34:祠
「……これは……俺の祠だ」
「ほこら? 俺のってどういうことだよ」
扉をこじ開けた先、そこに広がっていた空間に設置されていたものは、なるほど言われてみれば祠のように見えなくもない。下水を模した迷宮にはあまりにも不釣り合いだ。そして俺の、というのは意味不明である。
「ミカハヤさんが買って家に設置してるの?」
「そんなわけがあるか。俺が管理を任されていた祠、という意味だ。なくなるようなものでもないのに、急にどこへいったのかと思っていたが、なぜこんな場所に……」
「本当にわけわかんないね。ここが実はミカハヤさんの住んでた場所とかじゃない? まるごとここに呑み込まれてさ」
「そんなことはない。それよりも祠だ。本当に俺のものであるなら、中に鏡があるはず……」
ミカハヤさんはそう言って祠の小さな扉を開くと、中から銅鏡のようなものを取り出した。
「それ、特別なもの?」
「亜浄玻璃鏡という、真実を映し出す鏡……らしい。今までに役に立った試しはないが、今後何かの形で使える可能性はあると思ってな。祠ごとは持ち出せないまでも、これを回収できたのは僥倖だ」
「ふうん……」
この手の固有名詞、一生覚えられる気がしないな。『マジ鏡』とかにしてほしい。
「覗いてみるか?」
「じゃ、試しに」
顔よりちょっとでかいその鏡を受け取り、覗く。
そこに映ったのは黒い人影だった。
この真実を映す鏡とやら、鏡としてろくに機能しなそうな銅鏡のような見た目とは裏腹に、シルエットのようなその像はやたらはっきり映し出されていた。
「黒い人影が映ってるんだけど。どういうこと?」
「なんだと?」
ミカハヤさんが僕の後ろから鏡を覗き込む。
そのタイミングで鏡に映ったミカハヤさんの顔は……僕が見るミカハヤさんそのものであった。
「なんだ、これは……。今までこの鏡が実際に、単なる鏡以上の機能を見せたことはなかったんだが……お前、なんだ?」
「僕が聞きたい。何かの暗示?」
「俺の姿はそのまま映っている……この影はお前そのものと考えていいのではないだろうか」
「この黒いのが僕ということは、つまり……どういうこと?」
「知るか。だが、お前がだんだん敵に見えてきた」
「まあまあまあまあ、待ちなって、見ての通り僕に敵意はないしさ、もうちょっとじっくり考えるか……それか、こんなもの忘れて先に進もうよ」
「……」
ミカハヤさんがこちらをじっと見つめてくる。怖い。顔が元々結構怖いのでかなり怖い。
僕の周りの男、強面しかいなくないか?
一人くらい女の子みたいに可愛い男の子がいてもいいだろうに、実際には暴力団顔負けの凶悪な面の奴しかいない。おかしいだろ。
「いや、そんなに睨まれても困る、僕も困惑してるんだよ。なんで僕だけあんなふうに映るのか、僕にもわからない」
「睨んでいるわけではないが……なにか心当たりはないのか?」
「信じてくれるんですね!」
「急に大声を出すな。わざとらしい敬語も使うな。……別に大した根拠もないが、悪人に見えない、というだけだ。それで、心当たりは」
「ありません。いや、嘘だ。ないこともないかな」
「言ってみろ」
「僕……僕らは言うなれば、神様に改造された強化人間なんだ。それで、体の作りが常人とは違うものになってるのかも」
エリアがエーテルがどうこうみたいな話をしていたし、体を流れる、あるいは構成するエーテルが鏡を通して見えたのかもしれない。知らないけど。
他には特に心当たりもない。
「そうか」
それだけ言うとミカハヤさんはまた祠を漁り出した。
「なんか淡白だね。疑わないの?」
「むしろ得心がいった。お前の有り得ない怪力にな。それに、神から力を授かったというのは俺も似たようなものだ」
「あー、あの燃やすの、そういう感じなんだ」
「そういう感じと言えばまあそうだ。それと……この場で追求するのは不毛だろう」
「そりゃまあ、そうだね」
判断材料に欠け過ぎている。せめてもう少し鏡に映すサンプルがあれば話は変わったかもしれないが。仮に千紗ちゃん達も黒く見えたら先ほど言った通りということだし、なんでもない人も変に映るなら、鏡のほうがミカハヤさんの知っていた以前のものから変質したことになる。
ミカハヤさんが後ろ……壊れた扉の方に向き直る。
