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Ⅰ. Core of Rose

「ヒーロー事務所としてはトップクラスのガイア・ガーディアンズに所属してるなら、それなりの給与はあるのでしょう? なら、まずネットの悪意に強い弁護士を雇いなさい。出し惜しみなく、徹底的に強い弁護士を。アテがなければ、まず事務所の顧問弁護士に声をかけてみてもいいかと思います。もし、顧問弁護士の方がそちらの方面に詳しくなくても、恐らくご紹介いただけると思いますので……」


「っ、いやいやいやいや! 待て待て待て待て!」



滔々と続けるリボルバーに、呆然としていたセイヤは、はっと我に返って待ったをかけた。



「? どうしました?」


「いや、どうしたも何もねえよ……!」



ストップをかけられ、きょとんと目を瞬くリボルバーに、セイヤは頭が痛くなる思いだった。



「復讐ってのは、こう、もっと強大な闇のパワーでばーんと……力を与えてくれるもんなんじゃねぇのか!?」



先程も言葉にしていたが、セイヤが考えていた方針として、『力でセツ達を押し潰す』ことが本元にあった。そこから安直に考えついたのが、『悪の組織に行けば力を貰える』という計画とも呼べるかは怪しいかなりふわっとした考えではあった為、それに伴う位のふわっとした説明ではあるが、よくある闇落ち・悪堕ちの展開ではそういうものだ。

だというのに、その口から出てきたのは、予想外の提案すぎた。悪の幹部の提案にはおよそ似つかわしくない。血腥い暴力でも恐ろしい呪いでもなく、清廉な裁きの天秤を差し出されることなど、1ミリだって考えていなかったのだ。

だが、提案した本人はというと、『お前は何を言っているんだ』と言わんばかりの顔をする。



「何言ってるんですか……? 法治国家において一番強大なパワーがあるのは憲法と法律ですよ……?」


「いやッ、そうだけどよお!! お前(ヴィラン)が言うなよ!!」



よりにもよって犯罪者(アウトロー)であるはずの悪の組織の幹部から、まさかの一般常識を持ち出され、セイヤはがあっと叫んだ。先程抱いたリボルバーへの期待が薄れそうになるやり取りだった。

盛大にため息を吐きながら、セイヤはソファにかけ直す。改めて今の提案を咀嚼する。そして、先程リボルバーが語った“正しき矛先を向ける相手を見据え、相手に一番苦痛を与える方法で復讐する”という礼儀が浮かぶ。



「……つまり、法的に追い詰めることが、一番苦しめられる方法ってことなのか。俺が、復讐したい連中全員を。」


「えぇ、そうです。」



リボルバーは紅茶を再度傾けながら、セイヤの言葉に満足げに頷いた。



「まず、お話をお伺いする限り、貴方が復讐したいお相手は、大きく分けて二グループと推察します。」



カツン、と静かにカップを置き、リボルバーは組んだ足に頬杖をついて口を開く。ぴっと、指を一つ立てて見せた。



「一つ。SNSで貴方を貶すファン……いいえ、ファン等と呼ぶには烏滸がましい。アンチ、と称すべきか。これは確定で間違いないですね。」



次に、もう一本、中指を足す。



「二つ。貴方を苦しめる本元、ブレイブ・レイのメンバー達。」



手を下ろして、リボルバーはセイヤを見た。



「まぁ聞いていると、アイツら全員とは言いつつ、エンジサマは炎を向ける相手ではなさそうですが。」


「……それは。」



リボルバーにまた静かに見つめられ、セイヤは考える。

恐らくこれは、最初に彼女がセイヤがすべきことと言っていた“復讐する相手の整理”なのだろう。だからこうして、セイヤに改めて問いかけてきている。



「……そうだな。エンジは違う。」



暫し目を閉じて考え、セイヤは首を縦に振った。



「エンジは、正直恨みきれねぇ。あいつは本気で俺のこと気にしてくれてたし、何回も飯に誘ってくれた。」



問われて、エンジとの今までを思い返した。人気の嫉妬はある、彼が適合者であることの僻みはある。けれど、共に活動してきた六年間の思い出は、やはり、彼自身を恨むようなものではなくて。



(……あいつに炎を向けたら、俺は、一生後悔する。)



