八話 図書室にて
練習の約束をした大地は四人と別れてからメイドのジジから図書室の場所を聞いて図書室へと足を運んでいた。
図書室にやって来たのは魔法に関する本とメルキド帝国との試合に関する資料を探すためだったが……、
「……ダメだ。字が読めない」
近くにある本を手に取って開いてみるが字が読めなくて大地は残念そうに肩を落とす。本の中には漢字でもアルファベットとも違う文字で書かれていた。
――言葉が通じるから文字も読めると思ったけどダメか。
――字は読めなくてもスコアブックみたいなのがあれば何となく理解できるかもしれない。
大地は気持ちを切り替えて野球に関する資料を探すことにする。
「えっと、野球の資料はどこにあるんだ?」
しばらく図書室をウロウロするが目的のものが見つからなかった。
「やっぱジジさんに来てもらうべきだったか」
ジジに図書室の場所を聞いた際に自分が案内しましょうかと言われたのを断ったのを少し後悔する大地。大地の予想では図書室と言うのだから大して広くないと思っていたが本の量か
ら言って図書館といってもおかしくない。おそらく魔球を投げるために魔法を勉強しなきゃいけないからこんなに本が多いのかと大地は推測する。
「君が久瀬大地くんか」
図書室をさまよっていたら声をかけられた。
声をかけてきたのは大地よりも背が高い身長一八〇センチもある長身でスレンダーな女性。歳は大地よりも少し上の二〇歳ぐらいだろうか。キリリと整った顔立ちはどことなく大人の
女性の雰囲気を感じさせる。
「あんたは?」
「私はソフィア。一応君のチームメイトだ」
「ソフィア?」
名前を聞いてついさっきオデットたちと話していた時にその名前が上がっていたのを思い出す。
「あんたが経験者のソフィアか。会ったこともないのにどうして俺のことを?」
「さっきチビーズが君のことを話していたからね」
「チビーズ? もしかしてグレタたちのことか?」
「うむ」
と言うとソフィアは顎に手を当ててジーっと大地の顔を見つめる。
「どうかしたのか?」
「君はあの子たちの練習を見てあげるんだろ?」
「ああ」
――もしかしてまずかったか? 一応いままでチビーズの練習を見てたわけだし気に入らないのかもしれない。
「教え子を取ったみたいで悪かったな」
なるべくチームメイトとは波風を立てたくない大地は素直に謝罪しておく。
「いや、そのことは気にしていない。私は君が彼女らが倒れるまでどんな練習をさせるのか気になったんだ」
「……何で倒れるまで練習させることが前提なんだ?」
「なぜって、倒れるまで練習しなきゃ上手くならないだろ」
この男は何を言ってるんだとといった感じに答えるソフィア。
――この人って意外にば……天然なのか?
「違うのか?」
ソフィアは自分の指導が今まで間違っていたのかと不安そうに眉を寄せる。
「まあ指導方針は人それぞれだからな」
無難な返答をする大地。
「それよりメルキド帝国との試合に関する資料ってどこにあるんだ?」
「それならこの奥にあるドアの向こうが資料室になっている。そこに行けばあるはずだ」
「そうか。助かったよ」
「また何かわからないことがあったら私に聞いてくれたまえ」
「ありがとう」
お礼を言って資料室へ向かおうとすると、ソフィアが何かを思い出して大地を呼び止める。
「そういえば君はシャルからホームランを打ったそうだな」
「そうだけどそれがどうかしたのか?」
「なら警告しておこう。ベルには気を付けろ」
「はっ?」
ソフィアの言葉の意味がわからない大地。
「彼女は素手で岩をも砕くことができるからな」
伝えることを伝えたソフィアは大地の前から立ち去って行った。
残された大地は疑問が浮かぶ。
「ベルって、誰だよ」
☆
「お姉さまあああああああああああああ!」
そう叫びながらシャルが休んでいる診療所のドアを突き破ってやってきたのは触角のようなアホ毛を生やした一人の少女。
「べ、ベル! どうしてここに? 貴様は確か修業で山に籠っていたんじゃないのか」
突然病室に突撃してきた少女――ベルを見てシャルは驚く。
「それはもちろんお姉さまが倒れたと知って急いで帰ってきたに決まってるじゃないですか!」
「山に籠っていた貴様がどうやって私が倒れたことを知ることができるのだ」
「ふふふ、それはもちろん愛ですよお姉さま」
「相変わらず言ってることがよくわからんが、とりあえず再開してそうそう唇を近づけようとするな」
自分の唇に近づけようとするベルの顔をを押し返すシャル。
「そ、そんな!? お帰りなさいのキスはなしですか!?」
「なぜ帰ってきた貴様と私がキスをしなければならないのだ。貴様には常識というものがないのか」
「そうですね」
シャルに言われてベルは素直にシャルから離れる。
「物事には順序というものがありますものね」
「なぜ服を脱ぐのだ?」
「では着たままのほうがお好みですか?」
喜色満面のベル。
それを見てシャルは頭痛でも起きたかのようにこめかみをおさえる。
「ったく貴様とは会話が成立しなくて困る」
「困ったお顔のお姉さまも素敵です」
うっとりとするベルに対してシャルはげっそりする。
そしてシャルは諦めるようにかぶりを振る。
「まあいい。それで修行の方がどうだったのだ?」
「はい! 素手で滝を割るぐらいにはなりましたよ!」
「……貴様はいったい何を目指してるのだ。それよりも野球の方はどうなったんだ。あれから成長したのか?」
「全然です!」
自信満々に答えるベルを見てシャルは盛大なため息を吐く。
「貴様というやつは……」
「途方に暮れるお姉さまも素敵です。……って、それよりお姉さま! お姉さまが男なんかにホームランを打たれたというのは本当ですか!?」
ピッチャーとしてグサリとくることを遠慮なしに言うベル。そんなベルにシャルは毅然とした態度で答える。
「本当だ。勝負は引き分けだったがもう一度勝負すれば今の私では敗けるだろう」
「……そ、そんな。こうなったらあたくしがその男を始末してきます!」
「なぜそんなことをする必要があるのだ?」
「だって男なんかがお姉さまからホームランを打つなんて許せません! あたくしですら打ったことがないのに。だいたい男なんて生きていてもしょうもない連中ですし」
殺意を振りまくベルにシャルはなだめるように言う。
「そんなことはないぞ。あの男は今まで出会ってきた他の男とは違うような気がする」
「えっ!? あの男嫌いのお姉さまが男を褒めるだなんて……」
ベルはショックのあまり四つん這いに倒れ伏せて落ち込む。
「貴様は私をどんな人間だと思っているんだ」
「……ろす」
「ん? 何か言ったかベル?」
ベルはゆらりと幽鬼のように立ち上がると、凍るような冷えきった声で言う。
「お姉さまは、誰にも渡さない」
「いや、私は誰のものでも――ってベル?」
シャルが一瞬目を離した隙にベルの姿が消えていた。
「ったくどこにいったんだ、あのバカは」