「鏡の回収も済んだところで、先に進みたいと思ったのだが……何かがこちらへ向かってきているようだ」
「そんなこともわかるの?」
僕には何も感じ取れない。見えないし、聞こえない。ミカハヤさんの能力による探知だろう。
「熱源が、三つ……あの鼠共の体温ではない。人か?」
「めちゃめちゃ便利そうだね、それ。僕のこともそれで見つけてくれたの?」
「ああ、そうだ。間に合ってよかったよ……それより、来るぞ。破壊音を聞いて寄ってきたのかもしれない。敵意のない相手だといいんだが……場合によっては、即、燃やさなければならない」
「三人なら多分その必要はないけどね」
「?」
丁度の数だ。暴力の出番ではないだろう。
少しして、やはり甲高い声が聞こえてくる。
「モチヅキーー! いませんか!?」
ここの構造上ややくぐもって、そしてエコーがかかったように聞こえるが、まあイヴの声で間違いないだろう。
その旨ミカハヤさんに伝えておく。
「僕の仲間だ」
「なるほどな。結社とやらか?」
「そうそう。おーい! 僕はこっちだ!」
声のする方に歩きつつ、出来る限り声を張ってイヴを呼ぶ。
すぐにその姿を確認することが出来た。
先導しているのがイヴで、千紗ちゃんと平野は保護者のように後に続いている。
「モチヅキ!! 無事でよかったです! 私が一番心配していました!」
イヴが可愛らしい笑顔でとことこと走ってくる。
かわいい。
合流できて本当によかった。強面の男との二人旅は流石にもう御免だ。……以前に志木としたからな。
「こいつはよくもまあぬけぬけと……」
「相当面の皮が厚いですね」
「う、いいじゃないですか、合流できたんですから……」
イヴがなにやら千紗ちゃんと平野に突っつかれている。何があったのかはわからないが、面の皮は千紗ちゃんも相当厚いと思う。これは褒めている。
「いや、本当によかったよ。僕はともかく、君らに何かあったらと思うとね。いやまあ、大丈夫だろうとは思ってたけど……強いし……」
「そうですね。逆に今、悠一郎さんは弱いんですから。今回のは事故みたいなものでしょうけど、うっかり迷子にならないでくださいね」
僕は子供か。
「それで、こちらの方は?」
千紗ちゃんがミカハヤさんのほうに視線をやる。
「ミカハヤさん」
「ミカハヤさんですね。名前だけ伝えられても何もわからないようなものですけど」
「炎を操れる」
「……そうですか。……ええと、カルさんの発火能力みたいなものですかね?」
「そうかも。いや、熱操作って感じかな? どうなんですか?」
ミカハヤさんに発言を促す僕に、最初からそうしてくれればいいのに、とでも言いたそうなじっとりとした目を向ける千紗ちゃん。
悪くない。
いや、良い。
「原理は知らんが、お前の言う熱操作のような事も、発火させることもできる。俺は甕速日神。こいつとはつい先程初めて会って、行動を共にしている。ところでこいつの名前、モチヅキユウイチロウというのか? 俺には佐藤マイケルと名乗っていたぞ。偽名だろうとは思っていたが」
「ああ、なるほど……偽名ですね。悠一郎さん呼びはまずかったですか? 最初の呪術師みたいな相手を警戒しているなら、最早名前を掌握されたところで問題ないと思いますけどね。あれって対象に詠唱を聞かせる必要があるらしいので、余程強力な自衛手段でも持っていない限り詠唱中に殺すだけで済むんですよ。そしてそんな自衛手段を持った相手がいるとなると名前がバレていなくても勝てない可能性大です」
「……そうなんだ」
その呪術師相手に漏らしていた子とは思えないぜ。
「さて、私は伊丹。こっちは白魔道士と平野です。それで、行動を共にしていたということは、目的は同じ、下水の迷宮の制圧……ここを統べる異界種の討伐、ですかね?」
「白魔道士……?」
「そこはいいので」
「ふむ。……イカイシュ、というのは知らないが……ここの調査と、可能なら破壊なり埋め立てなりの処理をするつもりだった。制圧といえば制圧だな」
「なら同じです。ただ……どうしましょうか」
「何を?」
「今後も行動を共にするべきか否か」
とは言っているが、千紗ちゃんはどちらかというと否定寄り……さっさと別れたがっているように見える。何かしら不都合があるのだろうか。単に千紗ちゃんからしたら足手纏いとか?
