6話
サリトに抱っこされたままの状態で、荒れた館を出ていく。
しかし本当に大丈夫なのだろうか?
『捕まったりしない?』
先ほどより滑らかに春太は書けた気がした。これなら回数を重ねるごとに、読みやすい字になっていくだろう。
「ここの国、誘拐とか、それが原因の騒ぎ珍しくないんだよ。いつ滅びんのかな」
「あまり言いたくないけど……。厄介払いをしやすい場所でもあるからね。ある意味必要とされてる。成り立ってるのが確かに不思議だけど」
「にぃ……」
色んな国があるものだ。
正直あんまり知りたい場所ではないなぁ、と息を吐くとサリトが神妙な顔をしていることに気づく。
「にゃ?」
「あんなに感情的になったの久しぶりだから……なんか恥ずかしくなってきちゃった……。ぅ、ほんとに大丈夫でよかった」
「サリトー、泣くなよぉ。かわい……じゃないシュンタ困ってんじゃん」
「うぅぅぅ」
「にゃにゃ、にゃっ」
ジェスのサリトに対する反応にもうスルースキルを春太は身につけていた。
サリトが落ち着き、宿へ向かうことにする。早くこの国を発ってしまいたいが、休息や準備だって必要だ。
まずはヒラヒラな春太の服装をどうにかしなければ。
「はぁ、シュンタがやっと落ち着ける服装になれた」
「お坊ちゃんなおべべも似合ってたけどなー」
動きやすい、シャツとズボン。小さな身体にぴったりなローブも試しに羽織ってみる。
宿の部屋の中でさっそく春太は着替え、今になって心から自由になれたような気がした。
『ジェスさん、ありがとう』
「おうよ。あ、それからシュンタ。しっぽ片方隠せねぇ? こう腰に巻き付けたりとか」
「にゃあ」
(んー。これ、ローブ着てたらごまかせるんだけど……)
しっぽは太さがあるから、服の下に巻き付けても違和感が出てしまう。
「ローブ脱いだら腰にファーつけてるとか言っとけ」
「にゃっ!?」
「ははは。まぁ、ぱっと見で一本に見えたら大丈夫だと思うな。最初から二本だって決めつける人はいないだろうし」
(思い込みからくる錯覚ってやつね)
格好についてどうするか決まったところで、サリトに明日ジェスとこのモゼルで別れジャッダへ向かうことを伝えられた。
獣人の国に最短ルートで行けることをジェスが提案してくれたと。
「ちゃんとお別れできなかったから、レシアに手紙を書こう?」
「ん!」
「じゃあ僕、軽い食べ物と便箋買ってくるね。ジェス、シュンタのことよろしく」
「任せろ。行ってきな」
『いってらっしゃい』
ジェスとふたりになるのは初めてだ。
彼の顔を見上げてると、どこか強気で綺麗な顔がニッと笑った。
「俺の仕立てた服はどうだ? 違和感とか」
『大丈夫。動きやすい』
「よかった。ま、当たり前なんだけど」
わしわしと頭を撫でて来て、ジェスは言う。
「シュンタ。これからの旅、サリトには遠慮せず思いっきり頼れ。けど依存はちょっぴりまでにしろ。自立する術を学べよ」
「にゃ、にゃあ」
しっかり聞こえてはいるのだが、撫で続けられている所為でちゃんと返事ができない。しかも寝不足の影響が相乗効果で眠気を呼ぶ。
まぶたが、重い。
「に、にぅ……」
「んー? 眠い? よしよし」
手つきが優しいものへと変わり、春太は完全に眠りに落ちていった。
「おやすみ」
◇◇◇
意識が、ぼんやりと覚醒していく。
聞き覚えのある声が、徐々に徐々に大きくなっていく。
「サリト……」
春太は開きそうになった目を、すぐさまぎゅっとつぶっていた。
ジェスの声が、静かかつどこか真剣でもしや告白か、と思ったからだ。しかしそれは勘違いだとすぐに分かる。
「マジックバッグの中身、全部出しちまおう。いるいらないもん分けような」
「はい……」
(片付け苦手なの、ジェスさんも知ってたんだね!)
