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ダンジョンと現代神話  作者: 霧色瑪瑙
1

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24/34

24:マネキン

「ユウ?」


 志木達が集まるのを待つ間、ベンチに座って本を読んでいると、近くからカルの声がした。

 没頭していて気がつかなかったが、既に志木と栞ちゃんも側に立っていた。


「ん、揃ったかな」


「志木君はわかるけど、この人達とはどういう繋がりなの?」


 この人達、とはおそらく千紗ちゃんと栞ちゃんのことだろう。


「まあ初対面だよね。軽く紹介しておこうか。一緒に巻き込まれた子と、その友達。それで、こっちが僕の幼馴染」


 僕が彼女らそれぞれとの関係を述べると、千紗ちゃんは少し怪訝な顔をしてから名乗る。


「……はじめまして、伊丹千紗です」


「羽生栞ですー」


「上里迦縷です」


 口調こそそれなりにフレンドリーだが、互いを見合う表情はそこそこに険しい。

 栞ちゃんだけは笑顔を浮かべている。浮かべてこそいるが、取ってつけたもののようにも思える。

 まあ僕らはピクニックに行くわけでもなく、生命の危険さえある場所に赴くわけなので、顔が浮かないのも当然だろうか。


「女の戦いだな」


「違くない?」


 傍目から見ていた志木が、僕に耳打つようにズレた発言をする。

 カルからの好意は明らかだが、千紗ちゃんと栞ちゃんに関しては手応えが微妙であり、僕を巡って牽制し合うほどではないはずだ。


 というか、それを考えていて思ったのだが、僕は下手したら積極的に三股か四股をかけようとしているクズ野郎なのではないだろうか?

 それなりに誠実であるつもりだったのだが、どうしてこのような状況になっているのだろう。

 いや、まだ誰とも付き合っていないので浮気にはならないはずだ。

 そもそも全てエリアのせいであるような気もする。僕は悪くない。


 危険な場所に赴く、とは言ったが、ここに集まっている人間は皆自分の意思でダンジョンに潜る事を決めている。

 暇潰しの娯楽としてなのか、正義感からか、英雄願望でもあるのか、あるいは僕の知らない部分から何か特別な理由が生まれているのか。

 僕が潜る理由というのも一言で説明できるようなものではなくなっている。

 それを述べるには、この心の奥底にある濁った感情を繙かなければならない。もっとも今は落ち着いているが。


「それじゃあ、行こうか」


 そう言って、光の差す方へと歩き出す。

 諸々混じり合ってはいるが、僕をダンジョンへと駆り立てるもの、その中で最も大きいもの、それはエリアに会いたいという欲求に他ならない。

 会えば全てが解決する気がする。

 根拠はない。

 ただ、そのように感じるのだ。



 ◯◯◯



 僕達が立っていたのは、この前の森とは打って変わって、豪華絢爛といった様相の屋内だった。

 耐性がついたのか、前回前々回と異なり、誰も気絶してはいなかった。

 意識があったはずなのに、気が付いたら全く異なる場所にいる。

 未だにこれの理屈は全くわからない。


 前回のダンジョン崩壊で得たエーテルがあるので、レベルがかなり上昇していた。数字にして49。

 ポイントもかなり得ているが、前回のエリアの説明を受けて、全てをSTRに振ることには既に興味がなくなっていた。

 しかし、もう適当でいいと思っているというわけでもない。

 このステータス欄には、一つ飛び抜けて異質なものがある。

 LUC(幸運)だ。

 運の良さ、という項目は、力、体力、精神力などといった能力とは明らかに一線を画している。

 これにポイントを振ることで本当に運が良くなるというなら、それはコインの表裏を当てられる確率が1/2でなくなるという話であり、力が強くなるなどということとは比べ物にならないほどの怪奇である。

 振るならこのステータスだろう。

 僕は手に入れたポイントを全てLUCに割り振った。


 カルの方を見ると、瞳が赤く光っていた。

 やはりダンジョン内のような空間ではこのようになるらしい。


「……その目、どうなってるんですか?」


 千紗ちゃんが不思議そうな顔で尋ねる。


「わからないけど、なんか光るんだよね」


「……そうですか……」


 カルの答えは適当なものだった。まあ、今更目が光る程度のことに一々拘ることもないだろう。

 呆れるように呟いた後、千紗ちゃんはあたりを見回す。


「お城……みたいですね」


 赤い絨毯。

 吊り下げられたシャンデリア。

 しっかりした暖炉に、白いテーブルクロスをかけられた長机。その上に置かれた燭台。

 まさしく僕達がイメージするような洋風の城内そのものだった。


「みたいっていうか、お城だよね。まあ、ぼちぼち探索していこうか」


 一先ず目に入った長机に近付き、燭台を手に取ってみる。

 純金というわけではなさそうだが、黄金色に輝く金属製のそれは、現実で買おうとすればかなりいい金額を要求されそうな代物だった。

 ざっと見たところ、特に変わったところはなく、突然動き出したりしそうにもない。こういう場所だと鎧だとかが動き出すのが鉄板だが、とりあえず燭台は警戒しなくても大丈夫だろうか。


