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第三章完 元義妹は元義兄と暮らしたい〜他人になったはずの元義妹と再会したら学校でも猛アタックしてきて困ってます〜  作者: 優
元義兄は元義妹と暮らしたい

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第89話 ふたりの帰る場所

夏休みの終わりが近づいていた。


祭りの翌朝、俺と凪はリビングのテーブルへアルバムを広げた。


箱根旅行の写真、四人で食卓を囲んだ夜、水族館帰りの涼と千尋、そして昨夜の夏祭り。


最初は旅行の写真だけをまとめるつもりだったアルバムが、夏休み全体の記録へ変わっている。


「この写真、ここがいい」


凪が、祭りの提灯を背にした四人の写真を最後のページへ置いた。


「最後でいいのか?」


「このアルバムの最後。次からは新しい一冊にするの」


「ずいぶん増やすつもりだな」


「これから何十年分もあるんだよ。一冊じゃ足りないでしょ」


凪は当然のように言い、写真の角へシールを貼った。


俺はページの下へ日付を書き込む。


『四人で夏祭り』


それだけでは物足りないと思い、少し考えてから続けた。


『今度は、自分たちの意思で手をつないだ』


凪が俺の文字を読み、柔らかく笑う。


「覚えてたんだ」


「何を」


「昔は、私が迷子にならないように手をつないでくれたこと」


「忘れるわけないだろ」


「私は、みーくんが追いかけてくれるか試した」


「昨日は試さなかったな」


「もう必要ないから」


凪はアルバムから手を離し、俺の手を取った。


「みーくんがそばにいるって、信じられる」


「俺も、凪が勝手にいなくならないと信じてる」


「約束したもんね」


再会した頃の俺たちは、同じ不安を抱えながら反対方向へ逃げていた。


俺は失うことを恐れて凪を遠ざけ、凪は失うことを恐れて強引に距離を詰めた。


あのままなら、一緒にいても互いを傷つけ続けていたかもしれない。


今は、不安になったら言葉にする。


相手の答えを決めつけず、何を望んでいるか尋ねる。


簡単なことに見えて、俺たちができるようになるまで時間がかかった。


「夏休み、終わっちゃうね」


凪がアルバムを閉じながら言う。


「学校が始まるだけだ」


「朝からずっと一緒にはいられなくなる」


「同じ教室だろ」


「学校では、みーくんって呼べない」


「それは前からだ」


「でも、帰る家は同じ」


凪は確認するように部屋を見回した。


棚には二人の本が並び、洗面所には二本の歯ブラシがある。冷蔵庫には互いの好物が入り、玄関には二人分の靴が置かれている。


一人になるために選んだ部屋は、いつの間にか二人の生活で満たされていた。


凪が初めてここへ来た夜、俺は彼女が部屋へ入ることを最後まで拒んだ。


自分の平穏が壊れると思った。


実際、以前の静かな生活は壊れた。


朝は凪の目覚ましが鳴り、キッチンでは食器の音がする。洗濯物は増え、夕食の献立で意見が分かれることもある。


それでも、失ったとは思わない。


凪のいない静寂と引き換えに、帰れば話を聞いてくれる人がいる生活を得た。


「この部屋、最初は何もなかったよね」


「家具はあった」


「そういう意味じゃないよ」


凪はソファのクッションを抱えた。


「みーくんの好きなものも、生活してる感じもなかった。今は、ちゃんと家になった」


「凪が物を増やしたからな」


「嫌?」


「嫌なら置かせてない」


凪は満足そうに笑った。


午前中は、夏休みの課題を確認した。


俺はほとんど終えている。凪も旅行前に進めていたため、残っているのは読書感想文の清書だけだった。


「手伝って」


「文章まで俺が書いたら、凪の課題じゃなくなる」


「読んで、おかしいところを教えて」


「それならいい」


二人で同じテーブルへ向かう。


凪が書いた下書きを読み、表現の重複や分かりにくい部分を指摘する。


「みーくん、厳しい」


「直すところを聞いたのは凪だ」


「少しくらい褒めてから言ってくれてもいいのに」


「最初より、ずっと読みやすくなってる」


凪が顔を上げる。


「もう一回言って」


「聞こえただろ」


「褒められたことを確認したかっただけ」


再会したばかりの頃も、図書館で同じような会話をした。


あのときは、一時間だけ教えるつもりだった。


今は同じ家で、夏休みの課題へ一緒に取り組んでいる。


人の気持ちは、数か月でここまで変わるものらしい。


昼食後、凪の母親から連絡が届いた。


祭りの写真を送ってほしいという内容だった。


