければとなれば仕方がないとも思う。

 程度や状況はさておき、自分は忘れやすいのだと自覚した以上、目に見える形で残しておいて損はない。

 というわけで、作業部屋の壁に貼り付けられている黒板と同じもの、もしくは、あの黒い板だけでもないかと探してみれば物置部屋にそれはあった。


「んー、どうしようか…」


 見つけたのはチョークで描く部分。

 黒板の主体であり、黒板のほとんどの割合を占める大きな板。

 立て掛けられそうな高さまで積まれている木箱にそれを預け見つめているところだ。


(なんだったらこうして木箱に立て掛けるのもありか?)


 もう既にチョークで書くことはできる。

 あとはこれを壁に貼り付けるなり、自立させる仕組みを考えるなりすればいいだけ。

 どちらを選択するかは場所にもよる。

 おそらく移動させることはないと思うのでキャスター付きでなくともいいだろう。


(あ、あるのかな?)


 気になったら即行動ということで書庫に向かい、キャスターという単語で検索をかけてみたけれど、1冊も飛び出してこなかった。

 そこに気落ちはない。

 存在していようといまいと大した問題ではなく、ふと浮かんだ疑問を解消したかっただけ。

 だからすぐに作業部屋へと戻った。


(貼り付けるのはちょっとなぁ…)


 壁に貼り付けてしまうと目に留まる機会が減ってしまう気がする。

 なんだか壁と一体化してしまうよね。

 壁を傷つけずに設置する方法が思い浮かばないというのもあり、置き型で考えてみよう。

 思い浮かぶのは、移動式ホワイトボード、スイリッシュなテレビ台、カフェの店頭に設置されているような立て看板、キャンバスを立て掛けるイーゼル…これは絵を描く際に使用されるセットだね。

 できれば地面と垂直にしたいので前2つが有力だ。


(作れるかなぁ…)


 移動式ホワイトボードのキャスター無しを木で作るという案が浮かんだけれど、そういった方面は疎い。

 幸いこの作業部屋には木材がいくらかある。

 それを上手く使い組み立てるなりしてそれっぽくすればいいのだろうか…


(まぁ、売り物でもないし書ければいいから…いや、この家に合わないかなぁ…)


 置くとしたらおそらく玄関ホール。

 シャンデリアとまではいかないまでも立派な照明が照らす品のある場所。

 そこに素人の製作物を置くのはいかがなものなのか…


(我慢しようか…)


 目標ややるべきことを書き出し可視化することを優先すべきだ。

 見た目や雰囲気のことは後回しにしないと。


(それならもう…てきとうでいっか。石でもいいんじゃね?)


 急にヤル気が削ぎ落ちた。

 拘れないならいっかとなってしまう。

 手持ち無沙汰になったら彫るなり手を加えるなりすればいいさ。

 石ならばここから資材を運び出す必要もない。


「ふぅ…」


 というわけで、玄関ホールに黒板の黒板部分だけをなんとか運んできた。

 持って気づいた。その大きさと持ちにくさに。

 それはさておき、チャチャッと雑に完成させましょう。


(石か…石板…)


 街で見かける掲示板や記念碑を参考にしよう。


─────


───


──


 コンコン、カツカツ、ガッ、ザリザリ…

 そんな音が長らく聞こえる。


「あれ?やっべ…」


 あれからしばらく経った。

 何故か私はハンマーとタガネを手にしている。

 足元には多くのハンマー・タガネ・彫刻刀・アイスピックのようなもの…大小様々。

 たくさんの道具が作業場所周辺の床に散らばっている。


 目の前には縦長・長方形の一枚石。

 と言っても、自立可能とする為に厚みを持たせているので一枚石という呼び名が似つかわしくない。


 なんと呼べばいいのか分からないそれの上半分には絵画でも嵌め込めそうな窪みがある。

 その窪みは横長・長方形。黒板と全く同じサイズにしたつもりだ。

 しかしながら私は精密な目測ができるわけではない。

 と、黒板を当てがった際に気がついた。

 一枚石の上半部をほぼ黒板が占めるような完成形を思い描いたのだが、そう簡単にはいかない。

 

 窪み黒板を当てがい、上手いこと水平を保ちながら外周をトントンすればいいと思った。

 しかし、そもそも窪みが小さかったんだ。

 それなら削ればいいというこれまた安直な考えが浮かび、すぐさま身体は動いたというわけで…


(アホだなぁ)