「俺としては同行したい。ここの扉を開けたのもこいつ……望月だしな」
「分かりました。ではそうしましょう」
嫌そうに見えた割に案外話が早い……そうと決めるのを渋る様子がない。
千紗ちゃんは奥に向かって歩き出す。
その歩き方からはこの先に進めばよいという確信が窺える。何かしらの指標があるのだろうか。
イヴと平野が疑うような様子もなく、僕達もそれに続いて歩いていく。
「それにしても、なぜ悠一郎さんだけ違う場所に出たのか……早い段階で合流できたから結果的にはそこまで困りませんでしたけど、最悪死人が出ていてもおかしくない状況ですよ」
「誰が死ぬの?」
「あなたに決まってるじゃないですか」
決まっているらしい。
まあ実際細菌どうこうみたいな話もあったし、それに対処できる人間がそばにいないと生存も厳しいのかもしれない。
「結社の設備のエラーというのは……考えにくいです。今までにそんな報告が上がったことはないですし、性質上バグが起きるような代物でもないです。前者に関しては生存バイアスともとれますが……」
千紗ちゃんの正面は行き止まりに見えたが、千紗ちゃんが手を翳すと壁が崩壊し、その先に道が現れた。
この子は迷路の壁をぶち壊しながら進んでいる。
「生存バイアス?」
「死体は喋れませんから。エラーの度に全滅しているなら、誰もそれを報告できないことになります。ただまあ今回のように、複数人で赴いて一人だけが別の場所に飛ばされた……というケースなら報告も可能でしょうから、あまり気にしなくてもよさそうですけど。考えるべきは、位置情報をインプットしたのが社長だということ、そして……得をするのが誰か」
「誰も得しなくない?」
待て、恨みがある人間が僕を死に追いやれるとしたら、それはそいつにとって得なのか?
だとすると心当たりはなくもないぞ……ちょっとだけね。
「いるじゃないですか。一番得した人が、隣に」
言われたので隣を見ると、そこにいるのは強面の男……ミカハヤさんだ。
なるほど確かに、扉を蹴破ったりはしたが、そのためだけにそんなことをするだろうか。第一、どうやって僕の座標をずらしたというんだ?
「待て、なんの話をしているのかもよくわからんが……俺はこいつを貶めるようなことなどしていないぞ」
「そうだね」
さすがに千紗ちゃんが過敏な気がする……でも千紗ちゃんだからなあ。口に出さない部分でも色々考えてて結局当たってるのかもしれない。
「悠一郎さんと一緒に居なかった場合、私は初めて会った時点であなたを殺していました」
「ええ……」
人間相手にそこまでやるような子だったっけ、と若干引いていたが、イヴがフォローを入れる。
「まあ、イタミはサイコなのでモチヅキが引くのもわかるのですが、実際ダンジョンの中で出遭うものは大抵が敵です……なんら不自然なことではありません。予防策としてモチヅキをそばに置いておく、というところに辿り着くのは不自然ですが。手段以前に、こう作用するなんて普通わかりようがありません」
「私がしてるのは結果から逆算した、あり得る……可能性の話です。確実にそうだと言っているわけではありませんし、この男が根本から善良で友好的でも極端におかしくはありません。今からでも殺しておいていいとは思いますけどね」
「……おい、望月、俺はどう反応すればいいんだ」
「知りませんよ……」
露骨に対応に困っているミカハヤさんに助け舟を出すべく色々と思索する。好きな食べ物のこととか話してたら仲良くなれるんじゃないかな。僕は肉。
「あ、そうだ、鏡」
忘れていた。
ちょうどよくサンプルが合流してくれたのだ、折角なので試してみたい。
「鏡?」
「鏡があるんだよ。マジ鏡。他の人にも映ってもらおうかと思って」
「マジ鏡……?」
困惑半分呆れ半分といった声色で千紗ちゃんが単語を返してくる。マジ鏡はマジ鏡だ。既に名前を忘れた。
ミカハヤさんは就活生が持ってるような鞄からマジ鏡を取り出すと、それを千紗ちゃんに手渡す。
「亜浄玻璃鏡だ。名前は覚えてくれなくてもいいが、この鏡は────真実を映す鏡」
それを聞いた瞬間、鏡で自らの顔を確認する直前の千紗ちゃんの表情が、珍しく露骨に引き攣っていた。