リボルバーに諭されて一度立ち止まることができたから良いものの、もし恨みに突き動かされたまま、エンジにまで手を出していたら、きっと後悔していただろう。後悔するのは自分と語った、リボルバーの言葉通りに。

いくら精神の限界が来ていたとはいえ、自分がどれだけ自棄になっていたのかを自覚した。

ふう、と、セイヤは息を吐き出した。



「それともう一人、迷う奴がいる。」



続けられたその言葉に、リボルバーの目が微かに丸くなる。



「マナミは……あいつだけは、ちょっと違った。」



エンジについて思い返すうちに、マナミについても、少しだけセイヤの心に引っかかったのだ。

ブレイブ・レイのピンク担当、マナミ。彼女も、炎を向けて良いものかと。



「あいつは、直接暴言を吐いてきたわけじゃねぇ。セツ達に振られて、同意してたというか……結局何もしてくれなかった、見て見ぬフリをした時点で同罪だ。けど、復讐したいかって言われると、こう……」



上手く心境の言語化が出来ないのだろう、唸って頭を掻くセイヤを、リボルバーは静かに見ていた。



(優しいなぁ。)



流石はヒーローというべきなのだろうか。そういったいじめ問題においてグレーゾーンに立つ人間を“許すべき相手かどうか”を考えられるとは、と、リボルバーはセイヤの高潔さに感心してしまう。



「他メンバーと比べて恨みが軽いということですね。では、その最終ジャッジは、追々すればよろしい。焦って今日決める必要はないですよ。」


「……そうか。そうだな。」



まだ迷うことを許され、セイヤは少しだけ顔が安堵で緩んだ。復讐は即断即決で然るべきかと思っていた彼には、今マナミを復讐相手にするか決断を下さなくてはという焦りがあった。それを暫くの猶予を与えられて、少し心が緩んだのである。



「では、復讐相手の整理が仮決めできたところで、本題に戻りましょうか。」



ぱん、と、リボルバーは手を叩いて、空気を仕切り直す。本題という言葉を聞いて、セイヤは無意識に居住まいを正した。



「貴方のターゲットである二つのグループは、共通する点がある。それは、貴方を貶め、嘲笑っているということ。つまりは根本的に、貴方を自分より下の立場として見下しているのです。」



リボルバーは説明しながら、足を解いて立ち上がる。その仕草を見ながら、セイヤの膝に置かれた拳に、また力が入った。

全ての行動の起源は、セイヤが彼等に見下されているから。そう言語化されて、しっくり来ると同時に、また怒りが込み上げる。だが今は抑えて、窓側に立ったリボルバーを目線で追った。



「であるのならば、貴方が取るべき復讐の方針は、暴力に非ず。」



セイヤを見据え、差し込む夕陽の逆光の中、ぱちん、と、リボルバーは指を鳴らした。すると、ぼわん、という大袈裟な音とキラキラとした粉塵が舞う煙を巻き上げながら、リボルバーの直ぐ背後に、会議室でよく見るようなホワイトボードが現れ、夕陽を遮って影を落とす。お得意の魔法で、基地内の何処からか喚び出したのだろう。

そこに元から備えつけられていたらしい黒いマジックペンを手に取って、リボルバーは上の方に方針を書き出した。きゅ、きゅ、というペンが擦れる独特な音が、静かな応接間に落ちる。

そして、大きめに書いた文字を、こん、とペンで指す。



「彼等が最も嫌がること。それは、『レイ・ブラックが民心を寄せられる正しきヒーローになる』ことです。これを、今回の作戦の方針としましょう。」



一体何が書かれるのかと固唾を飲んで見守っていたセイヤは、目を大きく見開いた。



「……俺が?」



掠れた声で呟いて、ぽかん、と、書かれた文字を見る。

一瞬、何を言われたのか理解できなかった。しかし見上げたホワイトボードには、『レイ・ブラックが民心を寄せられる正しきヒーローになる』。今、リボルバーが口にした通りの言葉が、そこに書かれていた。



「無理だろ。適合者でもねえ、炎も氷も出せねえ俺が、どうやって……」



“正しきヒーローになる”、“民心を得る”。それは、セイヤが結局手に入らなかったものだ。巨大な体躯が微かに縮こまる。だが、セイヤ自身も気が付いていなかった。無理だと言いながらも、その声には否定の響きではなく、戸惑いが滲んでいた。差し伸べられた手の取り方が分からない子どものような、そんな声色だった。