 思い立ったら即行動。そんな自分に呆れるね。

 自らの手で石を削るという考えがよくぞ思い浮かんだものだ。

 ここまできたら最後までやろう。

 やはりこの玄関ホールに似合わない物になりそうだけど、そこは我慢我慢。

 またタガネを分厚い石板に当て、お尻をハンマーでガンガンと叩く。


「うん」


(納得は全然できないけど、まぁ、いいでしょう)


 数時間かけてなんとか黒板を嵌めるところまで持ってこれた。

 不恰好だけど、致し方なし。

 ここで一旦、この室内をお掃除だ。

 おそらく私が浄化をかけずとも綺麗にはなるのだろう。

 そう分かっていても浄化をかけながら道具を木箱に入れていく。

 裏手の鍛冶場に運び出すのは後でだ。


(さて、書くか。あ、チョーク…)


 細長い長方形の石を生み出してから小さな木箱とチョークを取りに向かった。

 作業部屋にて木箱にチョークを入れていく。全色を縦にね。

 それを持って玄関ホールへ戻り、細長い台の上に置いた。

 黒板のすぐそばであることが重要なんだ。

 書くまでの手間が無ければふとした時にも書くだろう。

 “チョークが無いから後で書こう”を防ぐんだ。

 そんなこんなで白いチョークを1本手に取りようやくその先端を黒板に当てた。


(あ、久しぶりの…その感覚さえないね)


 黒板に書いたことがあるはずなのに懐かしめないのが不思議だ。

 覚えているのに覚えていない。

 遠い記憶とはこうなるんだねぇ。


(チョークで書くって難しいよねぇ)


 カッカッと鳴る音は好きだ。

 だけど、想定通りに書けなくて不満が生まれる。

 紙にペンで書くのとはまるっきり違うんだ。

 消すのは簡単だからいいね。

 自分の字に呆れながら書き進める。


「下手くそかよ〜」


 なんて言いながらも頬は緩んでいる。

 きっと今は柔らかな笑みとなっていることだろう。

 なんだか黒板に文字を書くのが楽しくてねぇ。


 上手く書けず眉が下がってしまうことも何度かあった。

 内容が内容だけに落ち込むこともあった。

 だけど、そんなときでもどこかに穏やかさが残っていたね。

 意外にも空気が重くならずに書き上げた。


 内容はいくつかに分け、整理したつもりだ。

 今後増えていくつもりなのでどの区画にも余裕がある。


 【最終目標】の下には一文だけ。

 【中間目標】はとりあえず“転移陣を刻む→島を出る”と書いた。

 【しょう目標】の下にはたくさん。

 【日課】の下には“鍛錬”。雑な性格が垣間見える。

 【習慣】の下には習慣にしたいものを。微笑み・背筋・警戒・柔軟などがここ。

 【隙間】の下には合間合間にやろうと決めたことを。継続的に行うものだね。

 “指先で温度確認”とか“ノートの読み返し”など。


 迷ったけれど、【やりたいこと】も設けた。

 ここは自由欄でもある。


 ・チーズトースト食べたい

 ・炊き込みご飯食べたい

 ・土鍋での米炊きを極める

 ・薬関連

 ・白色金はっきんしょくの薬はあるのか

 ・素材の見極めを極める

 ・余裕のある朝を堪能


 今のところこうだ。

 初めに書くのがこれかとチーズに思いを馳せながら内心で笑ったね。

 面白いからいいでしょう。

 もしかしたらこれを見る度に食べたくなってしまうかもしれない。

 それはそれで面白い。

 叶えるかは別として書き出すだけでも楽しいものだ。

 なかにはそこまで興味が強いわけではないものもある。

 書いておけばなんか面白そうというノリもあるんだ。


 完了した内容は消すのではなく、横線を引くことにしよう。

 それならば振り返ることができる。

 思い出を残すことにもなるだろう。


(あ…これ置いていくのかぁ…)


 残しても意味がないんだ。

 そのことに気がつきたくなかったな。

 なんだか木枯らしが吹いたような気持ちだ。


 とはいえ、気がついたところで書くのをやめようとはならない。

 いつかここを離れる時、これを眺めながら何を思うのだろう。

 どんな表情をしているのだろう。

 答えを知るには頑張らないとね。

 書き上げた内容を何度も見返し、やるべきことを己に教えてあげた。


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