凪は四人の写真と、出かける前に撮った二人の写真を送る。


少しして、『二人とも似合っています』という返事が来た。


「お母さん、前よりみーくんのことを話すようになった」


「この前、直接話したからだろ」


「昔みたいに戻れるかな」


「同じ家族に戻る必要はないと思う」


凪が不思議そうに見る。


「今の関係を作ればいい。凪の母親で、俺たちの将来を見守ってくれる人。それで十分だ」


「そっか」


過去を完全に元へ戻すことはできない。


離婚した大人たちが再び家族になる必要もない。


それでも、互いを憎まず、必要なときに話せる関係は作れる。


俺と凪が兄妹だった頃へ戻るのではなく、今の二人として関係を作ったのと同じだった。


夕方、完成したアルバムを棚へ収めた。


箱根で買った寄木細工の写真立てには、旅行中に撮った二人の写真を入れる。


どの写真にするか迷った末、芦ノ湖を背景に並んだ一枚を選んだ。


凪は写真立てを、玄関からも見える棚の上へ置いた。


「これなら、帰ってきたときに見える」


「本人が隣にいるのに、写真まで見るのか?」


「思い出が迎えてくれるの」


凪は俺の腕を引き、玄関の前へ立った。


「学校から帰ったつもりで、やってみよう」


「何を」


凪は一度玄関の外へ出て、すぐに鍵を開けて戻ってきた。


「ただいま」


「おかえり」


凪はうれしそうに笑う。


「次、みーくん」


今度は俺が外へ出される。


言われたとおり鍵を開け、玄関へ入った。


「ただいま」


「おかえり、みーくん」


凪が両腕を広げる。


俺は靴を脱ぎ、彼女を抱きしめた。


「毎日やるつもりか?」


「できる日は」


「同じ時間に帰る日のほうが多いだろ」


「そのときは、二人でただいまって言う」


旅行から帰った日も、祭りから帰った日も、二人で同じ言葉を口にした。


帰る場所が同じだからこそできる、不思議な挨拶だった。


凪は腕の中から俺を見上げた。


「みーくん。高校を卒業しても、その先も、ここへ一緒に帰ってきたい」


「進学先によっては、別の家へ引っ越すかもしれない」


「場所はどこでもいいよ」


凪は迷わず言った。


「みーくんと一緒に帰る場所なら、そこが私の家だから」


かつて俺にとって、家族はいつか壊れるものだった。


同じ屋根の下で暮らしても、書類一枚で他人になる。だから家にも、人にも、意味を求めないようにしていた。


今は分かる。


関係の名前が変わっても、一緒に過ごした時間は消えない。


家族でなくなった俺たちは、もう一度出会い、自分たちの意思で隣にいることを選んだ。


「俺も、凪と帰りたい」


「ずっと?」


「ずっと」


「約束だよ」


「ああ」


凪の額へ口づける。


窓の外では、夏の夕日が街を赤く染めていた。


夏休みが終われば、また学校生活が始まる。


進路を考え、試験を受け、いつかこの高校も卒業する。


未来には、まだ決まっていないことがいくつもある。


それでも、俺たちは以前のように不確かな明日から逃げなかった。


何が起きても話し合い、互いの道を尊重し、最後には同じ場所へ帰る。


一人になるために選んだマンションのリビングで、俺は凪を抱きしめる。


彼女も背中へ腕を回し、確かな力で抱き返した。


「ただいま、凪」


「おかえり、みーくん」


「それから、おかえり」


「うん。ただいま」


その夜、二人で夕食を作った。


旅行や祭りのような特別な料理ではなく、冷蔵庫に残っていた野菜を使ったカレーだった。


凪が玉ねぎを切り、俺が肉を炒める。味見をして、少し辛い、ちょうどいいと言い合う。


食卓へ二つの皿を並べると、凪は湯気の向こうで笑った。


「こういう日が、ずっと続くといいね」


「続けるんだろ」


「うん。私たちで続ける」


幸せは、旅行や花火のように与えられる特別な時間だけではない。


食事を作り、課題を終え、明日の予定を話す。そんな何でもない日を、互いに大切にすることで続いていく。


食後、二人分の皿を並んで洗った。


凪が隣で鼻歌を歌い、俺が水を飛ばすと文句を言う。


明日から新学期が始まっても、この時間はなくならない。


学校でどれほど忙しい一日を過ごしても、最後にはここへ戻り、今日のことを話せる。


どちらが帰り、どちらが迎えたのかは、もう重要ではなかった。


二人が同じ場所にいる。


そこが、俺たちの家だった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

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