セイヤは冷めきった紅茶のカップを見つめ、それからリボルバーに目を戻した。無言で、話の続きを促した。

この法廷を持ち出してきたヴィランは、一体何を言うのかと、改めて期待を込めて。



「これの為に必要なのが、弁護士サマ。法の番人たる方々の助力です。」



ヒーローに見つめられたリボルバーは、ニタ、と、ヴィランらしく笑った。



「まずは、SNSの悪意の粛正から行いましょう。それを第一段階とします。」



またホワイトボードの上で字が躍る。先程書かれた方針の下に、『①SNSの悪意を潰す』と書き足されていく。



「SNSや匿名の悪意というのはね、声のデカいやつのせいで大きな意見とされがちなんですよ。まず、それを潰します。徹底的に。」



セイヤはホワイトボードに書かれる文字を食い入るように見つめていた。マジックペンの軌跡が一つの段階を刻む度、頭の中の霧が晴れていくような感覚があった。



「須く魚拓を集めて、証拠を揃えて、開示請求します。そして、悪質な名誉毀損で全員を裁判にかけましょう。大体は示談となるでしょうが……それでも一度法で縛ってしまえば、全員を黙らせられます。」


「……それが、法的に追い詰めるってことか。」



話の初めにリボルバーに問いかけた自分の言葉を、呟くように繰り返した。その響きは、拳で殴るよりもずっと重く確かな手応えがあった。

セイヤの中で何かが噛み合い始めていた。悪口を書いた連中は、匿名の陰に隠れて好き放題言っていた。それが法の下に引きずり出され、金と時間を奪われ、示談という屈辱的な敗北を喫する。それは確かに、セイヤを嘲笑った人間達にとって、最も痛い復讐だろう。



「……なるほど。そいつらが示談に応じりゃ、金を払わされる。払えなきゃ裁判沙汰が続く。どっちに転んでも地獄ってわけか。」


「そのとぉり!」



顔を見合わせた二人の顔には、大なり小なり笑みが浮かんでいた。



「で、次はこうします。」



次にリボルバーは、『②よきファンを呼び寄せる』と書いた。



「うちの構成員を使って、SNSでファンを装います。貴方達ブレイブ・レイの公式SNSのハッシュタグを使って、『セイヤのこんなところがカッコよかった』『仲間守ってて好き』というような、プラスの意見を流すんです。」



ペンが走る音すら耳に入らなくなるほど、一点を見つめて固まったセイヤを見て、リボルバーはにこりと笑う。



「今のSNSではアンチの声がデカいせいで、『本当のよきファン』が隠れてしまっている状況です。なので、『仲間がいる』と思わせて、彼等彼女等を誘い出します。そうして、ファンのプラスの意見を広めていけば……今度は、それが貴方の追い風になる。」


「本当の、よきファン……」



その言葉を噛み締めるように、唇が動いた。デビューしてからの六年間、画面の向こうから飛んでくるのは石ばかりだった。その中に、本当に自分を認めてくれる誰かがいたかもしれない。その可能性すら、考えたことがなかった。

セイヤの目の縁が赤く滲んだ。泣いているわけではない。だが、六年分の孤独が不意に輪郭を持って胸を突いた。

構成員を使ってファンを演出するという手法は、確かに姑息ではある。だが、『本当のよきファンが隠れてしまっている』という指摘は的を得ていた。アンチの声が大きすぎて、本物の好意が埋もれる。それはSNSが普及して以来、ずっと続いてきた構造的な問題だった。



「……いるのかよ、そんな奴ら。本当に……?」



喉から出た声は、震えていた。

疑っているのではない。信じたいのに怖い、そういう声だった。



「あらぁ、よきファンの一人の私を前にして、そんなこと言っちゃいます?」



だがそんなセイヤの心情はお構いなしと言わんばかりに、リボルバーはニヤリと笑ってそう言った。

弾かれたようにセイヤは顔を上げる。



「な……っ、お前、敵だろ!?」


「敵でも、ですよ。私、結構貴方のことは格好よくて好きなんですよー? いつも身体張ってて、頑張ってて。」


「す……!? い、意味分かんねぇ!! 揶揄ってんじゃねぇよ!!」



かっと、セイヤの顔が一気に紅潮した。視線が泳ぎ、巨体が落ち着きなく揺れた。

リボルバーは涼しい顔色で笑っていた。揶揄っていると一目見て分かる顔で。だが、二十七年の人生で『好き』と言われた経験がほとんどない男に、この不意打ちは致命的だった。動揺するなという方が無理な話だ。