「小さい頃、こういう所に住むのに憧れてたなあ。お姫様になりたい、みたいな」


 シャンデリアを見上げながら、過去の少女趣味的な願望について口にしたのはカルだ。


「今は違うの?」


「流石にね。私もう二十歳だよ?現実、知ってるから」


「まあ、そっか」


 現実を知った。

 あまりにも現実離れした能力を持った彼女が言うには少々おかしな言葉でもあるが、そうであるからこそ見えてくることもあったのだろう。

 カルは明るい子であり、失礼ながら頭もどちらかと言えば軽い部類だろうが、おそらく僕も届かないような暗く重い現実を見ている。

 異能を持っており、人並より容姿が優れており、カルがどう思っているのか知らないが、親が宗教にのめり込んでいる。そのようなカルが現実に生きているからこそ見えてくる道理。

 それなりに重みのある言葉だった。

 少女が少女でなくなるという変化は、胸を打つ。


 僕は凝った煌びやかな装飾が施されたドアを開き、廊下に出ると、物悲しくなった気分を誤魔化すように話題を振る。


「千紗ちゃんもやっぱりお姫様に憧れてたりしたの?」


 少し逡巡し、目を横に流した後、どこか深刻そうな表情でこちらを見て口を開く。


「……言ってしまえば、今でも憧れてます。子供みたいな憧憬ですけど、本気で考えているんです。可愛らしいお姫様に生まれたかったと」


 意外な返答だ。千紗ちゃんには結構リアリスティックな部分を感じていたので、一笑に付すものだと思っていたのだが。


「そうなんだ?千紗ちゃんのイメージと違うからちょっと驚いたよ、可愛らしくて素敵だと思うけどね。なんでそう思うのか、自己分析してあったりする?」


 聞けば理論立てて説明してくれるだろう、という考えの上でそう尋ねる。


「……まあ、自分で色々考えましたけど、他人に理解してもらえるものでもなさそうなので、言うつもりはないです」


「気になるなあ」


「言いません」


 頑なである。

 恥ずかしがっているのか、言葉通りに僕の理解が及ばないと考えているのか。

 あるいは、以前誰かに話した時に、心ない言葉でもかけられたのか。


「可愛らしさで言うなら千紗ちゃんはとっくにお姫様って単語から連想されるレベルを超えてると思うけどね」


 国一つくらい簡単に傾けそうだ。


「私としてはそのあたり不安で仕方ないんですけどね」


「なんで?」


「……まあ、色々あるんです」


 ここも詳しい説明を避ける。

 絶対的な基準がないから不安なのだ、と考えればまあ千紗ちゃんらしくはあるが、どうも単にそれだけの話でもないように思う。


「まあ、普通のことだと思うけどねー。誰だってそういう考えくらいあるんじゃない?私も石油王の娘に生まれたかったし」


 栞ちゃんも会話に混ざるが、それは話がズレすぎている気がする。



 会話を打ち切り、そのまま五人で固まって広すぎる廊下を歩く。

 長すぎることに加えて、薄暗いこともあり、視力が強化された僕であっても奥まで見通すことができない。


 少しして、僕らが出てきたものとは異なる巨大な扉を発見した。開こうとするが、鍵がかかっているのか、志木が押しても引いてもぴくりとも動かない。


「僕がやる」


 言って、籠手を嵌め、取っ手を掴んで引く。

 動かない。

 扉に手を当て、押し込む。

 動かない。

 これ以上力を入れれば壊れてしまいそうだ。


 少し考え、僕は思いっきり扉を殴った。

 轟音が響き、扉が跡形もなく粉砕される。

 扉があった場所の奥にあったのは、殴り抜かれて抉れ、ヒビの入った石壁だった。


「ダミーかよ」


 どうやら扉の奥に必ず部屋があるというわけではないらしい。

 他の扉もダミーだとすれば、僕らはこの廊下の先へと真っ直ぐ進み続けることしかできない。

 広大な城に見せかけておきながら、その実存在する空間は極僅かだったというわけだ。まだそうだと決まったわけではないが。


「壊すなら先に言え……寿命が縮んだぞ」


「今度からそうするよ」


 志木の心臓に悪かろうが知った話ではないが、女性陣を驚かせるのも悪いので、言った通り今度からは事前に声をかけることにする。



「おい」


 廊下の先を眺めていると、どこからともなく声がした。

 男の声だ。志木のものではない。