起き上がることにした。
「シュンタ? おはよう」
「にゃあ〜」
「おう、いいとこで起きたな。お前もサリトの持ちもん把握しとけ」
完全に覚醒はしないままに、とてとてとふたりに近づいた。
サリトが買ってきてくれた軽食を手渡してくれる。紙の袋に包まれたふっくらとしたまるいパンに肉と野菜が挟まったハンバーガー的なやつだ。
「温めるね」
サリトが手をかざすと、ハンバーガーは丁度いい具合に温まった。ふわりと湯気が出て、美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
魔法ってこんなこともできるのかと、春太はまだ食べずまじまじと見ていた。
「ほんと魔法は器用に使うよなー。火、出さずに熱気だけあてるって」
「加減調節できるようになれば簡単だよ?」
「むーりぃー。シュンタ聞いてくれよ。サリトはな、魔法の加減を基本十段階って決めていて、その十段階の上と下にもさらに十段階加減できるって言ってんだぞ?」
「にゃっ!?」
「ほら、驚いてんじゃん」
「えーっ僕がおかしいのーっ?」
『天才の発想』
そんなことないよー、と言っているがそんなことあるだろう。
数値化さるのならまだしも、感覚的なことならば扱いに細やかさを求めるのはとても難しい。
──そういえばこの世界、レベルとかの概念あるのか?
聞いてみるとサリトはあっさり「あるよ」と答えてくれた。
「えーと確か鞄の中にステータス数値計が……」
「中身選別してからな。シュンタはその間それ食べとけ」
「にゃん」
マジックバッグ。その見た目の大きさよりも遥かに多く物を詰め込めるまさに魔法の鞄。重さも全然感じず、旅をするなら必需品といえる。
厄介なのは、持っている物を把握しておかないとずっと入れっぱなしの場合もあること。
サリトみたいな整理整頓が苦手な人間が扱っていると、特に……。
「これは?」
「解毒剤作るのに必要なやつだ」
「このぐしゃぐしゃの紙……」
「あ、もう要らないメモー」
ぽいっ、と丸められた紙がゴミ箱へいく。
要る、要らない、だけでなく売れるもの薬の素材になるもの等々……。カテゴリ分けしていく。
春太はもきゅもきゅとハンバーガーを食べながら、それを見ていた。
「はぁ……。こんなもんか」
「ありがとう、ジェス。ついつい使うものだけ出してあとは忘れちゃって」
「サリトがやると余計に散らかるからな。これからの旅はシュンタがやるんだぜ」
「にゃ!」
大きく頷くと、サリトは恥ずかしそうに頬をかいた。それからなにか思い出したように、一枚の黒いカードらしきものを手に取る。光沢があり光を反射し物をうっすらと写している。大きさや形はポイントやクレジットのカードみたいだ。
「これがステータス数値計だよ」
「!」
「持ってなくても、ギルドでお願いしたら貸してくれるんだ。まずは僕で試してみよう。……何年も確認してないや、ちょっとはレベル上がったかなぁ」
ステータス数値計を持ったまま、じっと見つめる。すると数値計に文字が現れ、それが拡大しながら空中に浮かび上がった。
サリト=レチュリカ Lv.562 年齢67
「ふにゃっ!? にゃあ!?」
「やっぱ驚くよな。レベルパネェもん」
「にゃ………」
(や、こういう名字だったんだ。とかレベルどういうことなの。とか、もあるんだけどっ、あるんだけどおぉぉぉっ)
『年が おじいちゃん』
宙に、思いの丈を書き殴った。しかし。
「えっと、シュンタ……これは何語だろう?」
「シュンタの世界の字?」
無意識に日本語で書いていたようで、落ち着いてから改めて思ったことを書き直したのだった。