セイヤは咳払いを三回繰り返し、なんとか平静を取り繕おうとしたが、耳どころか首まで真っ赤なままでは説得力が皆無だった。



「ふふふ。その次はこうします。」



揶揄っただけなのか、それとも本当なのか。落とした言葉の真意を語らぬまま、リボルバーはまたペンを動かした。話を戻すつもりらしい。

『③セツ達の所業の証拠を集め、曝す』という文字が、ホワイトボードに現れる。



「SNSの対処と平行して、現実の貴方のお仲間、いえ、復讐相手のセツサマ達にされた事の、物的証拠を集めましょう。」



そこでリボルバーは、申し訳なさそうな顔をした。これからしてもらうことは、セイヤをまた辛い環境に戻すことでもあるからだ。



「申し訳ないのですが、こればかりは今まで通り過ごしていただいて、証拠を集めてもらうことになります。」



さっきまでの赤面が嘘のように、セイヤの目つきが変わった。

証拠を集め、曝す。

その言葉が脊髄に電流を流したように、背筋が伸びた。



「言質を録るってことだな。」


「えぇ。」



セイヤは既に理解していた。あの、偽りの仲間達が自分に向ける悪意は日常茶飯事だ。それを録音して突き付ければ、世間の目は一変するだろう。“ヒーローが仲間にパワハラをしていた”となれば、スキャンダルとしてはこれ以上ない爆弾になる。



「今後出勤する際は、ボイスレコーダーを必ず持ち歩いてください。そうすれば、あの人達が言ったことがそのまま証拠になります。……できますか。」


「やる。」



リボルバーの問いに即答で頷いた。その目に迷いは全くなく、リボルバーの懸念は杞憂であることを雄弁に語っていた。



(……これなら、このまま進めて大丈夫か。)



先程までの闇落ちしかけの目ではない。同じ環境に置いて、また力で全てを捻じ伏せる思考になるのではないかという懸念半分、そして彼の心が傷付く場所へ送り返すという単純な心配を半分していたのだが、これならば。



「では、証拠集めをお願いします。」


「あぁ。」



そこでふと、証拠、と言われて何かを思い出したように、セイヤはスーツのベルトに付けられたサイドポーチのジッパーを開いた。そこから、ボロボロのメモ帳が取り出され、テーブルに置かれる。付箋が何枚も貼られたそれは、ひどく使い込まれていると一目で分かる代物だった。



「なぁ、これも証拠として使えるか。」


「? これは……」



セイヤは付箋の一枚を剥がし、リボルバーに見せる。走り書きの文字で日付と場所、そして暴言の数々が記されていた。



「アイツらにやられたことは全部記録してある。日付も、場所も。……いつか使えるんじゃねえかと思ってな。」



六年間の執念が凝縮されたそれを見て、リボルバーは今度こそ目を丸くした。



「おっ、なぁんだ、イイモノお持ちじゃないですか! それも弁護士サマに渡してください。常日頃言われてた証拠になりますから。」


「分かった。」



セイヤはメモ帳を丁寧にしまい直す。ヴィランに『渡してください』と言われて、素直に従う自分に、少し驚いてしまう。悪に属する人間にこんなに心を開くなど、数時間前には想像もしていなかった。



「次は、何をすればいい。」



セイヤの声には、もはや敵地にいるという緊張感がほとんど残っていなかった。むしろ、次にこの女から何を聞かされるのか、と前のめりになっている。ヒーローが悪の幹部に作戦会議をせがむ図は、どこか滑稽で、同時に痛ましくもあった。