 不可解なことに、音源の方向を特定できない。頭の中に直接話しかけてきているかのようだ。


「女王がお待ちだ……全員連れて行かせてもらう」


 女王とは、ここのボスのことだろうか。

 僕はエリアに会えさえすればそれでいいので、その提案は願ったり叶ったりである。


 言葉が終わると、白い石壁がもぞもぞと動き出した。

 石壁がもぞもぞ動くはずがないのだが、実際にそのように見えるのだ。

 ぬっ、と、蠢いていた石壁の中からトランプ兵のような姿をしたマネキンが出てきた。

 おそらく声の主だろう。赤い槍を手にしている。


「女王様のところに連れてってくれるの?」


 そのトランプ兵に向かって、かけられた言葉を反芻するように尋ね返す。


「あぁ……そうだ……半殺しにしてな」


「なるほどね」


 どうやらあの槍の赤は刺された者の血だということらしい。

 マネキンというもの自体がそもそもある種の不気味さを孕んでいるように思うのだが、このトランプ兵が持つ要素の数々によってそれはより一層増幅されて感じられた。

 半殺しにして連れて行く、というのは僕達の魂をその女王とやらにしっかりと補食させるためだろう。

 だとするとやはり、このトランプ兵はその女王とやらの眷属であるということになるはずだが、そういったものが人語を解すのは初めて見る。最も知性が高かったであろう、呪文を唱えた蜥蜴でさえ、人語を用いてはいなかった。

 モノリスから発せられる光の色も他とは異なっていたが、やはりここは特異なダンジョンであるのだろうか。


「なんとか無傷で案内してもらえない?ちゃんとついていくからさ」


「ダメだ……万が一にも、女王を危険に晒すわけにはいかない」


「まあそうか。随分しっかりした忠誠心だね」


「当然だ」


「残念だけど、女王様は君を粉々にしてから自力で探すことにしようかな」


「驕るなよ、下等種族が」


 マネキンに下等種族などと呼ばれる謂れはないのだが、このマネキンはさも当然であるかのような口振りで罵倒してくる。


 その言葉を聞いてすぐ、僕は一瞬で距離を詰め、マネキンの頭に拳を突き出す。

 視界の端に、何かを捉える。

 時間が止まるような感覚を得る。

 止まった時間の中で、その視界の端の何かに意識を向ける。

 血に濡れた槍の刃だ。

 僕は地面を蹴り、即座に距離を取った。

 時間の流れを捉える感覚が元に戻る。この前のゴタゴタでの経験を経て、ダンジョン内での加速の使い勝手は相当に改善されているらしい。


「今のにカウンターできるのか」


「……速すぎる。お前は本当に人間か?」


「まあもう改造人間みたいなものだろうね」


 神様に好き勝手改造された結果生まれた超人だ、と言っても特に語弊はないだろう。


「しかし、俺の方が上だ。半殺しにできる」


 半殺し、という言葉にやたらと拘っているようだ。

 それだけ生死と無力化が重要であるという話だろうか。


「驕っているのは君の方だね。こっちは五人いるんだ。カル、お願い」


 情けない、格好のつかないお願いにはなるが、簡単に、確実に勝てる手段があるのなら、それを使って然るべきだろう。


 トランプ兵は依然傲慢であるように見える。

 マネキンに表情などないのだが、顔が見下すような角度になっている。


「誰が来よう、と、おっ」


 カルの瞳の光が強くなると同時、マネキンの体に張り付いたトランプがひしゃげ、すぐにマネキン全体が粉々になり、ボールのように固められて地面へと落ちた。蒸発し、徐々に消えていく。

 相当戦闘力が高いであろう僕でも苦戦するような相手を、問答無用で一瞬で破壊する超能力。

 これだけの物を持っているならば、なるほど一人でダンジョンをクリアしたという言葉にも納得できる。

 周りを見れば、千紗ちゃん達も呆然としているようだった。志木に至っては馬鹿みたいに口をあんぐりと開けている。


「倒せちゃった。この分だと女王?もあんまり強くなさそうだね」


「……そうだね」


 過去最強と言っても過言ではない相手を一瞬で下しておいて尚余裕綽々、といった言葉に対し、僕は相槌を打つ事しかできなかった。


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