二七話 メルキド帝国の四番
「どうやら彼は魔球に気付いたみたいだね」
「そうですねお兄様」
メルキド帝国の皇帝ジルに賛同する妹のロザリー。
「ですがエストリア王国の連中が今まで気が付かなかったわたくしの魔球にまさか一打席で気付くとは思えませんでした」
ロザリーはタオルで汗を拭いながら答える。
「そうはいっても向こうはまだどんな魔法なのかは気付いていないみたいですけどね。しかし彼といいエストリア王国の四番といい異世界人も中々あなどれませんね」
「……」
汗を拭っていたロザリーはジルの『彼』という言葉を聞いて苦い顔をする。
「どうやらロザリーは彼のことが苦手のようだね」
「当たり前ですお兄様! あんな品性のかけらのない男は大っ嫌いです。だいたい何なんですかあの変な名前とお面は!」
と言ってロザリーは苛立ち混じりに打席に入ろうとするメルキド帝国の四番変態紳士を指差す。
☆
「なんなんだこいつは?」
大地はバッターボックスに立つバッターを見てひとり言を呟く。
身長は一八〇センチとガタイがよく大地が見た限りは無駄な筋肉がなく野球選手として理想的な身体つきをしていて強打者の威圧感をひしひしと感じさせる男。それでいてその男は表情がまったく見えない鉄仮面を被ったままバッターボックスに入ってきていた。
――変態紳士。
――変な名前といい、バッティングに不向きな前が見づらそうな仮面といいこいつは俺を挑発してるのか? それとも油断を誘おうとしているのか?
――まあどんな相手でも全力でいくけどな。
大地に油断はない。野球は少しの油断で試合の状況がひっくり返る。相手の力量を見誤って甘いコースに投げれば打たれるし相手の狙っているコースに投げれば打たれる。キャッチャーはそんなバッターの心理を読んで配球を考えなければいけないからピッチャー以上に一球一球に全力で取り組まなければならない。
大地はシャルにサインを送る。
――まずは初球はアウトコースにボール半個分外れるスライダーで出方を見るか。
大地のサインにシャルはコクリとうなずく。
シャル自身も目の前に立つバッターの異常性には勘付いていた。だから初球からはストライクを取りにいかずに慎重に攻めることに賛同できた。
サインをもらってから一呼吸おいてからシャルは振りかぶって投げる。
ボールはサイン通りアウトコースにボール半個分外れるスライダー。
変態紳士はそれを何の反応もすることもなく見送る。
「ボール」
大地のミットにおさまったボールに審判が判定を下す。
――何のリアクションもなしか。
――始めから読んでいたのかそれとも手が出なかったのか……。
――お面を被ってるせいで表情が読めないからわかりにくいな。
大地はシャルにボールを返球しながら変態紳士の様子を窺うが何を考えてるのか読めなかった。
二球目。
さすがにここでカウントを悪くしたくなかった大地はもし打たれてもいいように飛距離が伸びにくい低めのインコースギリギリに入るストレートを投げるようサインを出す。
シャルは大地の指示通り二球目を投げるが、変態紳士はバットを振るどころかピクリとも反応せずに見送る。
――カウントが悪くなるまできわどいコースには手を出さないタイプなのか?
その後三球目、四球目と慎重に配球を組み立ててボールとストライクでカウントはツーツー。
結局変態紳士は一度もバットを振ることなく追い込まれていた。
――打つ気がないのか? それともこの打席を使って球筋を見極めるつもりか?
――名前の割には慎重なバッターなのかもしれないな。
――だがそうなら無駄に球数を放らせるのももったいないな。
そう判断した大地はシャルに燃える魔球を要求する。
「えっ?」
大地のサインにシャルは周囲に動揺を知らせないようにしながら驚く。
それもそのはず、燃える魔球は魔力の消耗が激しくて一日に何度も投げられるものではない。大地との勝負のようなら連続で投げることができるが試合ではそんなことはできない。ましてや人数がギリギリでは代えの選手すらいないのだ。
だから燃える魔球は切り札として残しておくべきだとシャルは考えていた。
だが大地としてはここでヘタに粘られるよりは一球で終わらせた方が結果的に負担が少ないと判断した。
「……」
シャルは少し考えると大地のことを信じて燃える魔球を投げることにした。
振りかぶって投げられたボールはシャルの手から離れると赤い炎をまとって大地のミットへと向かって突き進む。
「ストライーク! バッターアウト!」」
燃える魔球は大地のミットへと届き変態紳士から三振を奪う。
しかし三振を取った大地の表情は優れない。
――結局あの四番はバットを一度も振ることがなかったな。いったい何を考えていたんだ?
☆
「ちょっと! 何で見逃しの三振なんてしてるのですか!」
三振して戻ってきた変態紳士に詰め寄るロザリー。
「まあ落ち着け」
と落ちつた声音の変態紳士。
「落ち着け? 栄えあるメルキド帝国の四番が見逃しの三振ですのよ! せめてバットぐらい振ったらどうなんですの!」
ロザリーの抗議に変態紳士は真面目な口調で話す。
「実はさっきの見逃しの三振には深刻な事情があったんだよ」
「深刻な事情?」
ロザリーは疑わしそうな目で変態紳士を見る。
「ああ。俺としたことが迂闊だったと言わざる得ない」
変態紳士は額に手を当てて首を横に振る。
「もったいぶらないでさっさと深刻な事情とやらをいいなさい!」
「実はな……この仮面、視野が狭くてボールが見えないんだ」
「……」
あまりのバカバカしさに言葉を失うロザリー。
一方そんなのことを気にすることなく変態紳士はペラペラと喋り続ける。
「まったく、この俺としたことが完全に迂闊だった。大地からホームランを打ってお面を外して驚かせようと思ってたのにまさかお面のせいでボールが見えなくなるなんてな。やっぱ異世界で知り合いとの再開にはこういった演出が必要だけど現実は上手くいかないもんだなぁ」
変態紳士……もとい八雲のぼやきを聞いているうちにロザリーは手をギュッと握り締める。
「ふざけるなー!」
怒りが限界に達したロザリーは怒声とともに利き手とは逆の手で八雲の顔面を仮面ごと殴り飛ばす。
その様子をジルは面白そうに眺めていた。
そんなことをやっているうちにメルキド帝国の打者が三振を奪われて二回の裏の攻撃は終わってしまった。