「次はですね……これは、手順というより、この三つの作戦を進める間で、ずっと持っておいてほしい心意気になるんですけど。」



上から順に三つをペンで指し示し、リボルバーは四つ目を書く。


『④自分が正しきヒーローである自覚を持ち、それ相応の振る舞いをすること』


リボルバーの手で四行目に書かれたのは、そんな文だった。赤いマジックペンにペンを持ち替える。



「この作戦は、作戦の方針にもある通り。貴方が【正しきヒーロー】であるからこそ成立する復讐です。」



方針に書かれた、【正しきヒーロー】という字の下に、リボルバーは赤い二重線を引き、セイヤに向き直った。



「だから、悪人を許さず、弱き無辜を助け、善を重んじる心を忘れないでください。それこそが、この復讐の一番の肝です。」



そして、土色の目が、セイヤの黒い目を見て、柔く細まる。

セイヤは、四行目を見つめたまま動けなくなった。


【正しきヒーローである自覚を】


―――その一文が、胸の奥深くに刺さって抜けない。

セイヤは、自嘲するように口の端を歪めた。



「……俺に、できんのかね。そういうの。」



人気投票は最下位。ファンからは罵倒され、仲間からは虐げられた。そんな自分が、【正しいヒーロー】を名乗って良いのか。

絞り出すような声で、投げかけられた問い。それは弱音ではなく、確認だった。本当にそれが自分にできるのか、問いたかった。この、目の前の女に。

この女は、言った。『格好よくて好き』と。『身体張って頑張ってて』と。まるで、最初から。


セイヤを、【正しきヒーロー】を見ているかのように真っ直ぐ見て、今も笑っているから。



「悪の力を借りようとした男だぞ、俺は。」



その問いを受けて、リボルバーは目を瞬き、顎に指をあて、少し考える。



「うーん、そこで【ブラック・ローズ・ガーデン】を選んでくれたからギリギリセーフじゃないですかねぇ。他だったら、安易に力を渡してハイオシマイ、だったかもですが。」


「ハ、甘い採点だな。」


「えーっ、そもそも正しくないヴィランの判定なんですからそうもなりますって。」


「……はは、それもそうか。」



冗談めかして返された答えに、小さな笑い声が零れた。暫くした覚えのない、自然な笑みが。



「……なぁ。なんで、ここまでしてくれるんだ。」



夕陽が徐々に沈んでいく中、重ねられた問い。それは、この奇妙な状況への問いだったのか、それとも、ヒーローにここまでのお膳立てをするヴィランの心境を知りたいが故の問いだったのだろうか。

リボルバーは、にこりと笑って口を開く。



「うちの構成員はね、そういった法で裁けない相手に復讐を遂げるために集まったんです。ですから、同じ復讐の炎を抱く人間には……快楽殺人犯にはせず、復讐の本懐を遂げられるようにする。それが、我々の習わしですから。」



そして、また真意が読み取れない笑みで、サムズアップとともに付け足す。



「あとは、さっきも言いましたけど、個人的に貴方が好きなので!」



その答えに、鼻の奥がツンと痛んだ。セイヤの目の前がぼやけて、慌てて乱暴に手で顔を拭った。ごつい手が不器用に目元を擦る様は、まるで、迷子のようで。

しかし、その口元は確かに緩んでいた。



「そうかよ。」



リボルバーの心境は茶化されたものの、【ブラック・ローズ・ガーデン】という組織の実態が、セイヤの中で静かに書き換えられていった。世間ではただの悪の秘密結社としか報じられないその内側には、法では裁けぬ怒りと、それでも道を外すまいとする矜持があると。

