結末は猫のいないところで
「セザール!! セザールはいるか!?」
数年ぶりの覇気のある声で……安宿の主人は、その安宿の管理人を呼び出していた。
「は、はい! 何でございましょう、領主さま!!」
セザールと呼ばれて出てきたのは、かつてエメに悪態をついていた女性であった。 化粧っ気も全くなく、年齢以上の女性に見える。
セザールの返答に、安宿の主人……オセロット・ヴィレは静かに苦笑する。
「領主さま……か。
セザール、私はすでに領主ではない。
貴族でさえ、ない。
シノニムに敗れ、また宮中の陰謀に巻き込まれ、落ちぶれてしまった私だ。
使用人も、残ったのはお前ひとりになってしまった………」
「領主……オセロット様……おいたわしい……」
オセロットの言葉に、セザールは涙をにじませてながら、肩を震わせながら応える。
オセロットは……そんなセザールの肩に手を置く。
「……オセロットさま……?」
驚いたように見上げるセザール……その視線の先には、いつもの見慣れたオセロットの姿はなかった。
アルコールにおぼれ、昏い目をした男の姿はなかった。
オセロットは、続ける。
「私は、天啓を受けた。
私はまだ……『名将』とやらになる可能性が残っているらしい。
一度や二度……まあ私の場合、その程度ではないのだが……それでもまだ、私には芽が残っているらしい。
最後に希望さえつなげられれば……私は『名将』と呼ばれるにふさわしい存在に成れると。
それにはまず……身体を鍛えなおさねばならんな。
資金もかき集めて……私は、騎士として、貴族として、もう一度やり直したいと思う!!
セザール、私についてきてくれるか!?」
その問いかけに……セザールは知らない間に涙を流していた。
見上げる先には……自分が少女だった時からあこがれ続けた男が、当時のままの輝きを取り戻してそこに在った。
それにセザールが手を伸ばしたのは、無意識の行動だっただろう。
『夢』を目の前にして……それを手に取ろうとするのは、当たり前の心理だった。
「……はい。
このセザール、オセロット様を心よりお慕いしております。
私はあなた様の永遠のしもべ。
オセロット様がたたれるというのなら、私は何処へなりともお供いたします」
「ありがとう、セザール……はは、初めて会った時からお互い歳をとってしまったが……これからも、よろしく頼む」
セザールの手を強く握りながら言うオセロット……その力強さに、セザールは極まった。
極まってしまった。
「無論でございます……無論、で……うわあああああっ!!」
そこから先は、セザールの号泣だけだった。
少女時代からあこがれた『夢』が今、彼女の心と体を満たしていた。
充足した時間と空間……その中で、セザールは心に決めていた。
もう……二度と安宿の住人たちをイビリ倒すのは止めよう、と。
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あと……誰かが間違えて空き部屋に置いて行った大量の超高額アイテム、
『上位薬種蛙の干物(レア度:☆☆)×20』
『火蜥蜴のしっぽ(レア度:☆☆)×10』
『天国スズメの羽(レア度:☆☆☆)×50』
これらを換金し、主の立身出世に役立てようと。
幸福な時間に浸るセザールは、すでに……自らの主の再生プログラムについて、その卓越した頭脳を高速で回転させていた。
さて。
ここまで長々と語ったが、これがこれからこの『ニューフロンティア大陸』を騒がす建国記の前夜譚である。
のちに関係者は、『雷獣使いのフェリシー』、『疾風雷槍のクレマン』、『成り上がり王』などというありがたい通り名を頂くこととなる。
ちなみに……この一年以内にセザールさんは男児を出産することになる。
計算が早い女性は、手だって早いのである。
少し短いですが、これにて終了です。
お付き合いいただき、ありがとうございました~。