そしてそれは、目の前のこの女も、その怒りを宿しているということに他ならない。

大きく息を吸い、吐いた。それから背筋を伸ばし、立ち上がった。



「分かった。四番目、守る。……お前の復讐の炎がまだ消えてねえのに、先に俺を導いてくれるってんなら、応えなきゃ男が廃る。」



リボルバーを真正面から見据え、セイヤは右手を差し出した。握手だ。バトルスーツに包まれた無骨で傷だらけの掌が、まっすぐリボルバーへ向けられていた。

その手を見て、セイヤを見て。リボルバーは交互にそれらを見ていた。



「ふふ。セイヤサマと握手してもらえるなんて役得ゥ。」



ふとリボルバーは微笑んで、差し出されたセイヤの手に、リボルバーの右手が重なる。



「これからよろしくお願いしますネ。」



リボルバーの手は、セイヤが思ったより小さくて柔らかかった。戦いの場で魔法を繰る手と同じとは思えない。だが確かに、あの白い仮面の下には、これがある。



「セイヤサマはやめろ、気持ち悪い。」



ぶっきらぼうに言いながらも、手は離さなかった。

窓の外から基地に差し込む今日最後の夕陽の光が、二人の影を長く伸ばす。敵と味方、悪と正義、そんな枠組みを嘲笑うかのように、穏やかな時間が流れていた。

守本聖哉という男の運命が今日、確かに分岐点を越えた。その先に待つものが栄光か、はたまた破滅かは分からない。だが少なくとも、暗闇の中で悪に手を伸ばすよりは、よほど人間らしい道であることだけは確かだった。



「さて。今日はもう遅くなります。扉の外に基地の外までの案内の者を待機させていますので、そろそろお帰りになった方がよろしい。」



手を離したのは、リボルバーの方だった。



「今日話したこれ、すぐ動けますか。」



こんこん、と、リボルバーはホワイトボードを軽く叩いて示す。セイヤは離れた掌を所在なさげに握って、手を下ろした。



「弁護士……か。心当たりがねえわけじゃねえ。前に事務所の法務が『何かあったら相談しろ』って名刺くれてた。引き出しの奥に突っ込んだまんまだが。」



記憶を思い返して、セイヤは答えた。

仮にも事務所に関わる人間からもらった名刺だったので、確かまだ保管していたはずだ。帰宅したら直ぐに確認しなくてはならない。



「明日には連絡する。メモ帳のコピーも用意しとく。ボイスレコーダーも……買いに行くか。」



セイヤはソファから離れ、入口へ向かった。数歩歩いて、ふと足を止める。振り返った顔には、ここに来た時の殺気立った表情はもうなかった。



「……なあ、リボルバー。」



頭を掻いた。短く刈り込んだ髪がざりざりと音を立てる。



「次はいつ来りゃいい。」



その問いにリボルバーは、かく、と、首を横に傾げた。イマイチ質問の意図が読めないが、返すべき答えとしてはこうである。



「うーん、そうですネェ。あんまり通い詰められると困りますけど……困ったらいつでもドォゾ。」



リボルバーはにこりと笑って、恭しく一礼した。



「我ら黒薔薇の復讐鬼一同、お仲間のお困りとあらば、いつでも力添えしますので。」



“お仲間”という響きに、セイヤは一瞬だけ目を細めた。

仲間という言葉に裏切られ続けた男にとって、それは簡単に飲み込める甘さではなかった。だが、不思議と嫌ではなかった。



「……ああ。」



それだけ言い残して、セイヤは扉を開け、廊下へ消えた。巨大な背中が遠ざかるにつれ、足音が規則正しく、力強くなっていく。来た時の足取りとはまるで別物だった。


扉が閉まり、応接間に静寂が戻った。テーブルの上にはセイヤが飲み残した紅茶が冷えたまま残っている。ホワイトボードには一つの方針と四つの段階がマジックペンで力強く書かれたままだった。

復讐者の園に、新たな種が植えられた。黒い薔薇はまだ種のままだが、いつか咲くその日に向けて、根は確かに地中深くへ伸び始めていた。

リボルバーの赤いネクタイが、最後の夕陽を受けて静かに揺れていた。


セイヤが去った応接間で、リボルバーは一人残された。冷めた紅茶のカップを二つ、慣れた手つきでトレーに載せる。ホワイトボードの文字を眺めながら、ペンのキャップを嵌め直した。

その時、廊下の奥から、足音が近づいてくる。スニーカーの軽やかなステップだ。



「お疲れ様です、先輩。随分長話してたっすね。あの新人、どうでした?」



現れたのは【ブラック・ローズ・ガーデン】の構成員の一人、カイトと呼ばれる青年だった。細身の体にカーキのジャケットを羽織り、首にヘッドフォンを下げている。

情報収集を専門とする男で、リボルバーとは長い付き合いだった。

『妙に血気盛んな新人がいる』とリボルバーに情報を渡したのもこの男である。



「ご命令通り外まで案内してきましたけど、泣きそうな顔して出てきたっすよ。何したんすか。」



カイトは応接間の壁に寄りかかり、面白いものを見るようににやにやと笑っている。リボルバーはそんな視線を何ともせず、ホワイトボードを指差した。



「ちょーっと復讐の炎の熱にやられかけてたので、指導を少しだけ。」



カイトはホワイトボードに書かれた四段階をざっと眺め、口笛を吹いた。



「へぇ……随分手緩いすね、あんたにしては。法で黙らせて、ファン演出して、証拠集めて、ヒーローであれ? 悪の組織がやるプランにしちゃ健全すぎて笑える。」


「おや、手緩いとは言いますが……我らの復讐の信条は、『関係ない無辜の民を巻き込まないこと』ですよ。手を汚さず、表のやり方で復讐ができるなら、それに越したことはない。」



リボルバーの反論に、カイトは肩を竦めた。だがその目は笑っている。



「分かってますよ。信条は守る、いつも通りだ。」



カイトは壁から背を離し、ホワイトボードに近付いた。そして、作戦の三行目を指でトンと叩く。



「ま、ここが一番キナ臭くはなるっすかねえ。レイ・ブルーから雁首揃えて……あの人気者達の裏の顔、ファンが知ったら発狂もんだろうな。」



カイトはポケットからガムを取り出し、口に放り込んだ。くちゃくちゃと顎を動かしながら、片付けを進めるリボルバーを横目で見る。



「で? オレに何やらせたいんすか。ファン演出の方か、それとも魚拓集め? アイツのSNS、アンチの巣窟だから素材に困ることはなさそうすけど。」


「そうですねぇ……まずは魚拓集めの方で動いてもらえます? 貴方の部隊の方が、そういう情報戦は得意でしょう。」



リボルバーは優しく微笑み、命じた。ガムを噛む音がくちゃりと響く。カイトはポケットからスマートフォンを取り出し、画面を指で弾いた。



「うひー、レイ・ブラックの関連のハッシュタグ、ざっと見ても三桁は誹謗中傷あるっすよ。『消えろ』『死ね』レベルのが平気で放置されてる。こりゃ開示請求通るやつゴロゴロしてますね。楽な仕事だ。」



画面をリボルバーに向けて見せた。カイトの指がスクロールするたびに、目を覆いたくなるような罵詈雑言が並んでいる。リボルバーの笑みが、少し深くなる。



「今夜から動くっす。部隊の連中にも回しときます。一週間ありゃ主要な魚拓は押さえられる。」



そのリボルバーの様子をちらりと窺って、カイトは命令受領の言葉を返してスマートフォンをしまい、扉へ向かう。

だが、途中で足を止めた。



「……先輩。あんた、レイ・ブラックのファンだって言ってたのマジ?」


「おっとぉ? 貴方、もしかして聞いてましたね?」



カイトからの追求に、リボルバーは苦笑いした。いつの間に盗聴機器でも仕込んでいたのか。この後輩は全くもって油断ならないというかなんというか、という心情である。 

カイトはにやりと口角を上げた。歯に挟まったガムが覗く。



「別に盗聴じゃねえっすよ、扉が薄いんだ。あのデカブツの声、壁突き抜けんだもん。」


「それはそれでいつからドア前で待機してたんですか……」



自分が彼にお願いしたのは、帰りそうなタイミングを見計らって居てくれというお願いだった筈なのだが。それまで隣の部屋で待機していたのではなかったのか。

それは盗み聞きとそう変わらんのでは、と思うリボルバーの呆れたような問いには答えず、カイトは手をひらひらと振りながら応接間を出て、廊下を歩き出した。



「ま、あんたがそう言うなら本気なんすよね。了解、オレも本気で仕事します。」



振り返らないまま、片手を上げた。



「一週間後、報告するっす。お人好しの幹部殿。」



カイトの足音が遠ざかり、応接間には再びリボルバーだけが残された。ホワイトボードの文字がぼんやりと蛍光灯に照らされている。四つの段階。その一つ目が明日から動き出す。テーブルの上の渋くなった紅茶を飲み干して片付けながら、リボルバーの頭の中では既に次の手が組み上がり始めていた。

セイヤが正しきヒーローとして立ち上がる日。それは即ち、セツ達の化けの皮が剥がれる日でもある。


目を向けた窓の外はすっかり夜に沈んでいた。復讐者の園に、新しい季節の風が吹き始めている。

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